罪を裁くは
文字数 3,781文字
アランが自室へ戻った時、部屋の机には本が置かれていた。その本は、アランが資料室から借りたもので、やや茶色がかった紙片が挟みこまれている。アランは、椅子に腰を下ろすと本を手に取り、本からはみ出た紙片を引っ張り出した。ざらざらとした触り心地の紙片には、アランが本を借りた日時が印字されている。また、その紙には簡略化されたカレンダーも印刷されており、決められた日までに返すよう勧める文もあった。
アランは細く息を吐き、紙片を机に置いて本を読み始めた。本を読み始めたアランと言えば、時折顔をしかめながら読書を続けた。そして、全体の数割程を読んだところで時計を見、開いていたページに紙片を挟んで本を閉じる。そうしてから、机の引き出しへ本を仕舞い、アランはベッドに横たわった。この時、時計の短針はほぼ真上を示しており、アランは直ぐに眠りに落ちてしまう。
朝になり、アランは目を覚ました。彼は、大きな欠伸をするとベッドを下り、運動場へ向かう支度をする。彼は、運動を終えると身なりを整え、食事を済ませて実験棟へと向かった。
実験棟に入ったアランは自らの仕事をこなし、仕事を終えてから借りた本へ目を通した。彼は、そうして数日を過ごしていき、借りたものを読み終えた翌日には本を返すことにした。アランは、朝食後に自室へ戻って本を持ち出した。そして、寄り道することなく実験棟へ向かうと、自分用のロッカーに本を置く。
彼は、そうしてから白衣を羽織り、そのボタンに手をかけた。すると、そのタイミングでマクシムが現れ、アランは手を止めて口を開く。
「お早うございます、マクシムさん」
それを聞いたマクシムは挨拶を返し、ロッカーを開けて白衣を取り出した。一方、アランと言えば、白衣のボタンをはめていく。
アランは、白衣を着終えたところで本を取り出しロッカーを閉める。そして、その本をマクシムに見せると、微笑しながら言葉を発した。
「返す本があるので、先に行きますね」
そう言って部屋を出、アランは資料室へ向かっていった。彼は、本を返すとマクシムの元へ向かい仕事を始める。そして、二人は仕事が一段落したところで資料室へ向かい、そこで何時もの様に会話用の部屋へ入った。この際、彼らはそれぞれに資料室内の本を持ち込んでおり、マクシムはアランの顔を一瞥してから言葉を発する。
「ところで、アランさん」
それを聞いたアランと言えば、声のした方へと顔を向けた。その一方、マクシムは淡々と言葉を続けていく。
「借りていた本は、面白かったですか?」
そう言って首を傾げ、マクシムはアランの返答を待った。すると、アランは大きく息を吸って目を細める。
「面白かったと言うより、色々と考えさせられました。童話には、様々な教訓が含まれていると聞いていましたが……想像するのも恐ろしい場面があると言いますか」
そこまで話したところで苦笑し、アランは話を続けていった。
「他者を蔑み、心身共に痛めつける。そんな登場人物には、惨たらしい結末が与えられる。逆に、自らの境遇に文句の一つも言わず、他者を恨みもせずに耐える。そう言った登場人物には、幸せな結末が用意される」
アランは、そこまで話したところで小さく息を吐き出した。
「それは、現実であれば確実なものではない。それでも、強烈な印象で子供は学ぶのでしょう。悪いことをしたら自分に返って来る、今は辛くても何時か幸せになれる……と」
彼の話を聞いたマクシムは、少しの間を置いてから頷いた。そして、アランが直ぐには言葉を続けないと感じたのか、自らの考えを話し始める。
「物語を知ったばかりの子供なら、そうなのでしよう。しかし、年を重ねる毎に、それは綺麗事だと気付かされる。人は、何時から他者を痛めつけることに慣れてしまうのでしょうか?」
マクシムの問いを聞いたアランは眉根を寄せ、何かを言いたそうに唇を動かした。しかし、その何かが声として発せられることはなく、マクシムは細く息を吐いてから言葉を続ける。
「獣の仔でさえ、喧嘩をするうちに何をしたら痛いかを学ぶ。どこまで傷を付けたら命に関わるのかを学ぶ。脳を進化させ、他の生物に比べて頭が良いとされる人間。その人間が、他者の痛みを理解できない筈がありましょうか?」
それを聞いたアランは目を伏せ、両手を強く握りしめた。
「人間の子供が、何も知らずに他者を痛めつけることもありましょう。しかし、それはまだ未熟が故のこと。様々な経験を積んだ大人が、躊躇いなく他者を傷付けられる心理とは、どう言ったものなのでしょうか?」
