日々の仕事
文字数 2,912文字
「すみません、中抜けしてしまって」
「今はやるべき仕事も有りませんし、気にする必要は御座いませんよ。私も、ここで本を読んでいただけですし」
マクシムは今まで読んでいた本を指し示し、アランの顔を見上げる。
「それにしても早かったですね。二人で訪れるからには、長い説明でもあるのかと思いましたよ」
彼の話を聞いたアランと言えば、気まずそうに頭を掻いた。
「なんだかすみません、早く帰ってきてしまって」
腰を下ろし、アランはマクシムの方を見て苦笑する。一方、彼の話を聞いたマクシムは首を傾げ、自らの考えを付け足した。
「責めている訳ではありませんよ。それで、何の話でしたか? 今の仕事に関わることなら、話せる範囲で伝えて頂きたいのですが」
マクシムの問いを受けた者は、数秒の間を置いてから答えを返す。
「新しい仕事の話、とだけ言っておきます。別室に移動してから話された様な内容ですから、多くは伝えられません」
そう説明をすると、アランは申し訳なさそうに頭を下げた。対するマクシムは目を細め、小さな声で話し出す。
「分かっていますよ、多くを話せないのは。ただ、確認はしておかなければと思いまして。何時から新しい仕事をされるのか……とか」
マクシムは、そう加えるとアランの考えを窺うように首を傾げた。この為、アランは先程された話を思い出し、途切れ途切れに答えを返す。
「それが、まだ伝えられていないのです。てっきり、そう言う話をされると思っていたのですが」
短く息を吐き、アランは更なる言葉を付け加える。
「試されているのかも知れません。新しく入ったばかりですし、ちゃんと使えるかどうか……そして、限られた情報から、どれだけ状況判断を出来るのか等」
アランの話を聞いた者と言えば、どこか感心した様子で顎を撫でた。
「成る程。その状況判断の中には、誰にどこまで従順であるかも含まれそうですね」
そう返されたアランは、何と言って良いか分からない様子で微苦笑する。一方、そんなアランの気持ちを知ってか知らずか、マクシムは先程より小さな声で言葉を紡いだ。
「誰に従順でいるべきか。それは、考えるまでも無いですけれど」
マクシムは笑みを浮かべ、アランは小さく頷いてみせた。
「さて、次の仕事まで時間がありますし、それまでゆっくり過ごしますか」
彼は、そう言うと本を手に取って読み始めた。それを見たアランも本を読んで時を過ごし、その日の仕事を終えたところで地上階に上がった。
その後、アランは夕食を済ませて自室へ戻り、受け取った書類を懐から出す。アランは、それを机上に置くと椅子に座り、そうしてから書類を捲り始めた。その書類に多くの情報は載っておらず、一番下の頁には署名を求める欄が有った。そこでは、仕事を受ける気があるなら署名をするように書かれた一文も印刷されている。
それを見たアランは溜め息を吐き、書類を見下ろしたまま思案する。彼は、暫くそうした後でペンを手に取り、署名欄を見つめて小さな声を漏らした。
「どうせ、拒否権なんてねえだろうしな」
そう言ってペンを走らせ、アランは書類に自らの名を綴っていった。その後、彼は使い終わったペンを戻し、インクが乾いたのを確認してから書類を閉じる。
そうしてから、アランは書類を机の引き出しに仕舞いこんだ。しかし、彼はやることを終えた後も机の前から離れることをせず、何もしないまま椅子に座り続けた。アランは、暫くそうした後で目を瞑って長く息を吐いた。彼は、そうしたまま背もたれに体重を預け薄目を開ける。
(これもまた、現実なんだよな)
アランは気怠るそうに溜め息を吐いた。そして、立ち上がって頭を掻くと、ベッドへうつ伏せに倒れ込む。アランは、伏臥姿勢のまま腕を伸ばして枕を掴んだ。彼は、そうしてから枕を引き寄せ、それに顎を乗せてヘッドボードへ顔を向ける。
目を瞑り、アランは長く息を吐き出した。そして、枕に顔を埋めると、それを両腕で抱えて脚は曲げた。その後、アランは脚を曲げたり伸ばしたりを繰り返し、数十分が経ったところで姿勢を変えた。それでも、彼は枕を抱えており、やや背中を曲げて横臥姿勢をとっている。
アランは、その姿勢のまま机の引き出しを見つめていた。そして、大きく息を吐くと仰向けになり、枕を手放して腕を伸ばした。
目を瞑り、アランは眠りに落ちていった。彼は、眠って数時間で目を覚まし、枕を本来の位置に戻して再度眠る。
朝になって目覚めたアランは、何時もしている様に運動場へと向かった。彼は、そこでストレルカを見掛けるが、彼女に話し掛けることはしない。そして、体を動かすことによって気分を変えたアランは、腹を鳴らしながら食堂へ向かった。
