支配者と契約書
文字数 4,132文字
「ここはね、君達が集めてきた
そこまで話したところで言葉を切り、ニコライは目を細めて笑みを浮かべた。その笑みはひどく冷たく、アランは無言のまま唾液を飲み込む。
「でも……研究員って、研究ばかりで体力的にはいまいちじゃない? だからさ、体力が要る場面で君に活躍して貰おうと思って」
アランは数秒の間を置いてから胸に手を当て、それからゆっくり言葉を発する。
「それは光栄ですね。俺が、体力以外で活躍出来るとも思えません」
アランの返答を聞いた者は笑い出し、数回咳をしてからゆっくり息を吸い込んだ。
「そう返ってくるとは思わなかったよ。さて、ここで働いて貰うにあたって、色々と約束事もある。契約書に署名を貰う前に、それを伝えておかないとね」
そう言ってテーブルの引き出しに手を伸ばし、雇用主は紙の束を取り出した。取り出された紙には、細かい文字で多くの文が書き連なれており、ニコライはそれを机上に置くとアランを見上げる。
「知っての通り、ここは世間一般に公開すべき場所じゃ無い。だから、情報を漏らさないように外出は制限されるんだ。特に、僕が君を信頼するまでは、一歩も外には出られない。でも、ちゃんとした食事は提供するし、部屋も用意する。仕事用の制服だって支給するし、他に必要なものが有れば相談に乗る。まあ、君へ渡す前にチェックが入るけど、簡単なものだから安心して?」
そこまで言って言葉を切り、ニコライは軽く首を傾げてみせた。彼が話している間中、アランは真剣にその声に耳を傾け、エルとアールは身動き一つせずに成り行きを見守っていた。
「だから、暫く外に出られなくても文句は言いません……って約束を君が守れるなら、先ずはこの紙の下に署名して欲しいんだ。嫌なら、詳しいことを知る前にきっぱりと断ってね。そうしたら、少なくとも
そう伝えると、ニコライは書類をアランの方へ向けて滑らせる。一方、彼の話を聞いた者は細く息を吐き、それから気まずそうに言葉を発した。
「申し訳ありません。名前を書きたいのは山々なんですが……生憎、筆記具を持っていませんで」
アランの話を聞いたニコライは、何かを思い出したように僅かに口を開いた。彼は、そうしてから小さく頷き、微苦笑しながら話し始める。
「ごめん、ごめん。そうだよね、着の身着のまま、余計なものは何も持たないで……って伝えたのは、こっちだよね。金属製品は駄目。小さくても、尖った部分が有るものも止めてって」
椅子に座る者は、そう言うと左側の引き出しを開けて手を入れた。彼は、そうした後で手を止め、アランの顔を見上げて問い掛ける。
「ねえ、君って万年筆を使ったことはある? 使ったことが無い人だと、上手く書けなかったりするからさ」
その質問を受けた者は首を振り、その仕草を見たニコライは引き出しを閉めた。
「ねえ、エル?」
話しかけられた者と言えば、スーツの胸ポケットに手を入れた。彼は、そこからボールペンを取り出すと書類の横に置き、ニコライはアランを見上げたまま片目を瞑った。
「どうぞ。それなら、蓋を外すだけで書けるから簡単でしょ?」
そう言って微笑むと、ニコライは軽く首を傾げて見せる。対するアランはペンを手に取り、微笑しながら問いに答えた。
「ええ。これなら、俺のような粗忽者でも問題ないですね」
そう言って腰を曲げ、アランは書類の署名欄に自らの名を綴っていく。彼は、そうした後でペンを置き、ニコライは書かれたばかりの名前を確認した。
「うん。これで大丈夫」
ニコライは、そう言うと書類を捲り、署名がなされた一枚を手元に寄せる。
「んじゃ、他のこともざっくり話そうか。まあ、その前に秘密を洩らしません……って同意した上で、署名して貰うことになるけど」
言って、ニコライは二枚目の書類を指差した。その書類にも署名欄が有り、雇用主はその欄を指先で示す。
「当然、同意してくれるよね?」
