閉鎖空間で許された楽しみ

文字数 3,110文字

 朝が来て目覚めたアランは、ベッドの上で腕を伸ばした。彼はゆっくり上体を起こすと頭を掻き、時計を眺めて時間を確認する。この時、時計の短針はほぼ真下を指しており、それを見たアランは細く息を吐き出した。
 
(さて、どうしたもんかな)
 アランは立ち上がり、自室の出入り口を見た。彼は、そうしてから自室を出、自販機が並べられた部屋へ入った。アランは、そこで良く冷えた水を購入し一気に飲み干す。そして、空になったボトルを回収ボックスへ入れると、近くに置かれた椅子に座った。
 
 時間が早いせいか、アランが居る部屋には他に誰も居なかった。この為、会話の声は一切聞こえず、自販機から発せられる音だけがアランの鼓膜を震わせている。アランは、暫く椅子に座ったままでいた。そして、数十分程したところで食堂へ向かい、そこで作られたばかりの料理を受け取った。その後、アランは淡々と料理を口に運び、全てを食べ終えたところで食器を指定の場所に返して食堂を出る。
 
 アランは、実験棟へ向かうと白衣に着替え、マクシムと共に仕事を始めた。マクシムは、彼に今の体調はどうかを尋ね、アランは悪いところは無いと答える。二人は、その後も淡々と仕事を続け、空いた時間に他愛ない会話を繰り返した。しかし、次第に話す内容も減っていき、二人はそれぞれに資料室に置かれた本を読むようになっていった。

 とは言え、完全に会話が無くなった訳ではなく、マクシムはアランが本を閉じたところで口を開いた。
 
「アランさんは仕事が終わってから何をして過ごされています?」
 アランは本をテーブルに置き、質問に対する答えを返した。

「寝るか、体を鍛えるか……ですかね。ここへ来るまでは、時間が出来たら後輩にちょっかいを掛けてもいましたが」
 微笑し、アランは更なる言葉を加える。
 
「別に不満は有りませんが、ここはやれることが少ないですからね。時間が開いた時に、何をして良いか模索することもあります」
「確かに、ここは外出を制限されていますからね。必然的に、やれることも制限されてしまいます。ですが、資料室で外の情報を得ることも出来ますし、欲しいものが有れば申請して手に入れることも可能ではあります。多少は、退屈な生活かも知れませんが、慣れれば時間の使い方も分かってくるでしょう」
 そこまで話したところで、マクシムはアランの目を見た。一方、アランはゆっくり頷き、それからマクシムの目を見つめ返す。
 
「何事も、時間が解決する……ですか。確かに、そうかも知れませんね」
 そう返すと、アランは目を細めて小さく息を吐いた。

「食事の後、時間を置かずに寝るのは体に良くないと聞きますし……何かしら手に入れてでも、夕食後の時間を有効に使いたいものです」
 アランは、そこまで言ったところで微苦笑する。一方、それを聞いたマクシムは、小さく息を吐いてから口を開いた。
 
「では、資料室から書物を借りる手順をお伝えします。仕事に関係無いので忘れていましたが、説明する良い機会ですから」
「お気遣い有難うございます。部屋で読みたい本を見つけた時の為にもお願いします」
 そう返すと、アランは柔らかな笑みを浮かべてみせた。対するマクシムはテーブルに手をついて立ち上がり、小部屋の出入り口へ向かい始める。この為、彼の動きを見たアランも立ち上がり、マクシムの後を追って小部屋を出た。

 その後、マクシムは本棚から適当な本を選び、それを借りる手順をアランへ見せた。それは、首から掛けているカードを使用する単純なもので、子供でさえ出来る簡単な手順であった。
 
 しかし、マクシムは手続きをした本を受け取らずに小部屋へ向かい、アランは不思議そうな表情を浮かべて彼を追う。その後、アランは小部屋に入ってドアを閉め、微苦笑しながら口を開いた。

「本を借りたのに、ここへ持って来なくて良いのですか?」
 マクシムは頷き、貸し出しに関する説明を加える。
 
「ええ。あの手続きさえ踏めば、自室へ届けて下さいますから。仕事中に、自室まで戻るのは面倒でしょう? 仕事終わりに持ち帰るにしても、白衣を脱ぐ際に本を雑に扱いかねませんし」
 そう言って目を瞑り、マクシムは尚も話を続けていった。