そうして一日が過ぎていき、仕事を終えたアランは自室へ戻った。アラン用に宛がわれた部屋に、大きな変化は見られなかった。しかし、机の上には一枚の封筒が置かれており、それに気付いたアランは驚いた表情を浮かべる。
アランは、勢い良く頭を振ると椅子に腰を下ろし、そうしてから封筒を手に取った。その後、彼は封筒の裏表を確認し、その送り主を確認しようとした。しかし、封筒に送り主の署名は見当たらず、アランは溜め息を吐いて目を細める。そして、以前もしたように封筒を蛍光灯の光に翳し、そこから情報を得ようとした。
だが、それでは中に書かれた文字を確認出来ず、アランはどこか諦めた様子で封筒を開く。封筒を開けたアランは、便箋を取り出して読み始めた。すると、その便箋にはニコライの署名が確認でき、それを見たアランは椅子に座ったまま背中を伸ばす。
――アラン君へ
まずは、お疲れ様。
君がこれを読んでいるのは、仕事を終えて戻ってきた時だろう。
疲れて帰ってきた時になんだけど、明日の仕事が終わってからで良いから僕の所に来て欲しい。
あの仕事について話すから、リンクスから渡された書類も持って来てね。
色々不安なこともあると思うけど、悪いようにはしないから安心してね。
じゃあ、明日の夜に。
ニコライ・フォビッチ――
手紙を読み終えたアランは、細く息を吐いて手紙を置いた。彼は、そうしてから背もたれに体重を預け目を瞑る。
アランは、そうしたまま何かを考えている様子で、時折深い溜め息を吐いていた。そして、殆ど唇を動かさずに呟くと、ベッドへ仰向けに倒れ込む。彼は、左手で布団を掴むと体を動かし、起き上がることなく布団を被った。アランは、そうしてから体の位置をずらし、ベッドの中ほどで天井を見上げる。そして、腕を伸ばして顔に当たる光を遮ると、大きな溜め息を吐いて目を閉じた。
目を閉じたアランは、腕を下ろして布団に乗せた。彼は、その姿勢のままゆっくりとした呼吸を繰り返し、暫く動くことはしなかった。すると、部屋の明かりは次第に消えていき、ベッド下の微かな光を残すのみとなった。アランは、片目を開けてそれを確認し、細く息を吐いてから机の在る方へ顔を向ける。
それから暫くの間、彼は顔を机の方に向けていた。そして、再度目を瞑ると体もそちらへと向け、そのまま朝までベッドから離れることはなかった。
「今はやるべき仕事も有りませんし、気にする必要は御座いませんよ。私も、ここで本を読んでいただけですし」
マクシムは今まで読んでいた本を指し示し、アランの顔を見上げる。
「それにしても早かったですね。二人で訪れるからには、長い説明でもあるのかと思いましたよ」
彼の話を聞いたアランと言えば、気まずそうに頭を掻いた。
「なんだかすみません、早く帰ってきてしまって」
腰を下ろし、アランはマクシムの方を見て苦笑する。一方、彼の話を聞いたマクシムは首を傾げ、自らの考えを付け足した。
「責めている訳ではありませんよ。それで、何の話でしたか? 今の仕事に関わることなら、話せる範囲で伝えて頂きたいのですが」
マクシムの問いを受けた者は、数秒の間を置いてから答えを返す。
「新しい仕事の話、とだけ言っておきます。別室に移動してから話された様な内容ですから、多くは伝えられません」
そう説明をすると、アランは申し訳なさそうに頭を下げた。対するマクシムは目を細め、小さな声で話し出す。
「分かっていますよ、多くを話せないのは。ただ、確認はしておかなければと思いまして。何時から新しい仕事をされるのか……とか」
マクシムは、そう加えるとアランの考えを窺うように首を傾げた。この為、アランは先程された話を思い出し、途切れ途切れに答えを返す。
「それが、まだ伝えられていないのです。てっきり、そう言う話をされると思っていたのですが」
短く息を吐き、アランは更なる言葉を付け加える。
「試されているのかも知れません。新しく入ったばかりですし、ちゃんと使えるかどうか……そして、限られた情報から、どれだけ状況判断を出来るのか等」
アランの話を聞いた者と言えば、どこか感心した様子で顎を撫でた。
「成る程。その状況判断の中には、誰にどこまで従順であるかも含まれそうですね」
そう返されたアランは、何と言って良いか分からない様子で微苦笑する。一方、そんなアランの気持ちを知ってか知らずか、マクシムは先程より小さな声で言葉を紡いだ。
「誰に従順でいるべきか。それは、考えるまでも無いですけれど」
マクシムは笑みを浮かべ、アランは小さく頷いてみせた。
「さて、次の仕事まで時間がありますし、それまでゆっくり過ごしますか」