首を傾げ、マクシムはアランの返答を待った。しかし、アランは目を伏せたまま口を閉じ、何かを話し出す様子は無かった。この為、マクシムはゆっくりと首を振り、それから新たな話題を口にする。
「子供が無垢であるか否かを調べる為、果実と金貨のどちらか一方を選ばせた童話がありましたっけ」
それを聞いたアランは顔を上げ、無意識のうちにマクシムの顔を見た。
「確か、果実を選んだなら無罪。金貨を選んだなら有罪でしたか。貨幣の価値が分かるのならば、自分の犯した罪も分かる。その様な理由で、子供に判決を下したと」
マクシムは、そこまで話したところで肘をついた。そして、手を組んでそこに顎を乗せると、アランを見つめながら目を細める。
「他者の命を奪ったと言う事実に変わりはない。しかし、それが罪として裁かれるかは別の話です。私は性善説など信じてはおりませんし、それを逆手にとった犯罪が無いとも言えないでしょう」
マクシムは、軽く目を瞑ってゆっくりと開く。
「生まれついたものが善であれ、日々を過ごすうちに悪を知る。否定しようと思えばそれも可能でしょう。それでも、長い時を経ても残っている説です。軽視する理由も、存在しないのでしょう」
マクシムは、そこまで言ったところで口角を上げ、アランの目を見つめた。
「確かにそうですね。長く残る考えには、それだけの価値がある。たとえ、それが万人に支持されない考えであろうと」
そう返すと、アランはマクシムの目を見つめ返した。
「生まれた時がどうであれ、子供が無邪気でいられれば良い。食べ物が得られるかを心配せず、不条理な暴力に怯えることもない。小さな子供は、大人の黒い部分を知らずに育てば良い。それは有り得ないことだと言われようが、それを実現する為に力を貸す。ただの偽善と言われようが構わない。それを実現する為に後ろ暗いことが必要なら、悪役をも演じてみせましょう」
アランは、そこまで話したところで片目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。
「俺は、ちょっとした悪さ位なら子供を咎めたくはない。子供は子供だ。昔から語られる他国の論なんて、馬鹿だから理解すら出来ませんし」
「ええ。子供は子供であって、何倍もの時を生きた大人程の知識も経験もない。ですが、アランさん。ちょっとしたものではない悪さをした場合、貴方ならどう考えますか?」
問い掛けられたアランと言えば、僅かに眉を動かし言葉を発する。
「流石に、相手に大きな怪我をさせる等したら、怒らない訳にはいかないでしょう。そこに悪意が有ろうと無かろうと、繰り返すべきではないことを理解させねばなりません。かと言って、理由すら聞かずに責め立てることは、したく無いですね」
アランは、そこまで話したところで息を吐き、更なる言葉を付け加えた。
「ここまで話しておいてなんですが、子供には心身共に健康であって欲しい。それが根底にあるだけなので、色々な話を聞いたら細かい部分は変わっていくと思います」
そう言って苦笑し、アランは何かを誤魔化すように頭を掻いた。
「成る程。確固たる目的の為ならば、細かいことは二の次ですか」
呟くように言うと、マクシムはどこか楽しそうに口角を上げた。
「ニコライ様が気に入るのも頷けます」
そう呟くと、マクシムは部屋に持ち込んだ本に手を伸ばす。
「さて、話を続けたらアランさんの考えが変わってしまいかねませんし、次の仕事まで口を閉じておきますかね」
マクシムは、そう言うと本を開いて読書を始める。すると、アランも彼に倣って本を手に取り読み始めた。二人は、会話の無いまま共に時間を過ごしていた。とは言え、必要がある際には言葉を交わし、互いの意志を伝えていく。
その様な日が何日か続き、アランは資料室から新しく本を借りた。しかし、その本はアランにとって退屈な内容だったのか、彼は借りた翌日には返却をする。
そう言ったことが何度か繰り返されたある日、彼が借りた本には封筒が挟まれていた。アランは、それを怪訝そうに見つめた後で手に取った。
その封筒には宛名が書かれておらず、誰に宛てられたものかは断定出来ない。この為、アランは封筒を持ち上げ光に翳した。しかし、封筒を透かしてみても、中に書かれている内容は確認出来なかった。この為、アランは封筒を目線の高さに下げて溜め息を吐く。
「うっかり挟んだままってことはねえだろ。そういう管理は、徹底しているだろうし」