アランは肯定の返事をなし、再度ペンを持って名前を綴った。その後、ニコライは書かれた名前を確認し、アランはペンを持ったまま書類を見下ろしている。
「さて」
ニコライは署名済みの二枚を重ね、左手側に置き直した。
「ここで行われている実験について簡単に話すけど、詳しい内容はそれを読めば……ああそうだ、文字が読めないとかは無いよね? 境遇が境遇の子ばかり雇うから、基本的な教育さえ受けられ無かった子も居るんだ。だから、一応確認はしておこうと思って」
ニコライの問いを受けた者は書類を見下ろし、それから明るい笑顔を浮かべてみせる。
「馬鹿な俺でも、難しい用語が無ければ読めます。用語の意味が分からなくても、調べればなんとかなるでしょう」
アランは、そこまで言って目を瞑り、胸に手を当ててから話を続ける。
「もっとも、信頼される迄は辞書の類さえ使用出来ないのであれば、お手上げですが」
アランは文字通りに両手を上げ、薄目を開けて苦笑した。一方、その様子にニコライは吹き出し、アランの前で重ねられた書類を手に取った。
ニコライは、そうしてから書類をパラパラと捲り始め、最後の数枚になったところで手を止めた。そして、下の数枚をアランに見せると、微笑みながら口を開く。
「専門用語なら、後ろの方に解説が記載されているよ。まあ、これ以外に分からない用語があれば、辞書位用意させるけど」
そう伝えると、ニコライは書類を閉じてテーブルの上に置き直す。彼の話を聞いたアランは手を下ろし、安心した様子で言葉を発した。
「それならば、俺でも理解が出来そうです。まあ、多くの知識を詰め込んだ研究者からしたら、理解が出来ていないと言われそうですけど」
そう言って苦笑すると、アランは書類に目線を落とした。
「それについては問題ないよ。どういう研究をしているかが大体分かって、しちゃいけないことや君が担当することを覚えていてくれさえすれば良いんだ」
ニコライは、そう返すと軽く手を組み、その上に顎をそっと乗せる。彼は、顎を乗せたまま頭を傾け、左目を瞑って片目だけでアランを見た。
「だから、詳しいことは無理に理解しようとしなくても良いんだ。どんな仕事だって、初めは完璧にこなせはしないでしょう?」
それを聞いた者は無言で頷き、それからゆっくりと言葉を発していく。
「成程、言われてみれば確かに。特に、ズブの素人が完璧にこなすのは簡単じゃ無い。俺は賢くもなけりゃ器用な方でも無いですし、お目こぼし頂けるなんて嬉しい限りです」
それを聞いたニコライと言えば、溜め息混じりに言葉を返す。
「だからって、手を抜いて良い訳じゃないよ? 人には得手不得手があるから、あまり無理強いしないってだけ」
そう言って上体を後ろに傾け、ニコライは背もたれに体重を預けた。
「ま、報告された働きぶりから、足りない人手を補うのに君が一番適任だとは思っているよ? 先日、不慮の事故で亡くなった子の代わりには、君が一番だって」
そう言うとニコライは笑みを浮かべた。一方、その笑みを見たアランは身震いをし、静かに呼吸を整えてから言葉を発する。
「適任だと思われているなら幸いです。しかし、不慮の事故だなんて……いや、すみません。今の話は忘れて下さい」
そう言って口を閉じると、アランは気まずそうに目線を泳がせた。対するニコライはテーブルの引き出しに手を伸ばし、その行動を見たアランは身を強張らせた。
その後、ニコライは引き出しから一枚の写真を取り出し、眼前に立つ者へそれを見せる。その写真にはブルーの毛並みをした綺麗な猫が写されており、ニコライは楽しそうな笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「脅えさせちゃってごめんね? お詫びに、可愛い猫の写真でもどうかな?」
意外な言葉を聞いたアランは目を丸くし、猫の写真を見下ろした。一方、ニコライは静かに息を吸い込み、更なる言葉を続けていく。
