倫理や道徳は時代や国によって変わる
文字数 1,955文字
「説明前だったっけ? ここで行われている実験の」
椅子に座り直し、ニコライは大きく息を吐き出した。
「メインは、臓器の製造。製造って言い方は、しっくりこないかも知れない。けどさ、臓器移植って型が合わないと出来ないし、合う臓器を待っている内に病状悪化なんてことも珍しく無い。と言っても、病気になってから目的の臓器を作り出すなんてのは不可能に近い」
ニコライは、そこまで話した所で書類を指差し、尚も話を続けていく。
「だから、地位や権力があって資産をたんまり持っているような人は、予め自分のスペアを作っておくんだ。そして、いざ病気になったらそのスペアから臓器を貰う。脳死も順番も待つ必要なんて無いんだ。で、そのスペアを作るにも、色んな技術や媒体が要る。勿論、莫大な費用もね。だから、彼らには大金を出して貰って、ここで色々とやっているんだ」
淡々と話すニコライに対し、アランは無言で雇用者の話を聞き続けていた。その間中、ニコライが表情を変えることは無く、大きく動くこともしなかった。
「ここまで聞いただけでも分かるだろうけど、世間一般の意見では、倫理面がどうとか言われて出来ないやり方だからね。そう言う技術、良質の家畜を増やす為になら、歓迎されてもいるのに」
そう言うと溜め息を付き、説明者はアランの顔をじっと見つめる。この際、アランを見つめる瞳はどこか不機嫌そうだった。
「動物でやるのは許されているのに、人間でやるのは禁止だなんて、なんでだろうね? 動物だって、一生懸命生きているのに」
そう問うと、ニコライは首を傾げてみせた。対するアランは、何か言いたそうに口を開くが、先程のやり取りを思い出したのか声を出しはしなかった。
「そりゃあ、ちゃんと産まれて健康に育ったとしても、時が来れば一つのパーツを使う為だけに命まで奪うこともあるよ? でも、それってどれだけいけないことなのかな?」
事も無げに言うと、ニコライはアランの出方を窺う様に目を見つめる。しかし、アランは言葉が出てこないのか、黙ったまま立ち尽くしていた。
「人間様の為に角だけを、人間様の為に牙だけを……本当、どれだけ偉いんだろうね、人間って」
ニコライは、そう言うと上唇を舐めた。彼は、そうしてから目を瞑り、どこか疲れた様子で言葉を発する。
「ねえ、アール。僕、喉が渇いたなあ?」
その一言を聞いた途端、話し掛けられた者はポケットから電子端末を取り出した。彼は、それを使って指示を出し、素早く用事を伝えてから端末を元の場所へと入れ直す。
そのやり取りがあった十数分後、彼らの居る部屋にはドアを叩く音が響いた。それを聞いたニコライはドアを見やり、何も言わずに動きを待った。
「ニコライ様、お茶をお持ちしました」
ニコライは声の主へ入室するように言い、それを聞いたアールはドアを開ける。すると、ドアの外には小柄な女性の姿が在り、彼女は一礼をしてから部屋へと入った。
入室した女性は、ティーセットが乗せられたトレイを両手で持ち、ニコライの居る方へと進んでいった。綺麗に洗われたトレイには、陶器製のカップや大きめのポットが乗せられ、砂糖の入った容器やスプーンも乗っている。
女性は、トレイ毎それをエルに手渡し、ニコライの方に向き直って頭を下げた。この時、エルはトレイをテーブルの端に置いてポットの蓋を開けていた。彼は、そうした後でポットの中身を確認し、それからティーカップに紅茶を注ぎ始める。
エルは、紅茶を半分程注いだ所でポットを置き、カップをゆっくりと揺らし始めた。それにより、カップ全体が温まってゆき、そうした後で冷めた紅茶をマグに移す。エルは、温まったカップへ紅茶を注ぐとニコライの前に置き、それからマグに注いだ紅茶を口に含んだ。彼は、暫く紅茶の味を確かめてから嚥下し、再度他のティーカップに紅茶を注ぐ。
エルは、先程と同様にカップを温め、新しく紅茶を注いだカップをアランに渡した。カップを渡された者は礼を述べ、エルは直ぐにニコライの傍へ戻る。そして、一連の流れを見ていたニコライはカップに口を付け、近くに立つ女性を一瞥した。
「ご苦労様、もう戻って良いよ」
その一言を受けた女性は頭を上げ、静かに部屋から立ち去った。すると、ニコライはアランの目を見つめて笑顔を浮かべる。
「遠慮しないで、温かいうちに飲んでね」
そう伝えるとニコライは紅茶を飲み干し、軽くなったカップをテーブルに置いた。すると、エルは空のカップに紅茶を注ぎ、ニコライはそれを横目で見ながら礼を述べる。
「話し続けていると、どうしても渇くんだよね、喉」
そう呟くと、ニコライはカップに注がれた茶を一口飲む。アランも、彼につられるようにして紅茶を飲み、カップが空になったところで腕を下げた。
