庚申御遊の宴【第九話】

文字数 1,624文字






 村の集会場は、村の真ん中から少し外れた、畑だらけのその只中に存在した。
 近づくと激しい太鼓と(かね)の音が聞こえてくる。
 僕は硝子のドアを開けて、集会場の中に入る。
 〈圧〉がこもった、熱気が襲ってきた。
 一瞬たじろいだが、僕とふぐりはリハーサルが行われているであろう大部屋のなかにまっすぐ行く。この音響だ。言われなくても部屋を間違えることはなかった。


 その念仏踊りは、〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉と地元では呼ばれていた。
 隣の県に住んでいるのだ。僕だって名前くらい聞いたことがある。
 花笠をかぶり、太鼓を肩にかけ、また鉦を手にし、ぐるぐる回りながら独特な節の歌を歌う。
〈円舞〉と呼ばれるもので、回りながら歌い、厄病送りをする民俗芸能。それが〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉だ。
 ここに来る前に猫魔から聞いたところでは、民俗芸能には、神楽系、田遊系、風流系、民謡系などがあり、〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉は風流系に属するそうだ。
 宗教的意味合いが強い踊り念仏が風流化、つまり芸能と化したのが念仏踊りであり、〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉だ、という。


 激しい音圧のなか、僧服の壮年男性が、近づいてくる。
 僕らはお辞儀した。その男は、伽藍マズルカだった。

「驚きましたかな、萩月山茶花さん。初めまして、ですね。そして、ここには慣れましたかね、小鳥遊ふぐりお嬢さん」
 思ったより柔らかい物腰で、伽藍マズルカは話す。
 僕は円舞の中から果肉白衣を探す。
 ああ、踊ってないで見学してるんだっけ?

 見つけた果肉白衣は煙草を吸って手拍子している。奥さんの方はどこにいるかわからない。
 確認だけでいいや。
 僕は果肉白衣に話しかけるのをやめた。

 踊りを眺める。

「男性だけでなく、男女混合なのですね」
 僕が言うと、マズルカは豪快に笑う。
「はっはっは。それが〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉なのですよ。わたしは、明治政府が禁止した、その以前の、本来の姿の〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉の再興を目指しております」
「〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉の再興?」
「跳躍念仏が激しく踊るも素朴であることに対し、鎮魂術であるだけでとどまらず種々の装飾、仮装が加わる〈遊びの観念〉の導入。踊り狂う男女がそのまま一夜をともにするほどの狂騒。それが民衆にとっては悪霊退散、〈厄病送り〉になる宗教的要素も持つ、にわかづくりの西洋文明の移入による国家建設をした当時の〈政府〉から睨まれ、廃止された、〈危険なまつり〉である、この〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉。それを再興させるのが、我が務めと思っております」
「……………………」
 狂騒。それは確かに狂騒に違いないのかもしれなかった。本番の踊りを観なければ、わからないことではあったが。


 踊りの文句が熱く激しく、太鼓と鉦の音をバックに、囃し立てた。


 ♪
 おどりおどるのは仏の供養
 田ノ草取るのは稲のため

 盆でば米の飯 おつけでは茄子汁
 十六ささげのよごしはどうだい

 早く来い来い 七月七日
 七日過ぎればお盆さま

 阿加井嶽から七ノ浜観りゃ
 出船入船 大漁船

 誰も出さなきゃわし出しましょうか
 出さぬ船には乗られまい

 磐城ヶ平で見せたいのは
 桜つつじにヂャンヂャンガラガラ

 七月はお盆だよ 十日の夜から
 眠られまいぞなー
 おどりおどるのはヂャンヂャンガラガラ




 男女混成の大合唱。
 圧巻、だった。

 見とれてしまっていると、スマホが鳴った。
 相手は破魔矢式猫魔。
「山茶花かい? 阿加井村に着いたよ。おれ、土地勘がないからさ、駅まで迎えに来てくれないかな。しばらくいるふぐりなら、土地勘あるだろ。二人とも、徒歩で良いからさ。それにしても、そっちは騒がしそうだね」
 到着した探偵からの電話だった。



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登場人物紹介

破魔矢式猫魔(はまやしきびょうま):探偵

小鳥遊ふぐり(たかなしふぐり):探偵見習い

萩月山茶花(はぎつきさざんか):語り手

百瀬珠(ももせたま):百瀬探偵結社の総長

枢木くるる(くるるぎくるる):百瀬探偵結社の事務員

舞鶴めると(まいつるめると):天狗少女。法術使い。

更科美弥子(さらしなみやこ):萩月山茶花の隣人。不良なお姉さん。

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