庚申御遊の宴【第九話】
文字数 1,624文字
☆
村の集会場は、村の真ん中から少し外れた、畑だらけのその只中に存在した。
近づくと激しい太鼓と鉦 の音が聞こえてくる。
僕は硝子のドアを開けて、集会場の中に入る。
〈圧〉がこもった、熱気が襲ってきた。
一瞬たじろいだが、僕とふぐりはリハーサルが行われているであろう大部屋のなかにまっすぐ行く。この音響だ。言われなくても部屋を間違えることはなかった。
その念仏踊りは、〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉と地元では呼ばれていた。
隣の県に住んでいるのだ。僕だって名前くらい聞いたことがある。
花笠をかぶり、太鼓を肩にかけ、また鉦を手にし、ぐるぐる回りながら独特な節の歌を歌う。
〈円舞〉と呼ばれるもので、回りながら歌い、厄病送りをする民俗芸能。それが〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉だ。
ここに来る前に猫魔から聞いたところでは、民俗芸能には、神楽系、田遊系、風流系、民謡系などがあり、〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉は風流系に属するそうだ。
宗教的意味合いが強い踊り念仏が風流化、つまり芸能と化したのが念仏踊りであり、〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉だ、という。
激しい音圧のなか、僧服の壮年男性が、近づいてくる。
僕らはお辞儀した。その男は、伽藍マズルカだった。
「驚きましたかな、萩月山茶花さん。初めまして、ですね。そして、ここには慣れましたかね、小鳥遊ふぐりお嬢さん」
思ったより柔らかい物腰で、伽藍マズルカは話す。
僕は円舞の中から果肉白衣を探す。
ああ、踊ってないで見学してるんだっけ?
見つけた果肉白衣は煙草を吸って手拍子している。奥さんの方はどこにいるかわからない。
確認だけでいいや。
僕は果肉白衣に話しかけるのをやめた。
踊りを眺める。
「男性だけでなく、男女混合なのですね」
僕が言うと、マズルカは豪快に笑う。
「はっはっは。それが〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉なのですよ。わたしは、明治政府が禁止した、その以前の、本来の姿の〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉の再興を目指しております」
「〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉の再興?」
「跳躍念仏が激しく踊るも素朴であることに対し、鎮魂術であるだけでとどまらず種々の装飾、仮装が加わる〈遊びの観念〉の導入。踊り狂う男女がそのまま一夜をともにするほどの狂騒。それが民衆にとっては悪霊退散、〈厄病送り〉になる宗教的要素も持つ、にわかづくりの西洋文明の移入による国家建設をした当時の〈政府〉から睨まれ、廃止された、〈危険なまつり〉である、この〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉。それを再興させるのが、我が務めと思っております」
「……………………」
狂騒。それは確かに狂騒に違いないのかもしれなかった。本番の踊りを観なければ、わからないことではあったが。
踊りの文句が熱く激しく、太鼓と鉦の音をバックに、囃し立てた。
♪
おどりおどるのは仏の供養
田ノ草取るのは稲のため
盆でば米の飯 おつけでは茄子汁
十六ささげのよごしはどうだい
早く来い来い 七月七日
七日過ぎればお盆さま
阿加井嶽から七ノ浜観りゃ
出船入船 大漁船
誰も出さなきゃわし出しましょうか
出さぬ船には乗られまい
磐城ヶ平で見せたいのは
桜つつじにヂャンヂャンガラガラ
七月はお盆だよ 十日の夜から
眠られまいぞなー
おどりおどるのはヂャンヂャンガラガラ
男女混成の大合唱。
圧巻、だった。
見とれてしまっていると、スマホが鳴った。
相手は破魔矢式猫魔。
「山茶花かい? 阿加井村に着いたよ。おれ、土地勘がないからさ、駅まで迎えに来てくれないかな。しばらくいるふぐりなら、土地勘あるだろ。二人とも、徒歩で良いからさ。それにしても、そっちは騒がしそうだね」