椅子に座り直し、ニコライは大きく息を吐き出した。
「メインは、臓器の製造。製造って言い方は、しっくりこないかも知れない。けどさ、臓器移植って型が合わないと出来ないし、合う臓器を待っている内に病状悪化なんてことも珍しく無い。と言っても、病気になってから目的の臓器を作り出すなんてのは不可能に近い」
ニコライは、そこまで話した所で書類を指差し、尚も話を続けていく。
「だから、地位や権力があって資産をたんまり持っているような人は、予め自分のスペアを作っておくんだ。そして、いざ病気になったらそのスペアから臓器を貰う。脳死も順番も待つ必要なんて無いんだ。で、そのスペアを作るにも、色んな技術や媒体が要る。勿論、莫大な費用もね。だから、彼らには大金を出して貰って、ここで色々とやっているんだ」
淡々と話すニコライに対し、アランは無言で雇用者の話を聞き続けていた。その間中、ニコライが表情を変えることは無く、大きく動くこともしなかった。
「ここまで聞いただけでも分かるだろうけど、世間一般の意見では、倫理面がどうとか言われて出来ないやり方だからね。そう言う技術、良質の家畜を増やす為になら、歓迎されてもいるのに」
そう言うと溜め息を付き、説明者はアランの顔をじっと見つめる。この際、アランを見つめる瞳はどこか不機嫌そうだった。
「動物でやるのは許されているのに、人間でやるのは禁止だなんて、なんでだろうね? 動物だって、一生懸命生きているのに」
そう問うと、ニコライは首を傾げてみせた。対するアランは、何か言いたそうに口を開くが、先程のやり取りを思い出したのか声を出しはしなかった。
「そりゃあ、ちゃんと産まれて健康に育ったとしても、時が来れば一つのパーツを使う為だけに命まで奪うこともあるよ? でも、それってどれだけいけないことなのかな?」
事も無げに言うと、ニコライはアランの出方を窺う様に目を見つめる。しかし、アランは言葉が出てこないのか、黙ったまま立ち尽くしていた。
「人間様の為に角だけを、人間様の為に牙だけを……本当、どれだけ偉いんだろうね、人間って」
ニコライは、そう言うと上唇を舐めた。彼は、そうしてから目を瞑り、どこか疲れた様子で言葉を発する。
「ねえ、アール。僕、喉が渇いたなあ?」
その一言を聞いた途端、話し掛けられた者はポケットから電子端末を取り出した。彼は、それを使って指示を出し、素早く用事を伝えてから端末を元の場所へと入れ直す。
そのやり取りがあった十数分後、彼らの居る部屋にはドアを叩く音が響いた。それを聞いたニコライはドアを見やり、何も言わずに動きを待った。
「ニコライ様、お茶をお持ちしました」
ニコライは声の主へ入室するように言い、それを聞いたアールはドアを開ける。すると、ドアの外には小柄な女性の姿が在り、彼女は一礼をしてから部屋へと入った。
入室した女性は、ティーセットが乗せられたトレイを両手で持ち、ニコライの居る方へと進んでいった。綺麗に洗われたトレイには、陶器製のカップや大きめのポットが乗せられ、砂糖の入った容器やスプーンも乗っている。
女性は、トレイ毎それをエルに手渡し、ニコライの方に向き直って頭を下げた。この時、エルはトレイをテーブルの端に置いてポットの蓋を開けていた。彼は、そうした後でポットの中身を確認し、それからティーカップに紅茶を注ぎ始める。
エルは、紅茶を半分程注いだ所でポットを置き、カップをゆっくりと揺らし始めた。それにより、カップ全体が温まってゆき、そうした後で冷めた紅茶をマグに移す。エルは、温まったカップへ紅茶を注ぐとニコライの前に置き、それからマグに注いだ紅茶を口に含んだ。彼は、暫く紅茶の味を確かめてから嚥下し、再度他のティーカップに紅茶を注ぐ。
エルは、先程と同様にカップを温め、新しく紅茶を注いだカップをアランに渡した。カップを渡された者は礼を述べ、エルは直ぐにニコライの傍へ戻る。そして、一連の流れを見ていたニコライはカップに口を付け、近くに立つ女性を一瞥した。
「ご苦労様、もう戻って良いよ」
その一言を受けた女性は頭を上げ、静かに部屋から立ち去った。すると、ニコライはアランの目を見つめて笑顔を浮かべる。
「遠慮しないで、温かいうちに飲んでね」
そう伝えるとニコライは紅茶を飲み干し、軽くなったカップをテーブルに置いた。すると、エルは空のカップに紅茶を注ぎ、ニコライはそれを横目で見ながら礼を述べる。
「話し続けていると、どうしても渇くんだよね、喉」
そう呟くと、ニコライはカップに注がれた茶を一口飲む。アランも、彼につられるようにして紅茶を飲み、カップが空になったところで腕を下げた。