「可愛いでしょ? しかも、大人しくって良い子なんだよ? 悪戯だって滅多にしないし。猫って好奇心が強いから、そのせいで命を落とすことがあるっていうじゃない? でも、この子みたいに大人しくて聞きわけも良い子だと安心だよね? 好奇心が強いせいで結果的に溺れ死ぬなんて、架空の物語の中だけで十分だと思わない?」
そう問うと、ニコライは返答を求めるようにアランを見上げる。この際、問われた者は無言で考えを纏め、数秒の間を開けてから口を開いた。
「そうですね。俺も、可愛がっていた奴がそう言う死に方をしたら辛いです」
そう返すと、アランは緊張した様子で雇用者の出方を窺った。この際、ニコライは手に持った写真をゆっくりと揺らしており、その表情に変化は見られなかった。そのせいか、アランの緊張は解ける様子が無く、部屋の中は静寂に包まれてしまう。
「その気持ちが分かるなら、やっちゃいけないことも分かるよね?」
静寂を壊して言うと、ニコライは写真を元の場所に戻した。その後、彼は微笑みながらアランの目を見つめ、無言でその返答を待つ。すると、アランはゆっくりと頷き、どこか諦めた様子で言葉を発した。
「ええ。これからは、分不相応な行動は控えます。とは言いましても……俺は馬鹿なので、時々思い出させて頂かなければ忘れてしまうかも知れませんが」
その返答を聞いた者は、僅かに目を見開いた。そして、アランを見つめたまま細く息を吐くと、不思議そうに話し始める。
「君って、不思議だね。そんなことを言ったら、どうなるか分からないのに」
この際、アランは申し訳なさそうな笑みを浮かべ、それから指先で頬を掻いた。
「いや……俺って、本音と建前を分けられる程器用じゃ無いんですよ。嘘をついても、直ぐにばれてしまうと言いますか」
その一言を聞いた者は数回頷き、それから机上の書類を指先でいじった。
「まあいいや。今は、仕事の説明を優先するから」
ニコライは、そう言うとどこか不機嫌そうに書類を見つめた。一方、アランはエルの姿を一瞥し、彼に動きが無いことを確認する。
生体サンプル
で実験をする施設なんだ。言うまでもなく、おおっぴらには出来ない実験をここではしている」そこまで話したところで言葉を切り、ニコライは目を細めて笑みを浮かべた。その笑みはひどく冷たく、アランは無言のまま唾液を飲み込む。
「でも……研究員って、研究ばかりで体力的にはいまいちじゃない? だからさ、体力が要る場面で君に活躍して貰おうと思って」
アランは数秒の間を置いてから胸に手を当て、それからゆっくり言葉を発する。
「それは光栄ですね。俺が、体力以外で活躍出来るとも思えません」
アランの返答を聞いた者は笑い出し、数回咳をしてからゆっくり息を吸い込んだ。
「そう返ってくるとは思わなかったよ。さて、ここで働いて貰うにあたって、色々と約束事もある。契約書に署名を貰う前に、それを伝えておかないとね」
そう言ってテーブルの引き出しに手を伸ばし、雇用主は紙の束を取り出した。取り出された紙には、細かい文字で多くの文が書き連なれており、ニコライはそれを机上に置くとアランを見上げる。
「知っての通り、ここは世間一般に公開すべき場所じゃ無い。だから、情報を漏らさないように外出は制限されるんだ。特に、僕が君を信頼するまでは、一歩も外には出られない。でも、ちゃんとした食事は提供するし、部屋も用意する。仕事用の制服だって支給するし、他に必要なものが有れば相談に乗る。まあ、君へ渡す前にチェックが入るけど、簡単なものだから安心して?」
そこまで言って言葉を切り、ニコライは軽く首を傾げてみせた。彼が話している間中、アランは真剣にその声に耳を傾け、エルとアールは身動き一つせずに成り行きを見守っていた。
「だから、暫く外に出られなくても文句は言いません……って約束を君が守れるなら、先ずはこの紙の下に署名して欲しいんだ。嫌なら、詳しいことを知る前にきっぱりと断ってね。そうしたら、少なくとも
君の体は
外に出られるから」そう伝えると、ニコライは書類をアランの方へ向けて滑らせる。一方、彼の話を聞いた者は細く息を吐き、それから気まずそうに言葉を発した。
