情け無用

文字数 2,590文字

 「さて、一通り確認は終わりましたし、部屋の確認へ参りましょうか」
 残っていた珈琲を飲み干し、シュランゲは静かに立ち上がった。この際、アランも彼同様に珈琲を飲みきってから立ち上がる。

「カップは後で洗っておきますので御心配なく」
 シュランゲは、空になったカップを掴んでシンクに置いた。その後、彼は部屋を出、アランを先導しながら廊下を進んだ。そして、暫く廊下を歩いてから、彼らはプレートの外された部屋の前で立ち止まる。
 
「先ずは、同じ間取りの部屋を確認しましょう。注意しなければならない説明もありますので」
 そう言ってドアノブの上を指差し、シュランゲはアランの目を見つめた。この時、彼が指差す先には、直径数センチ程の穴があった。また、穴の横には黒いパネルが有り、その右端では小さな電球が輝いている。電球から発せられる光は赤く、その下には違う色の電球も使われていた。
 
「この穴に人差し指を入れると、横のパネルに文字が浮かび上がります。正確にコードを入力すれば解錠出来ますが、管理者の気紛れでコードは変更されます」
 言いながら指先をパネルへ向け、シュランゲは説明を続けた。

「このドアは、権限を有する者が正確なコードを入力しなければ開きません。また、コードを定期的ではなく一個人が気紛れで変更することにより、解錠可能な者を厳しく制限しています」
 穴に指を入れ、シュランゲはパネルに浮かび上がった数字に素早く触れていった。すると、先程まで点いていた電球は消え、代わりに緑色をした電球が光り始める。
 
「これで解錠が出来ました」
 シュランゲは、指を引き抜くとドアを開け、ドアを押さえながら室内へ入った。アランは、彼を追って部屋へ入り、目線だけを動かして周囲を確認する。今アラン達が居る場所は、ドアと壁で囲まれた空間だった。その空間は、数人が同時に入るには幾らか狭く、アランがドアを閉めると圧迫感さえあった。

 しかし、その状況にあってもシュランゲは顔色を変えなかった。彼は、壁に背を付けてアランを見、部屋へ続くドアを指し示す。
 
「このドアは、先程と同じコードを入力することで解錠出来ます。ただし、家畜の逃走防止策として、廊下側のドアが空いている状態では、特例を除きパネルが点灯しません」
 シュランゲは、そう説明をしながらコードの入力をした。そして、解錠されたドアを開けると、静かに部屋へ入っていく。

「家畜が中に居る場合は、部屋から逃げないよう気を付けて入って下さい。ドアを二重にしてあるとは言え、何も起きないに越したことはありませんから」
 小さく笑い、シュランゲは部屋の奥を指差した。彼が示したのは壁から伸びる鎖で、その先端には指の太さ程のフックらしきものが在った。
 
「退室する際には、あの鎖を家畜の首輪に繋ぎます。嵌める際は手動で行うだけですが、外すには家畜以外が退室する必要があります。こちらがドアを開けた際に、逃走を謀られたら面倒ですから」
 シュランゲは、そこまで説明したところで鎖を手に取った。その鎖の長さは大人の腕程度で、それに繋がれた状態ではドアへ触れることすら叶わない。
 
「繋ぎ方は簡単です。家畜の首輪に掛け金を通して固定するだけです。施錠する分には、南京錠と大して変わりません」
 言って鎖から手を離し、シュランゲはアランの顔を見た。この際、無機質な鎖は彼の腰辺りの高さから垂れ下がり壁を打つ。

「もっとも、簡単なのは家畜が大人しくしていれば……ですがね。大人しくしない場合は、工夫が必要になります」
 目を細め、話し手は冷たい笑みを浮かべた。
 
「なるべく刺激はせず、かと言って甘くもしない。言葉で言うのは簡単ですが、実行するとなると難しい筈です」
 シュランゲは微笑み、更なる言葉を付け加える。

「まあ、逃げさえしなければ再利用も可能ですし、子供を作る能力だけは長けた個体ですから」
 話し手は「だけ」と言う箇所を強調して口にし、それを聞いたアランは僅かに眉を寄せた。
 
「さて、家畜も人間同様に食べたら排〇します。それと、衛生及び健康管理の為、バスルームが部屋毎に設置されています」
 言って歩き始めると、シュランゲは壁にある縦長の隙間に指先を入れた。彼は、そのまま指先に力を入れ、隙間ごと左側へ向けてゆっくりと動かす。

 すると、その先には小さいながらもバスルームがあり、その空間は綺麗に清掃されていた。また、換気口が在るものの掌程の大きさで、工具が無ければ開かないよう設計されていた。
 
「豚でさえ、寝場所と排〇場所を分ける知能を持っています。ですが、所詮は家畜。清掃は人間に頼らねばならない」
 シュランゲは、そう話すとアランの方へ顔を向ける。

「一応、楽に座れる様には設計してあります。ですが、排〇物を流すことが可能なのは我々人間のみ。また、汚れた際に道具を使って清掃するのも、我々人間のみの仕事です」
 そこまで言って口角を上げ、シュランゲはバスルームの方へ目線を向けた。
 
「また、簡易ながらシャワーも設置してあります。飼い慣らされた豚でさえ、嬉々として水浴びをしますからね。衛生のことも考え、設置してあります」
 言い切ってから扉を閉め、シュランゲはアランの目を見つめて目を細めた。

「これで、この部屋での説明は完了です。何か質問や不明な点は有りますか?」
 そう問い掛けられたアランと言えば、少しの間を置いてから口を開く。
 
「では、一つ質問です。清掃は私達人間が道具を使って行う。そう伺いましたが、その道具は何処に保管されていますか?」
 アランの話を聞いたシュランゲは、その問い掛けで思い出したかの様に話し出す。

「道具は、部屋の外から持ち込みます。部屋に置いておくと、知性を欠いた家畜が何をしでかすか分かりませんので」
 そこまで話して小さく息を吐き、シュランゲは幾らかの説明を加えた。
 
「道具の置き場所は、その時になったら説明します。どの道、家畜の邪魔が入らぬ様、二人一組で清掃を行いますので」
 彼は、そう伝えたところで首を傾げ、聞き手に疑問は解決したかを問う。一方、アランはシュランゲへ肯定の返事をなした。この為、部屋での説明を終えたシュランゲは退室することを告げ、アランは彼から受けた説明を元に部屋のドアを開ける。そうして彼らは廊下へ出、一つの仕事を終えたシュランゲはアランの方に向き直った。
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登場人物紹介

アラン


ガチムチ脳筋系の兄貴キャラ。
それでいて上の指示には従順な体育会系な為に社畜と化す。

純真な心が残っている為、それで苦しむが、何が大切かを決めて他を切り捨てる覚悟はある。

ニコライ的には、瞳孔が翠で良い体格の(おっちゃんなもっとデカなるでな)理想的な茶トラ人間バージョン。
なので気にいられてる。

ニコライ・フォヴィッチ


裏社会で商売している組織のボス。
ロシアンブルーを愛する。

猫好きをこじらせている。
とにかく猫が好き。
話しながら密かにモフる位に猫が好き。
昔はサイベリアンをモフっては抜け毛で毛玉を育てていた系猫好き。
重症な猫好き。
手遅れな猫好き。
猫には優しい。
猫には甘い。
そんな、ボス。

アール


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは右にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その1。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

エル


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは左にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その2。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

青猫
ニコライの愛猫。
専用の部屋を持つ部下より好待遇なお猫様。
ロシアンブルーだからあまり鳴かない。
そこが気に入られる理由。
専属獣医も居る謎待遇のお猫様。

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