アランは、そう呟くと封筒を開けた。すると、その中には綺麗に折り畳まれた便箋が在った。便箋をアランが開くと、一枚目の上部に彼の名が記されていた。この為、アランはどこか安心した様子で続きを読み始める。
アランは細く息を吐き、紙片を机に置いて本を読み始めた。本を読み始めたアランと言えば、時折顔をしかめながら読書を続けた。そして、全体の数割程を読んだところで時計を見、開いていたページに紙片を挟んで本を閉じる。そうしてから、机の引き出しへ本を仕舞い、アランはベッドに横たわった。この時、時計の短針はほぼ真上を示しており、アランは直ぐに眠りに落ちてしまう。
朝になり、アランは目を覚ました。彼は、大きな欠伸をするとベッドを下り、運動場へ向かう支度をする。彼は、運動を終えると身なりを整え、食事を済ませて実験棟へと向かった。
実験棟に入ったアランは自らの仕事をこなし、仕事を終えてから借りた本へ目を通した。彼は、そうして数日を過ごしていき、借りたものを読み終えた翌日には本を返すことにした。アランは、朝食後に自室へ戻って本を持ち出した。そして、寄り道することなく実験棟へ向かうと、自分用のロッカーに本を置く。
彼は、そうしてから白衣を羽織り、そのボタンに手をかけた。すると、そのタイミングでマクシムが現れ、アランは手を止めて口を開く。
「お早うございます、マクシムさん」
それを聞いたマクシムは挨拶を返し、ロッカーを開けて白衣を取り出した。一方、アランと言えば、白衣のボタンをはめていく。
アランは、白衣を着終えたところで本を取り出しロッカーを閉める。そして、その本をマクシムに見せると、微笑しながら言葉を発した。
「返す本があるので、先に行きますね」
そう言って部屋を出、アランは資料室へ向かっていった。彼は、本を返すとマクシムの元へ向かい仕事を始める。そして、二人は仕事が一段落したところで資料室へ向かい、そこで何時もの様に会話用の部屋へ入った。この際、彼らはそれぞれに資料室内の本を持ち込んでおり、マクシムはアランの顔を一瞥してから言葉を発する。
「ところで、アランさん」
それを聞いたアランと言えば、声のした方へと顔を向けた。その一方、マクシムは淡々と言葉を続けていく。
「借りていた本は、面白かったですか?」
そう言って首を傾げ、マクシムはアランの返答を待った。すると、アランは大きく息を吸って目を細める。
「面白かったと言うより、色々と考えさせられました。童話には、様々な教訓が含まれていると聞いていましたが……想像するのも恐ろしい場面があると言いますか」
そこまで話したところで苦笑し、アランは話を続けていった。
「他者を蔑み、心身共に痛めつける。そんな登場人物には、惨たらしい結末が与えられる。逆に、自らの境遇に文句の一つも言わず、他者を恨みもせずに耐える。そう言った登場人物には、幸せな結末が用意される」
アランは、そこまで話したところで小さく息を吐き出した。
「それは、現実であれば確実なものではない。それでも、強烈な印象で子供は学ぶのでしょう。悪いことをしたら自分に返って来る、今は辛くても何時か幸せになれる……と」
彼の話を聞いたマクシムは、少しの間を置いてから頷いた。そして、アランが直ぐには言葉を続けないと感じたのか、自らの考えを話し始める。
「物語を知ったばかりの子供なら、そうなのでしよう。しかし、年を重ねる毎に、それは綺麗事だと気付かされる。人は、何時から他者を痛めつけることに慣れてしまうのでしょうか?」
マクシムの問いを聞いたアランは眉根を寄せ、何かを言いたそうに唇を動かした。しかし、その何かが声として発せられることはなく、マクシムは細く息を吐いてから言葉を続ける。
「獣の仔でさえ、喧嘩をするうちに何をしたら痛いかを学ぶ。どこまで傷を付けたら命に関わるのかを学ぶ。脳を進化させ、他の生物に比べて頭が良いとされる人間。その人間が、他者の痛みを理解できない筈がありましょうか?」
それを聞いたアランは目を伏せ、両手を強く握りしめた。
「人間の子供が、何も知らずに他者を痛めつけることもありましょう。しかし、それはまだ未熟が故のこと。様々な経験を積んだ大人が、躊躇いなく他者を傷付けられる心理とは、どう言ったものなのでしょうか?」
首を傾げ、マクシムはアランの返答を待った。しかし、アランは目を伏せたまま口を閉じ、何かを話し出す様子は無かった。この為、マクシムはゆっくりと首を振り、それから新たな話題を口にする。
