堕ちていく者

文字数 2,221文字

 「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
 テーブルに肘をつくと、シュランゲは微笑しながらアランを見る。

「大まかな話は聞いていると思います。一応確認しておきますが、役割と選ばれた理由を、理解されておりますか?」
 シュランゲから問われたアランは、数秒の間を置いてから口を開いた。
 
「はい。役割は、雌家畜への餌やり。選ばれた理由は、研究員以外で敵意を感じさせない人柄だから。以前に受けた説明から、そう記憶しています」
 その返答を聞いた者は、小さく頷いてから言葉を紡いだ。

「そうですね。これも当初は、女性に担当して頂いたのですが、いざと言う時に力で負けてしまって。なにしろ、相手は知能の低い家畜。雄を受け入れることだけは立派な畜○ですから」
 シュランゲは溜め息を吐き、尚も話を続けていく。
 
「それでいて、無抵抗の乳児をいたぶれる程の冷血さ……しかし、力で敵わない相手には尻尾を巻く。そんな雌ばかりですから、力で勝てることが第一条件。第二の条件は、当てはまる方が居れば重畳。居なければ、第一条件を満たした方で持ち回りです」
 そう言って笑みを浮かべ、シュランゲは部屋に置かれたベッドを一瞥した。

「とは言え、研究員はここで仮眠を取ったり軽食を取ったりする方ばかり。ちゃんと食事を摂る方も居りますが……研究を何より優先する方からすれば、餌やりなんて時間の無駄ですからね。ここの片付けすら出来ない方に、折角培養した命を預けるのも癪ですから」
 シュランゲの話を聞いたアランは、軽く部屋を見回してから苦笑した。その一方、シュランゲは更なる説明を加えていく。
 
「人には、それぞれの役割があります。やりたい事があり、それをやり遂げられる力もあるならそれに越したことはない。ですから、分担が可能な場合はそうします」
 珈琲を一口飲み、シュランゲは渇いた喉を潤した。

「アランさんは、難しいことを考える必要はありません。家畜の健康管理は研究員が行いますし、餌も研究員の指示を元に調理師が作ります。ただ、毎日餌を運び、必要であれば掃除もする。今の仕事の合間にでもして下されば充分です。ただ」
 言ってアランの目を真っ直ぐに見つめ、シュランゲはゆっくり言葉を発していった。
 
「感情移入だけは御法度です。何分、相手は利用価値が無くなれば処分される家畜です。食用の家畜にだって、感情移入してしまったら仕事を続けるのが辛いでしょう。下手に感情移入して脱走の手伝いをされたら、面倒なことになりますし」
 シュランゲは、そこまで話したところで冷たい笑みを浮かべた。

「だからこそ、女性にさほど興味の無い人員か、割りきって仕事をしてきた実積のある人員。どちらかの条件を満たした男性だけが、ここで働けるのです」
 それを聞いたアランは、自分がどちらに当てはまるかを考え始めた。しかし、シュランゲが直ぐに話を続けた為、それについて考えることを止める。
 
「その点、アランさんは両方の条件を満たしている逸材です。前者は勝手な想像に過ぎませんが、実積については申し分ありませんから」
 シュランゲは、そう言うと柔らかな笑みを浮かべてみせた。その一方、アランは微笑しながら言葉を発する。

「シュランゲさんの想像通りですよ。何分、この年になっても独り身ですから」
 片目を瞑り、アランは自分の胸元を指差した。
 
「自分で言うのもなんですが、モテない訳でも無ければ男色でもありません。ただ単に面倒なんですよ、金になる訳でもないのに異性の機嫌をとるのは。まあ、機嫌をとって飯が食えるなら話は別ですが」
 アランは、そこまで話したところで笑みを浮かべる。

「人間関係の全てが利害関係では無いでしょう。ですが、然したるメリットも無いのに、異性と関係するのも時間の無駄ですから」
 そう加えるとカップへ手を伸ばし、アランは珈琲を一口飲んだ。
 
「そりゃ、気が合う相手なら性別は関係ありません。でも、どうしたって差はあるじゃないですか」
 アランは、そう言ったところでシュランゲを見た。一方、彼の話を聞いた者は、微笑しながら肯定の返事をする。

「性差は有りますし体内を巡る様々なホルモン量も違いますから、どうしても差は出ます」
 シュランゲは、そう言って細く息を吐き出した。
 
「そもそも、アランさんに担当して頂くA-083は人間に非ず。見た目は似ていても、人間の心は持ち合わせていない生物です。情けをかけるのは時間の無駄です」
 そう加えると、シュランゲは目を細めて口角を上げた。一方、彼の話を聞いた者と言えば、笑顔を浮かべてその考えを受け入れた。

「人間がその術を手に入れてからというもの、他の生物とは線を引いてきました。たとえ知能の高い生物であっても、人間ではない。それだけの理由で一方的に閉じ込め、餌を与えて支配をしてきた。その術がなければ、牙や爪で引き裂かれてしまう相手であろうとも」
 シュランゲは、そう言ったところで小さく笑う。
 
「分かりますか、アランさん。私達も線を引いていかなければならない。その術を持ち合わせた人間として」
 アランは、戸惑いながらも彼の意見に同意した。この為、シュランゲは尚も話を続ける。

「今まで、他の家畜へ餌やりをしてきたことでしょう。それと同じ様に坦々と……ですが、今回は力技は少なめでお願いします。目的が目的だけに、流れてしまっては困るので。そこは、臨機応変にお願いしますね」
 シュランゲは、そう伝えると微笑した。
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登場人物紹介

アラン


ガチムチ脳筋系の兄貴キャラ。
それでいて上の指示には従順な体育会系な為に社畜と化す。

純真な心が残っている為、それで苦しむが、何が大切かを決めて他を切り捨てる覚悟はある。

ニコライ的には、瞳孔が翠で良い体格の(おっちゃんなもっとデカなるでな)理想的な茶トラ人間バージョン。
なので気にいられてる。

ニコライ・フォヴィッチ


裏社会で商売している組織のボス。
ロシアンブルーを愛する。

猫好きをこじらせている。
とにかく猫が好き。
話しながら密かにモフる位に猫が好き。
昔はサイベリアンをモフっては抜け毛で毛玉を育てていた系猫好き。
重症な猫好き。
手遅れな猫好き。
猫には優しい。
猫には甘い。
そんな、ボス。

アール


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは右にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その1。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

エル


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは左にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その2。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

青猫
ニコライの愛猫。
専用の部屋を持つ部下より好待遇なお猫様。
ロシアンブルーだからあまり鳴かない。
そこが気に入られる理由。
専属獣医も居る謎待遇のお猫様。

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