気持ち次第で変わるもの

文字数 1,955文字

 一つの仕事を終えた二人は、共に食堂を訪れていた。アラン達の前にはトレイに乗せられた料理が在り、マクシムは何時もと変わらない様子でそれを口へ運んでいる。
 
 しかし、アランは食が進まないのか、パンを手に持ったまま溜め息を吐いていた。彼は、時折パンを口に運んでは、それをスープで流し込んでいる。とは言え、湯気の立つ肉料理には全く手を付けておらず、アランは料理の半分以上を残して口元を押さえてしまう。その後、彼はそれ以上の料理を口に運ぼうとはしなかった。
 
「食欲が出ませんか?」
 彼の様子に気付いたのか、マクシムは心配そうに問い掛けた。一方、アランは苦笑しながらマクシムの顔を見つめ、小さな声で話し始める。

「ええ。どうにも食欲がわかなくて。食べなくては……とは思うのですけれど」
 目を瞑り、アランは細く息を吐き出した。この時、アランの話を聞いた者は小さく頷き、それから自らの考えを話し出す。
 
「食欲がわかないのは、珍しいことでは無いですよ。特に、あれを見た後では無理もありません。長く続くようであれば、医者に診せた方が良いとは思いますが」
 そう言って立ち上がり、マクシムはアランを見下ろした。

「飲み物なら大丈夫ですか? 大丈夫であれば、私が取ってきますから休んでいて下さい」
 そう問われたアランと言えば、申し訳なさそうに言葉を発する。
 
「気を遣って頂きありがとうございます。飲み物なら平気だと思います」
 それを聞いたマクシムは頷き、飲み物を用意する為に席を離れた。彼は数分して席に戻り、マグを持ったままアランに問い掛ける。

「珈琲と紅茶、両方持って来ました。どちらを飲まれます?」
 そう言うとマグの位置を下げ、マクシムはアランにマグの中身が見える様にした。すると、アランは少しの間考えてから珈琲を選び、マグを持ったまま礼を述べる。
 
「いえいえ、大して重い物でも無いですし」
 マグを机上に置き、マクシムは元居た席に腰を下ろした。

「やはり、ショックでしたか? 顔色も優れない様ですし」
 そう言って紅茶を口に含み、マクシムは頭を左に傾ける。すると、アランは頭を掻きながら苦笑した。
 
「はい。押さえるだけとは言え、呻き声も結構なものでしたし……当分は、気持ちが落ち着きそうに無いですね」
 そう返すと胸元に手を当て、吐き気をもよおしたかの様に胸をさすった。

「特に、切除したものの気持ち悪さは、暫くは脳裏から離れてくれそうにありません」
 アランは、そう加えると深い溜め息を吐いた。一方、それを聞いたマクシムと言えば、意味ありげな笑みを浮かべてみせる。
 
「生物種が違うとはいえ、あれを食べる地域もありますからね。いっそのこと、食べ物だと思ってみたらどうですか?」
 思いもよらぬ話を聞いたアランは咳込み、直ぐに左手で口を覆った。彼は、咳が止まってから手を離し、大きな瞬きをしてからマクシムを見る。
 
「食べ物……ですか? 生臭くて、到底食べられるようには思えませんが」
 そう言うと、アランは眉根を寄せて苦笑する。その一方でマクシムは軽く笑い、それから自らの考えを付け加えた。

「食の好みは人それぞれですからね。地域差も当然出ますし。中には、わざと腐らせたり黴させたりする食べ物もある位ですから。それに比べれば、まだ可愛い類ではないでしょうか。まあ、私は食べませんけど」
 紅茶を飲み、マクシムは話を続けていく。
 
「何事にも、好みは有りますから。今、私が紅茶を好んで飲んでいる様に」
「言われてみればそうですね。自分が好きだと思っていても、他人からすれば違う。そんな例は、幾らでも有ります」
 珈琲を一口飲み、アランは口角を上げてみせる。
 
「食わず嫌い、と言うのもあるでしょうね。この辺りでは食べないものでも、別の場所では常食している……なんて例も色々と有るでしょうから」
 残してしまった料理を見下ろし、アランは小さな声で言葉を発した。

「体調のみならず、自分の気持ち次第で食欲はなくなりますし」
 小さな声であったが、対面に座るマクシムはそれを聞き取った。そのせいか、マクシムは残された料理を一瞥し、数秒の間を置いてから口を開く。
 
「もしかして、余計に食欲が無くなりました?」
 そう問い掛けると、マクシムは申し訳なさそうに目を伏せた。一方、彼の話を聞いたアランは首を振り、慌てた様子で言葉を発する。

「いえ、食欲が無いのは元々です。話を聞いて食欲が出た訳ではありませんが、その逆でもありません」
 アランは、そう返すとマクシムの顔を見た。すると、マクシムは細く息を吐き、それから小さな声で言葉を漏らした。
 
「そうですか」
 言って紅茶を飲み干し、マクシムは空のマグをトレイに置く。その後、彼らの間に会話の無いまま時は過ぎ、二人は食器を片付けて食堂を出た。
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登場人物紹介

アラン


ガチムチ脳筋系の兄貴キャラ。
それでいて上の指示には従順な体育会系な為に社畜と化す。

純真な心が残っている為、それで苦しむが、何が大切かを決めて他を切り捨てる覚悟はある。

ニコライ的には、瞳孔が翠で良い体格の(おっちゃんなもっとデカなるでな)理想的な茶トラ人間バージョン。
なので気にいられてる。

ニコライ・フォヴィッチ


裏社会で商売している組織のボス。
ロシアンブルーを愛する。

猫好きをこじらせている。
とにかく猫が好き。
話しながら密かにモフる位に猫が好き。
昔はサイベリアンをモフっては抜け毛で毛玉を育てていた系猫好き。
重症な猫好き。
手遅れな猫好き。
猫には優しい。
猫には甘い。
そんな、ボス。

アール


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは右にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その1。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

エル


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは左にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その2。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

青猫
ニコライの愛猫。
専用の部屋を持つ部下より好待遇なお猫様。
ロシアンブルーだからあまり鳴かない。
そこが気に入られる理由。
専属獣医も居る謎待遇のお猫様。

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