「申し訳ありません。名前を書きたいのは山々なんですが……生憎、筆記具を持っていませんで」
アランの話を聞いたニコライは、何かを思い出したように僅かに口を開いた。彼は、そうしてから小さく頷き、微苦笑しながら話し始める。
「ごめん、ごめん。そうだよね、着の身着のまま、余計なものは何も持たないで……って伝えたのは、こっちだよね。金属製品は駄目。小さくても、尖った部分が有るものも止めてって」
椅子に座る者は、そう言うと左側の引き出しを開けて手を入れた。彼は、そうした後で手を止め、アランの顔を見上げて問い掛ける。
「ねえ、君って万年筆を使ったことはある? 使ったことが無い人だと、上手く書けなかったりするからさ」
その質問を受けた者は首を振り、その仕草を見たニコライは引き出しを閉めた。
「ねえ、エル?」
話しかけられた者と言えば、スーツの胸ポケットに手を入れた。彼は、そこからボールペンを取り出すと書類の横に置き、ニコライはアランを見上げたまま片目を瞑った。
「どうぞ。それなら、蓋を外すだけで書けるから簡単でしょ?」
そう言って微笑むと、ニコライは軽く首を傾げて見せる。対するアランはペンを手に取り、微笑しながら問いに答えた。
「ええ。これなら、俺のような粗忽者でも問題ないですね」
そう言って腰を曲げ、アランは書類の署名欄に自らの名を綴っていく。彼は、そうした後でペンを置き、ニコライは書かれたばかりの名前を確認した。
「うん。これで大丈夫」
ニコライは、そう言うと書類を捲り、署名がなされた一枚を手元に寄せる。
「んじゃ、他のこともざっくり話そうか。まあ、その前に秘密を洩らしません……って同意した上で、署名して貰うことになるけど」
言って、ニコライは二枚目の書類を指差した。その書類にも署名欄が有り、雇用主はその欄を指先で示す。
「当然、同意してくれるよね?」
アランは肯定の返事をなし、再度ペンを持って名前を綴った。その後、ニコライは書かれた名前を確認し、アランはペンを持ったまま書類を見下ろしている。
「さて」
ニコライは署名済みの二枚を重ね、左手側に置き直した。
「ここで行われている実験について簡単に話すけど、詳しい内容はそれを読めば……ああそうだ、文字が読めないとかは無いよね? 境遇が境遇の子ばかり雇うから、基本的な教育さえ受けられ無かった子も居るんだ。だから、一応確認はしておこうと思って」
ニコライの問いを受けた者は書類を見下ろし、それから明るい笑顔を浮かべてみせる。
「馬鹿な俺でも、難しい用語が無ければ読めます。用語の意味が分からなくても、調べればなんとかなるでしょう」
アランは、そこまで言って目を瞑り、胸に手を当ててから話を続ける。
「もっとも、信頼される迄は辞書の類さえ使用出来ないのであれば、お手上げですが」
アランは文字通りに両手を上げ、薄目を開けて苦笑した。一方、その様子にニコライは吹き出し、アランの前で重ねられた書類を手に取った。
ニコライは、そうしてから書類をパラパラと捲り始め、最後の数枚になったところで手を止めた。そして、下の数枚をアランに見せると、微笑みながら口を開く。
「専門用語なら、後ろの方に解説が記載されているよ。まあ、これ以外に分からない用語があれば、辞書位用意させるけど」
そう伝えると、ニコライは書類を閉じてテーブルの上に置き直す。彼の話を聞いたアランは手を下ろし、安心した様子で言葉を発した。
「それならば、俺でも理解が出来そうです。まあ、多くの知識を詰め込んだ研究者からしたら、理解が出来ていないと言われそうですけど」
そう言って苦笑すると、アランは書類に目線を落とした。
「それについては問題ないよ。どういう研究をしているかが大体分かって、しちゃいけないことや君が担当することを覚えていてくれさえすれば良いんだ」
ニコライは、そう返すと軽く手を組み、その上に顎をそっと乗せる。彼は、顎を乗せたまま頭を傾け、左目を瞑って片目だけでアランを見た。