彼は、そう言うと本を手に取って読み始めた。それを見たアランも本を読んで時を過ごし、その日の仕事を終えたところで地上階に上がった。
その後、アランは夕食を済ませて自室へ戻り、受け取った書類を懐から出す。アランは、それを机上に置くと椅子に座り、そうしてから書類を捲り始めた。その書類に多くの情報は載っておらず、一番下の頁には署名を求める欄が有った。そこでは、仕事を受ける気があるなら署名をするように書かれた一文も印刷されている。
それを見たアランは溜め息を吐き、書類を見下ろしたまま思案する。彼は、暫くそうした後でペンを手に取り、署名欄を見つめて小さな声を漏らした。
「どうせ、拒否権なんてねえだろうしな」
そう言ってペンを走らせ、アランは書類に自らの名を綴っていった。その後、彼は使い終わったペンを戻し、インクが乾いたのを確認してから書類を閉じる。
そうしてから、アランは書類を机の引き出しに仕舞いこんだ。しかし、彼はやることを終えた後も机の前から離れることをせず、何もしないまま椅子に座り続けた。アランは、暫くそうした後で目を瞑って長く息を吐いた。彼は、そうしたまま背もたれに体重を預け薄目を開ける。
(これもまた、現実なんだよな)
アランは気怠るそうに溜め息を吐いた。そして、立ち上がって頭を掻くと、ベッドへうつ伏せに倒れ込む。アランは、伏臥姿勢のまま腕を伸ばして枕を掴んだ。彼は、そうしてから枕を引き寄せ、それに顎を乗せてヘッドボードへ顔を向ける。
目を瞑り、アランは長く息を吐き出した。そして、枕に顔を埋めると、それを両腕で抱えて脚は曲げた。その後、アランは脚を曲げたり伸ばしたりを繰り返し、数十分が経ったところで姿勢を変えた。それでも、彼は枕を抱えており、やや背中を曲げて横臥姿勢をとっている。
アランは、その姿勢のまま机の引き出しを見つめていた。そして、大きく息を吐くと仰向けになり、枕を手放して腕を伸ばした。
目を瞑り、アランは眠りに落ちていった。彼は、眠って数時間で目を覚まし、枕を本来の位置に戻して再度眠る。
朝になって目覚めたアランは、何時もしている様に運動場へと向かった。彼は、そこでストレルカを見掛けるが、彼女に話し掛けることはしない。そして、体を動かすことによって気分を変えたアランは、腹を鳴らしながら食堂へ向かった。
そうして一日が過ぎていき、仕事を終えたアランは自室へ戻った。アラン用に宛がわれた部屋に、大きな変化は見られなかった。しかし、机の上には一枚の封筒が置かれており、それに気付いたアランは驚いた表情を浮かべる。
アランは、勢い良く頭を振ると椅子に腰を下ろし、そうしてから封筒を手に取った。その後、彼は封筒の裏表を確認し、その送り主を確認しようとした。しかし、封筒に送り主の署名は見当たらず、アランは溜め息を吐いて目を細める。そして、以前もしたように封筒を蛍光灯の光に翳し、そこから情報を得ようとした。
だが、それでは中に書かれた文字を確認出来ず、アランはどこか諦めた様子で封筒を開く。封筒を開けたアランは、便箋を取り出して読み始めた。すると、その便箋にはニコライの署名が確認でき、それを見たアランは椅子に座ったまま背中を伸ばす。
――アラン君へ
まずは、お疲れ様。
君がこれを読んでいるのは、仕事を終えて戻ってきた時だろう。
疲れて帰ってきた時になんだけど、明日の仕事が終わってからで良いから僕の所に来て欲しい。
あの仕事について話すから、リンクスから渡された書類も持って来てね。
色々不安なこともあると思うけど、悪いようにはしないから安心してね。
じゃあ、明日の夜に。
ニコライ・フォビッチ――
手紙を読み終えたアランは、細く息を吐いて手紙を置いた。彼は、そうしてから背もたれに体重を預け目を瞑る。
アランは、そうしたまま何かを考えている様子で、時折深い溜め息を吐いていた。そして、殆ど唇を動かさずに呟くと、ベッドへ仰向けに倒れ込む。彼は、左手で布団を掴むと体を動かし、起き上がることなく布団を被った。アランは、そうしてから体の位置をずらし、ベッドの中ほどで天井を見上げる。そして、腕を伸ばして顔に当たる光を遮ると、大きな溜め息を吐いて目を閉じた。
目を閉じたアランは、腕を下ろして布団に乗せた。彼は、その姿勢のままゆっくりとした呼吸を繰り返し、暫く動くことはしなかった。すると、部屋の明かりは次第に消えていき、ベッド下の微かな光を残すのみとなった。アランは、片目を開けてそれを確認し、細く息を吐いてから机の在る方へ顔を向ける。
それから暫くの間、彼は顔を机の方に向けていた。そして、再度目を瞑ると体もそちらへと向け、そのまま朝までベッドから離れることはなかった。