「本は無料ではありませんからね、専門書ともなれば値が張りますし。ですから、紛失を防止する為にも、担当者が自室へ届ける様にしたのだそうですよ。そうすれば、部屋へ戻る途中で紛失するリスクを減らせますからね」
 それを聞いたアランと言えば、納得した様子で大きく頷く。
 
「確かにそうですね。仕事を終えたら、自室へ戻るより前に食堂へ向かっていますし。届けてくれるなら、うっかり紛失する危険も無くて安心です」
 そう言って微笑むと、アランはテーブルに置かれた本を見る。一方、マクシムは片目を開けて口角を上げ、落ち着いた声で言葉を発した。

「閉鎖空間とは言え、管理を怠れば紛失することも御座います。ですから、その管理を怠ったり拒絶してはいけません」
 そう言ったところで、マクシムは閉じていた方の目を開いてアランを見つめる。
 
「もし、怠惰によって本を紛失すれば、ニコライ様が決めたペナルティが課せられるそうです。まあ、滅多なことでは無くさないでしょうが」
 それを聞いたアランは体を震わせ、声を抑えて話し出した。

「ペナルティ……ですか。想像するに、恐ろしいですね」
 アランの話を聞いたマクシムは軽く笑い、それから椅子に座って口を開く。
 
「無くさなければ良いだけの話ですよ。実際問題、本を紛失して罰を受けた方は居ないようですし」
 そう伝えると、マクシムは柔らかな笑みを浮かべてみせた。一方、アランは胸に手を当て、ゆっくり息を吐き出した。

「それもそうですね。万一、本の置き場所を忘れてしまっても、捜索すべき場所は限られていますし」
 そこまで話したところで椅子に座り、アランは背もたれに体重を預けた。
 
「因みに、研究員以外は一度に二冊までです。一週間しても返さない場合は、呼び出されるそうなので気を付けて下さいね」
 アランは頷き、淡々と言葉を発していく。

「呼び出されるのも恥なので、そうならない様に読み切れそうな本だけを借りますよ」
「賢い方法です。自分のキャパシティ以上を求めないのは」
 そう話すと机上の本を見、マクシムは幾らか言葉を付け加える。
 
「わざわざ借りなくても、ここで読めますからね。手続きや返却が面倒なら、やらなければ良いだけの話です」
 彼の話を聞いたアランは頷き、マクシムの考えを受け入れた。その後も、二人は時折言葉を交わしながら本を読み、仕事を終えたところで地上へと戻る。

 そう言った日が何日か続いた後、アランは試しに一冊の本を借りる手続きを行った。それは、童話でありながら残酷な話を集めた本で、殆ど読まれていないのか手垢はついていなかった。また、その表紙には内容に見合わぬ可愛い絵が描かれ、それは幼い兄妹の様である。
 
 アランが本を借りたことに気付いたマクシムと言えば、それとなく何を借りたのか問い掛けた。一方、問い掛けられた者は微笑し、どこか気恥しそうに話し出す。

「借りたのは童話集です。どうにも懐かしくなってしまって。それに、幾らか話を覚えておけば、何時か孤児院のガ……いえ、子供達に話してやれるかなと」
 それを聞いたマクシムは、微笑みながら言葉を発した。
 
「確かに、懐かしいですね。年のせいか、どう言った話があったかまでは、直ぐに思い出せはしませんが」
 そこまで話したところで苦笑し、マクシムは小さく息を吐き出した。その後、二人は幾らかの会話を交わし、アランは夕食を終えた後で自室へ戻った。
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登場人物紹介

アラン


ガチムチ脳筋系の兄貴キャラ。
それでいて上の指示には従順な体育会系な為に社畜と化す。

純真な心が残っている為、それで苦しむが、何が大切かを決めて他を切り捨てる覚悟はある。

ニコライ的には、瞳孔が翠で良い体格の(おっちゃんなもっとデカなるでな)理想的な茶トラ人間バージョン。
なので気にいられてる。

ニコライ・フォヴィッチ


裏社会で商売している組織のボス。
ロシアンブルーを愛する。

猫好きをこじらせている。
とにかく猫が好き。
話しながら密かにモフる位に猫が好き。
昔はサイベリアンをモフっては抜け毛で毛玉を育てていた系猫好き。
重症な猫好き。
手遅れな猫好き。
猫には優しい。
猫には甘い。
そんな、ボス。

アール


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは右にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その1。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

エル


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは左にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その2。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

青猫
ニコライの愛猫。
専用の部屋を持つ部下より好待遇なお猫様。
ロシアンブルーだからあまり鳴かない。
そこが気に入られる理由。
専属獣医も居る謎待遇のお猫様。

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