「だから、詳しいことは無理に理解しようとしなくても良いんだ。どんな仕事だって、初めは完璧にこなせはしないでしょう?」
それを聞いた者は無言で頷き、それからゆっくりと言葉を発していく。
「成程、言われてみれば確かに。特に、ズブの素人が完璧にこなすのは簡単じゃ無い。俺は賢くもなけりゃ器用な方でも無いですし、お目こぼし頂けるなんて嬉しい限りです」
それを聞いたニコライと言えば、溜め息混じりに言葉を返す。
「だからって、手を抜いて良い訳じゃないよ? 人には得手不得手があるから、あまり無理強いしないってだけ」
そう言って上体を後ろに傾け、ニコライは背もたれに体重を預けた。
「ま、報告された働きぶりから、足りない人手を補うのに君が一番適任だとは思っているよ? 先日、不慮の事故で亡くなった子の代わりには、君が一番だって」
そう言うとニコライは笑みを浮かべた。一方、その笑みを見たアランは身震いをし、静かに呼吸を整えてから言葉を発する。
「適任だと思われているなら幸いです。しかし、不慮の事故だなんて……いや、すみません。今の話は忘れて下さい」
そう言って口を閉じると、アランは気まずそうに目線を泳がせた。対するニコライはテーブルの引き出しに手を伸ばし、その行動を見たアランは身を強張らせた。
その後、ニコライは引き出しから一枚の写真を取り出し、眼前に立つ者へそれを見せる。その写真にはブルーの毛並みをした綺麗な猫が写されており、ニコライは楽しそうな笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「脅えさせちゃってごめんね? お詫びに、可愛い猫の写真でもどうかな?」
意外な言葉を聞いたアランは目を丸くし、猫の写真を見下ろした。一方、ニコライは静かに息を吸い込み、更なる言葉を続けていく。
「可愛いでしょ? しかも、大人しくって良い子なんだよ? 悪戯だって滅多にしないし。猫って好奇心が強いから、そのせいで命を落とすことがあるっていうじゃない? でも、この子みたいに大人しくて聞きわけも良い子だと安心だよね? 好奇心が強いせいで結果的に溺れ死ぬなんて、架空の物語の中だけで十分だと思わない?」
そう問うと、ニコライは返答を求めるようにアランを見上げる。この際、問われた者は無言で考えを纏め、数秒の間を開けてから口を開いた。
「そうですね。俺も、可愛がっていた奴がそう言う死に方をしたら辛いです」
そう返すと、アランは緊張した様子で雇用者の出方を窺った。この際、ニコライは手に持った写真をゆっくりと揺らしており、その表情に変化は見られなかった。そのせいか、アランの緊張は解ける様子が無く、部屋の中は静寂に包まれてしまう。
「その気持ちが分かるなら、やっちゃいけないことも分かるよね?」
静寂を壊して言うと、ニコライは写真を元の場所に戻した。その後、彼は微笑みながらアランの目を見つめ、無言でその返答を待つ。すると、アランはゆっくりと頷き、どこか諦めた様子で言葉を発した。
「ええ。これからは、分不相応な行動は控えます。とは言いましても……俺は馬鹿なので、時々思い出させて頂かなければ忘れてしまうかも知れませんが」
その返答を聞いた者は、僅かに目を見開いた。そして、アランを見つめたまま細く息を吐くと、不思議そうに話し始める。
「君って、不思議だね。そんなことを言ったら、どうなるか分からないのに」
この際、アランは申し訳なさそうな笑みを浮かべ、それから指先で頬を掻いた。
「いや……俺って、本音と建前を分けられる程器用じゃ無いんですよ。嘘をついても、直ぐにばれてしまうと言いますか」
その一言を聞いた者は数回頷き、それから机上の書類を指先でいじった。
「まあいいや。今は、仕事の説明を優先するから」
ニコライは、そう言うとどこか不機嫌そうに書類を見つめた。一方、アランはエルの姿を一瞥し、彼に動きが無いことを確認する。