心を揺さぶる者達

文字数 2,475文字

「首のそれ、素敵ですね。離れている間に、お洒落に目覚めました?」
 アランはチョーカーに手を伸ばした。しかし、何と返して良いのか分からない様子で口ごもり、歩く速度は落ちてしまう。
 
「どうやら、身に付けているものが変わっても、気質は変わっていない様ですね。他人を誤魔化す知恵は付いた様ですが、付き合いの長い者からは至極分かりやすい」
 神父の話を聞いたアランは苦笑し、チョーカーから手を離して頭を掻いた。そして、どこか諦めた様子で息を吐くと、呟く様に言葉を漏らす。
 
「本当、何年経っても敵わねえな」
 その一言を聞いた神父は笑い、片目を瞑ってアランを見た。

「伊達に年を重ねてはいませんからね。貴方が様々なことを学んだとして、その間に私も様々なことを学んでおります。私の方が早く生まれた分、年を重ねていますからね。どうしたって有利です。その分を埋める手段が無い限り、負けてはさしあげませんよ」
 そう言ってのけると、神父はにこやかな笑みを浮かべてみせた。
 
「長年の経験で、子供のつく嘘は良く分かります。付き合いが長くなれば尚更に」
「子供扱いかよ」
 アランの呟きに神父は応えず、目線の先にある畑へ向けて腕を伸ばした。そして、畑に居る子供達を指し示すと、柔らかな声で言葉を発する。
 
「ほら、もう少しで子供達に会えますよ。子供達と会うのは久し振りでしょうから、何を話すかちゃんと考えておかないと」
 それを聞いたアランは、畑に居る子供達を見た。この時、しゃがんでアランに背を向けている子供も居れば、立って何かをしている子供も居た。また、子供達を見守る様に数人のシスターも畑に居た。彼女らは微笑みながら子供達の世話をしており、それを見たアランは安堵の表情を浮かべる。
 
「ここは、昔から変わんねえな」
 アランは、そう言って目を細め、腰に手を当てて息を吐いた。そして、神父と共に子供達の輪に入り、子供達を楽しませながら雑用を手伝った。

 そうこうしているうちに時間は過ぎ、食堂に居た女性が畑へ昼食を運んできた。子供達は、彼女に礼を言って昼食を受けとり、思い思いの場所でそれを食べ始めた。

 そんな中、子供達に昼食を配り終えた女性は、アランに近付くと顔程の大きさがある箱を手渡す。
 
「はい、アランにも。今までみたいに、余りもの詰め合わせ」
 そう説明すると、女性は右手の親指を立ててみせる。一方、アランは微苦笑しながら礼を述べ、手渡された箱を静かに開けた。箱の中には、パンの耳や卵焼きの端、脂身の多目なベーコン等が詰まっていた。そこに野菜は一切入れられていなかったが、それについてアランが文句を言うことはない。
 
 アランは、軽く手を拭うと食事を始め、そうしているうちに目尻からは涙が流れた。彼は、涙を手の甲で拭いつつ食事を続け、空になった箱を女性に返す。すると、女性は笑顔でそれを受けとり、アランの顔を見た。彼女は、アランの顔に起きた変化を見つけると小さく笑い、どこか楽しそうに言葉を発する。
 
「泣き虫なのは、今も変わっていないみたいね。それとも、加齢で涙腺が緩んだのかしら」
 からかう様に言うと、女性はアランの目の縁を指先でなぞった。アランは、それを避ける様に後退し、女性の言葉を否定する。

「汗だよ、汗。こんな炎天下の中で飯を食えば」
「ありがちな言い訳ですね」
 アランの話に割って入る形で、どこからともなく神父の声が聞こえた。この為、アランは慌てた様子で周囲を見回し、右後方から近付いてくる神父を見付ける。
 
「顔を見ていなかった私はとにかく、女性の観察力は侮れませんよ。特に、多くの子供達と触れ合ってきたリタのそれは」
 神父は、そこまで話したところでアランの横に立った。そして、彼はアランの顔を一瞥してから女性を見、微笑みながら話を続ける。
 
「久し振りに食べた料理が美味しかった。だから、これは感涙だ……位のことを言って差し上げれば良いじゃないですか。次に何時会えるか、分からないのでしょうし」
 その意見を聞いたアランは戸惑い、今までより高い声で話し出す。

「美味いも何も、あれは残り物詰め合わせだろ。泣いたのは、ただ懐かしかっただけで」
 それを聞いた神父と女性は、顔を見合わせて笑った。その一方、自らの発言で泣いたことを認めたアランは、気まずそうに目線を泳がせる。
 
「泣くと言う行為は、必ずしも恥ずべきものではありませんよ」
 神父は、それだけ言うとアランの側を離れた。この為、アランの側には女性だけが残る。アランは、女性に対して何か言おうとするが、そうするよりも前に女性は彼の前から離れてしまった。そのせいか、アランは何かを誤魔化すように体を動かす。

 アランは、その後も子供達を手伝い、数時間したところで大きな荷物を抱えて畑から離れた。彼が抱える荷物は幼児なら入る大きさの箱で、そこには所狭しと野菜が詰められている。彼は、その箱を持って調理場へ向かい、そこに居た女性の指示を受けて箱を床に置く。そして、腰に手を当てて背を反らせると、負荷から開放された肩を回した。

 アランは、そのついでと言わんばかりに野菜の下処理を頼まれた。彼はその頼みを受け入れようとするが、調理場に置かれた時計を見るなり謝罪の言葉を発する。
 
「悪りぃけど時間だ。名残惜しいけど、戻らねえと」
 そう言い残して調理場を去り、アランは車の元へと向かった。一方、返事をする間もなく取り残された者は大きな溜め息を吐き、呆れた様子で何かを呟く。

「本当、変わってない」
 女性が呟いた言葉を知る由もないアランは、車に乗り込むと直ぐにアクセルを踏み込んだ。彼は、行きよりもスピードを出して車を走らせ、寄り道することなく仕事場に戻る。
 
 アランが元あった場所に車を停めると、ベルカが屋内から出てきて彼を迎えた。彼女は、アランに車はそのままにしておけば良いことを告げ、降車するよう促した。この為、アランは彼女の指示に従い、ベルカは彼を戻るべき建物まで案内した。そうして二人は屋内に入り、ベルカはニコライの元へ向かうようアランに告げる。
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登場人物紹介

アラン


ガチムチ脳筋系の兄貴キャラ。
それでいて上の指示には従順な体育会系な為に社畜と化す。

純真な心が残っている為、それで苦しむが、何が大切かを決めて他を切り捨てる覚悟はある。

ニコライ的には、瞳孔が翠で良い体格の(おっちゃんなもっとデカなるでな)理想的な茶トラ人間バージョン。
なので気にいられてる。

ニコライ・フォヴィッチ


裏社会で商売している組織のボス。
ロシアンブルーを愛する。

猫好きをこじらせている。
とにかく猫が好き。
話しながら密かにモフる位に猫が好き。
昔はサイベリアンをモフっては抜け毛で毛玉を育てていた系猫好き。
重症な猫好き。
手遅れな猫好き。
猫には優しい。
猫には甘い。
そんな、ボス。

アール


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは右にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その1。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

エル


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは左にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その2。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

青猫
ニコライの愛猫。
専用の部屋を持つ部下より好待遇なお猫様。
ロシアンブルーだからあまり鳴かない。
そこが気に入られる理由。
専属獣医も居る謎待遇のお猫様。

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