「子供が無垢であるか否かを調べる為、果実と金貨のどちらか一方を選ばせた童話がありましたっけ」
それを聞いたアランは顔を上げ、無意識のうちにマクシムの顔を見た。
「確か、果実を選んだなら無罪。金貨を選んだなら有罪でしたか。貨幣の価値が分かるのならば、自分の犯した罪も分かる。その様な理由で、子供に判決を下したと」
マクシムは、そこまで話したところで肘をついた。そして、手を組んでそこに顎を乗せると、アランを見つめながら目を細める。
「他者の命を奪ったと言う事実に変わりはない。しかし、それが罪として裁かれるかは別の話です。私は性善説など信じてはおりませんし、それを逆手にとった犯罪が無いとも言えないでしょう」
マクシムは、軽く目を瞑ってゆっくりと開く。
「生まれついたものが善であれ、日々を過ごすうちに悪を知る。否定しようと思えばそれも可能でしょう。それでも、長い時を経ても残っている説です。軽視する理由も、存在しないのでしょう」
マクシムは、そこまで言ったところで口角を上げ、アランの目を見つめた。
「確かにそうですね。長く残る考えには、それだけの価値がある。たとえ、それが万人に支持されない考えであろうと」
そう返すと、アランはマクシムの目を見つめ返した。
「生まれた時がどうであれ、子供が無邪気でいられれば良い。食べ物が得られるかを心配せず、不条理な暴力に怯えることもない。小さな子供は、大人の黒い部分を知らずに育てば良い。それは有り得ないことだと言われようが、それを実現する為に力を貸す。ただの偽善と言われようが構わない。それを実現する為に後ろ暗いことが必要なら、悪役をも演じてみせましょう」
アランは、そこまで話したところで片目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。
「俺は、ちょっとした悪さ位なら子供を咎めたくはない。子供は子供だ。昔から語られる他国の論なんて、馬鹿だから理解すら出来ませんし」
「ええ。子供は子供であって、何倍もの時を生きた大人程の知識も経験もない。ですが、アランさん。ちょっとしたものではない悪さをした場合、貴方ならどう考えますか?」
問い掛けられたアランと言えば、僅かに眉を動かし言葉を発する。
「流石に、相手に大きな怪我をさせる等したら、怒らない訳にはいかないでしょう。そこに悪意が有ろうと無かろうと、繰り返すべきではないことを理解させねばなりません。かと言って、理由すら聞かずに責め立てることは、したく無いですね」
アランは、そこまで話したところで息を吐き、更なる言葉を付け加えた。
「ここまで話しておいてなんですが、子供には心身共に健康であって欲しい。それが根底にあるだけなので、色々な話を聞いたら細かい部分は変わっていくと思います」
そう言って苦笑し、アランは何かを誤魔化すように頭を掻いた。
「成る程。確固たる目的の為ならば、細かいことは二の次ですか」
呟くように言うと、マクシムはどこか楽しそうに口角を上げた。
「ニコライ様が気に入るのも頷けます」
そう呟くと、マクシムは部屋に持ち込んだ本に手を伸ばす。
「さて、話を続けたらアランさんの考えが変わってしまいかねませんし、次の仕事まで口を閉じておきますかね」
マクシムは、そう言うと本を開いて読書を始める。すると、アランも彼に倣って本を手に取り読み始めた。二人は、会話の無いまま共に時間を過ごしていた。とは言え、必要がある際には言葉を交わし、互いの意志を伝えていく。
その様な日が何日か続き、アランは資料室から新しく本を借りた。しかし、その本はアランにとって退屈な内容だったのか、彼は借りた翌日には返却をする。
そう言ったことが何度か繰り返されたある日、彼が借りた本には封筒が挟まれていた。アランは、それを怪訝そうに見つめた後で手に取った。
その封筒には宛名が書かれておらず、誰に宛てられたものかは断定出来ない。この為、アランは封筒を持ち上げ光に翳した。しかし、封筒を透かしてみても、中に書かれている内容は確認出来なかった。この為、アランは封筒を目線の高さに下げて溜め息を吐く。
「うっかり挟んだままってことはねえだろ。そういう管理は、徹底しているだろうし」
アランは、そう呟くと封筒を開けた。すると、その中には綺麗に折り畳まれた便箋が在った。便箋をアランが開くと、一枚目の上部に彼の名が記されていた。この為、アランはどこか安心した様子で続きを読み始める。