支配者による生殺与奪

文字数 2,199文字

「相変わらず上手いね」
 ニコライは、そう言ってからアールを見た。この際、彼の笑みは暖かなものへと変わる。しかし、その顔がアランの方へ向いた時、彼の表情から暖かさは消えた。
 
「傷はどれ位痛むのかな? 中身の縫合は済んでいるけど、麻酔の使用許可は出してないし皮膚は今のところ未処置だ」
 ニコライがそう言った時、アールは新しいグローブを彼に渡した。そして、ニコライはアールに礼を言うとグローブを装着し、薄手のラバー越しにアランの傷口を指先でなぞる。
 
「ちょっとした実験だ。君の体には何が合うのか」
 そう話すニコライへ、大きめのホチキスの様な器具が渡された。ニコライは、その器具を使って、アランの割かれた皮膚を数ヶ所閉じる。アランは、その痛みに声も出さずに耐え、ニコライは傷口の全てを塞がずに器具を返した。その後、ニコライは開いたままの傷口に透明なフィルムを貼り付けた。この時、傷口は少しよれていたが、それを貼り直すことはしなかった。
 
「君のことだから、回復も早いだろう。でも、傷が治ったところで君に自由はない」
 ニコライは、そう告げるとフィルムの上から傷を撫でた。この際、アランは眉根を寄せるが、それ以外に体を動かすことはしなかった。

「君の処分は追って決めるよ。飲酒が許されない年から尽くしてくれた君だ。それに、君は滅多に出会えない毛色だからね。直ぐに殺すのは、あまりにも勿体無い」
 ニコライは、そう言ってからピンセットを手に取り、アランの口からガーゼを取り出した。そして、湿ったガーゼを蓋付きの容器に捨てると、アランを見下ろして語りかける。
 
「暫くは安静にしていると良い。まあ、拘束を解かない限り、それしか出来ないだろうけど」
 そう言い残すと、ニコライはアランの元から立ち去った。そして、アールはニコライの後を追って消え、アランは一人部屋に残される。

 二人と入れ替わる形で白衣を身に纏った男達が現れた。彼らのうち一人がアランへ近付くと、腕の静脈を探して注射をうった。すると、アランの意識は遠くなり、それに抗う手段を持たない彼は眠りに落ちた。アランが眠ってしまった後、白衣を着た者達はそれぞれに作業を始める。意識のないアランは、何が起こっているかを気にする様子がある筈もなかった。この為、白衣を着た者達は、手慣れた様子で作業を続けていく。
 
 アランが目を覚ました時、彼は先程より狭い部屋に移されていた。その部屋は、狭いながらも様々な医療器具が揃えられており、常に薬品の臭いがしている。また、その部屋に窓はなく、唯一の入口であるドアは人が出入りする時以外は閉ざされていた。

 アランの体は相変わらず拘束されたままで、白衣を着た者達は彼を動かすことの無いまま傷を観察していた。また、アランの腕には点滴の針が刺さっており、他にも幾らかの管が彼の体に繋がっている。彼がニコライに刺されてからというもの、治療を施されはしたが自由は剥奪されていた。また、リハビリと称した時間にのみ立ち上がることを許され、その時間には数人の監視者が彼を囲んでいた。
 
 この為、アランの精神は弱っていき、栄養を静脈へ注がれだけの体は衰えていった。その上、彼は自決さえも出来はしなかった。アランがそれを選択すれば、結果的に彼が守りたかった者達から生きる術を奪ってしまう。それ故、彼は甘んじて罰を受け入れていた。しかし、ナイフを刺されてから数日が経った後、彼の元にニコライが現れて流れを変える。
 
「ねえ、アラン君。君にチャンスをあげるよ。消して欲しい裏切り者が出たんだ」
 ニコライは、アランの創傷部を指先でなぞった。

「そいつらを消してくれれば、君が守りたがっているものはそのままにしてあげる。だけど、君が断るなら滅茶苦茶に壊すよ? 君が失敗しても同じ。存在していたことさえ、無かったことにしてあげるから」
 微笑みながら話すニコライに、アランは肯定の返事をすることしか出来ない。
 
「じゃあ、お仕事の手順を伝えておこうか」
 ニコライは、そう言うとアランの顔を覗きこむ。その仕草を見て、同伴してきたアールはニコライの為に椅子を用意した。そして、ニコライはアールに礼を述べると椅子に座り、膝に手を乗せた体勢でアランを見た。
 
「裏切ったのは二人。その二人は、小さな小屋で一緒に暮らしている。だから、その小屋ごと消し去って欲しいんだ。勿論、二人を逃げられない状態にしてからね」
 そこまで言って笑みを浮かべ、ニコライは尚も話を続ける。

「二人は、人目を避けるようにして暮らしている。それに、消し去って欲しいのは人里離れた場所にあるボロ小屋だ。夜中に事を済ませれば、目撃者を気にする必要も無い。必要な道具は準備しておくから、君は心を決めるだけで良い。君に関わりの無い二人を裁くことで、大切な子達を守る。その決心さえ固くしてくれれば問題ない」
 ニコライは、そうアランへ伝えると静かに立ち上がった。
 
「君と飲む紅茶は美味しかったよ。でも、ここで君と一緒に飲んでもつまらない。だから、ちゃんと決心してね? そうじゃなかったら、僕は」
 そこまで言って話すのを止め、ニコライは首を傾げてみせた。

「君が育った場所の全てを、滅茶苦茶に壊さなきゃならなくなる」
 それを聞いたアランは目を強く瞑った。一方、ニコライはアールを連れて部屋を去り、残されたアランは無言のまま唇を噛む。
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登場人物紹介

アラン


ガチムチ脳筋系の兄貴キャラ。
それでいて上の指示には従順な体育会系な為に社畜と化す。

純真な心が残っている為、それで苦しむが、何が大切かを決めて他を切り捨てる覚悟はある。

ニコライ的には、瞳孔が翠で良い体格の(おっちゃんなもっとデカなるでな)理想的な茶トラ人間バージョン。
なので気にいられてる。

ニコライ・フォヴィッチ


裏社会で商売している組織のボス。
ロシアンブルーを愛する。

猫好きをこじらせている。
とにかく猫が好き。
話しながら密かにモフる位に猫が好き。
昔はサイベリアンをモフっては抜け毛で毛玉を育てていた系猫好き。
重症な猫好き。
手遅れな猫好き。
猫には優しい。
猫には甘い。
そんな、ボス。

アール


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは右にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その1。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

エル


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは左にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その2。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

青猫
ニコライの愛猫。
専用の部屋を持つ部下より好待遇なお猫様。
ロシアンブルーだからあまり鳴かない。
そこが気に入られる理由。
専属獣医も居る謎待遇のお猫様。

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