到着した探偵からの電話だった。
村の集会場は、村の真ん中から少し外れた、畑だらけのその只中に存在した。
近づくと激しい太鼓と
僕は硝子のドアを開けて、集会場の中に入る。
〈圧〉がこもった、熱気が襲ってきた。
一瞬たじろいだが、僕とふぐりはリハーサルが行われているであろう大部屋のなかにまっすぐ行く。この音響だ。言われなくても部屋を間違えることはなかった。
その念仏踊りは、〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉と地元では呼ばれていた。
隣の県に住んでいるのだ。僕だって名前くらい聞いたことがある。
花笠をかぶり、太鼓を肩にかけ、また鉦を手にし、ぐるぐる回りながら独特な節の歌を歌う。
〈円舞〉と呼ばれるもので、回りながら歌い、厄病送りをする民俗芸能。それが〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉だ。
ここに来る前に猫魔から聞いたところでは、民俗芸能には、神楽系、田遊系、風流系、民謡系などがあり、〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉は風流系に属するそうだ。
宗教的意味合いが強い踊り念仏が風流化、つまり芸能と化したのが念仏踊りであり、〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉だ、という。
激しい音圧のなか、僧服の壮年男性が、近づいてくる。
僕らはお辞儀した。その男は、伽藍マズルカだった。
「驚きましたかな、萩月山茶花さん。初めまして、ですね。そして、ここには慣れましたかね、小鳥遊ふぐりお嬢さん」
思ったより柔らかい物腰で、伽藍マズルカは話す。
僕は円舞の中から果肉白衣を探す。
ああ、踊ってないで見学してるんだっけ?
見つけた果肉白衣は煙草を吸って手拍子している。奥さんの方はどこにいるかわからない。
確認だけでいいや。
僕は果肉白衣に話しかけるのをやめた。
踊りを眺める。
「男性だけでなく、男女混合なのですね」
僕が言うと、マズルカは豪快に笑う。
「はっはっは。それが〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉なのですよ。わたしは、明治政府が禁止した、その以前の、本来の姿の〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉の再興を目指しております」
「〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉の再興?」
「跳躍念仏が激しく踊るも素朴であることに対し、鎮魂術であるだけでとどまらず種々の装飾、仮装が加わる〈遊びの観念〉の導入。踊り狂う男女がそのまま一夜をともにするほどの狂騒。それが民衆にとっては悪霊退散、〈厄病送り〉になる宗教的要素も持つ、にわかづくりの西洋文明の移入による国家建設をした当時の〈政府〉から睨まれ、廃止された、〈危険なまつり〉である、この〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉。それを再興させるのが、我が務めと思っております」
「……………………」
狂騒。それは確かに狂騒に違いないのかもしれなかった。本番の踊りを観なければ、わからないことではあったが。
踊りの文句が熱く激しく、太鼓と鉦の音をバックに、囃し立てた。
♪
おどりおどるのは仏の供養
田ノ草取るのは稲のため
盆でば米の飯 おつけでは茄子汁
十六ささげのよごしはどうだい
早く来い来い 七月七日
七日過ぎればお盆さま
阿加井嶽から七ノ浜観りゃ
出船入船 大漁船
誰も出さなきゃわし出しましょうか
出さぬ船には乗られまい
磐城ヶ平で見せたいのは
桜つつじにヂャンヂャンガラガラ
七月はお盆だよ 十日の夜から
眠られまいぞなー
おどりおどるのはヂャンヂャンガラガラ
男女混成の大合唱。
圧巻、だった。
見とれてしまっていると、スマホが鳴った。
相手は破魔矢式猫魔。
「山茶花かい? 阿加井村に着いたよ。おれ、土地勘がないからさ、駅まで迎えに来てくれないかな。しばらくいるふぐりなら、土地勘あるだろ。二人とも、徒歩で良いからさ。それにしても、そっちは騒がしそうだね」
到着した探偵からの電話だった。