故郷と自らを天秤にかけた者
文字数 1,773文字
「おめでとう、アラン君。君が堕ちた代わりに、あの孤児院は守られた」
ニコライは、そこまで言って目を細め、アランの方へ向けて左腕を伸ばす。
「理由があったにせよ、直接手にかけた君は後戻りを許されない。これからも、僕の為に穢れた奴らに裁きをくだしてくれるよね?」
ニコライは、そう問い掛けると感情の無い眼差しをアランへ向けた。すると、アランは虚ろな目をニコライへ向け、ゆっくりと言葉を発していく。
「はい。何事も、ニコライ様の仰せのままに」
その返答を聞いたニコライは、笑みを浮かべて腕を下ろした。
「その言葉に偽りはない?」
「はい」
「本当に?」
「はい。偽る理由など御座いません」
「その言葉が一時的なものなら、僕も約束を反故するけど構わないよね?」
「はい。構いません」
「なら、新しい仕事もやってくれるよね?」
「はい。勿論です」
それを聞いたニコライは目を細めて口角を上げた。そして、彼はエルに目配せをし、それに気付いた者はニコライの元へ向かう。
ニコライは、机の引き出しから用紙を出すとエルに手渡した。エルは、用紙を受けとるとアランの方を向いてそれを渡す。エルは、そうしてからニコライからアランが見える様に数歩部屋の端へ移動した。その一方、ニコライはアランの持つ用紙を見ながら口を開く。
「署名は君の血で書いて貰うよ? その決断を、痛みと共に忘れない様に」
ニコライはそう伝えると冷笑し、アランは用紙に書かれた内容を確認する前に自らの指を歯で傷付けた。そして、言われるがままに朱色の文字を綴り始める。
アランが署名を終えたタイミングで、エルが橋渡しとなって用紙はニコライに返された。ニコライは、痛々しい署名を確認すると満足そうな表情を浮かべる。
「うん、ちゃんと出来てるね。綴りが短いとは言え、大したものだよ」
そう言ってニコライは、指先で署名の下を軽く叩いた。
「それがたとえ儚い時間であろうと、今の君に覚悟があるのは分かった。これからも、僕の為に働いてくれるね?」
その問いにアランは肯定の返事をなし、ニコライは満足そうに息を吐いた。
「じゃあ、次に回収作業があったら頼むとするよ。力が有って、運転技術もある。それでいて危険を省みない子って、そんなに居ないからさ」
ニコライは、そう言うと目を細めて口角を上げる。
「詳しいことを話しはしなかったけど、家畜を回収する仕事があることは気付いてるよね? 当然、子供を保護する仕事が一番リスクが高い。何時だって、一番始めに侵入しなきゃならないからね。だけど、家畜の回収も同様に侵入しなきゃならない仕事だ。それでいて、ここの場所も知っていなきゃならない。どうしたって、やれる子は限られるんだよね。時には、体格の良い雄を回収しなきゃだから体力も必要だし」
そう言って溜め息を吐き、ニコライは話を続けた。
「それに、毎回監視もしなきゃならないからね。裏切られたら困るから、仕事中は毒針を仕込んだ首輪付きだ。仕事中に誰かに見つかった場合に備えて、その場で家畜を始末する覚悟が無くても困るし」
ニコライは、そこまで話したところでアランの目を見た。その目はどこか楽しそうに輝いており、アランのそれとは対極にあった。
「君には覚悟があった。守りたいものの為なら、他者の犠牲もいとわない覚悟が」
アランは、ニコライの話を顔色一つ変えずに聞いていた。一方、ニコライは聞き手に何の反応がなくとも話を続ける。
「既に契約はなされた。これからは、もう逃げられはしない。その命が尽きるまで、ただ命令に従う木偶でいろ」
アランは、その命令を無表情のまま受け入れた。この為、ニコライは満足した様子でエルに目配せをする。
「新しい仕事に入る前に、色々と覚えなければならないこともある。実際に咎を重ねるのはそれからだ」
ニコライが言い終える時を見計らい、エルは部屋のドアを開けた。
「今日はもう休め」
それを聞いたアランは、肯定の返事をすると退室した。アランが退室した後、直ぐにドアは閉められる。そのせいか、彼は振りかえることなく自室へ戻った。
その後、仕事のやり方を教えられたアランは、数十年に渡りニコライの操り人形として罪を犯し続けた。アランは、その赤髪が白くなるまでニコライの元で働き続け、開放された後は育った町で密かに余生を過ごしたと言う。
ニコライは、そこまで言って目を細め、アランの方へ向けて左腕を伸ばす。
「理由があったにせよ、直接手にかけた君は後戻りを許されない。これからも、僕の為に穢れた奴らに裁きをくだしてくれるよね?」
ニコライは、そう問い掛けると感情の無い眼差しをアランへ向けた。すると、アランは虚ろな目をニコライへ向け、ゆっくりと言葉を発していく。
「はい。何事も、ニコライ様の仰せのままに」
その返答を聞いたニコライは、笑みを浮かべて腕を下ろした。
「その言葉に偽りはない?」
「はい」
「本当に?」
「はい。偽る理由など御座いません」
「その言葉が一時的なものなら、僕も約束を反故するけど構わないよね?」
「はい。構いません」
「なら、新しい仕事もやってくれるよね?」
「はい。勿論です」
それを聞いたニコライは目を細めて口角を上げた。そして、彼はエルに目配せをし、それに気付いた者はニコライの元へ向かう。
ニコライは、机の引き出しから用紙を出すとエルに手渡した。エルは、用紙を受けとるとアランの方を向いてそれを渡す。エルは、そうしてからニコライからアランが見える様に数歩部屋の端へ移動した。その一方、ニコライはアランの持つ用紙を見ながら口を開く。
「署名は君の血で書いて貰うよ? その決断を、痛みと共に忘れない様に」
ニコライはそう伝えると冷笑し、アランは用紙に書かれた内容を確認する前に自らの指を歯で傷付けた。そして、言われるがままに朱色の文字を綴り始める。
アランが署名を終えたタイミングで、エルが橋渡しとなって用紙はニコライに返された。ニコライは、痛々しい署名を確認すると満足そうな表情を浮かべる。
「うん、ちゃんと出来てるね。綴りが短いとは言え、大したものだよ」
そう言ってニコライは、指先で署名の下を軽く叩いた。
「それがたとえ儚い時間であろうと、今の君に覚悟があるのは分かった。これからも、僕の為に働いてくれるね?」
その問いにアランは肯定の返事をなし、ニコライは満足そうに息を吐いた。
「じゃあ、次に回収作業があったら頼むとするよ。力が有って、運転技術もある。それでいて危険を省みない子って、そんなに居ないからさ」
ニコライは、そう言うと目を細めて口角を上げる。
「詳しいことを話しはしなかったけど、家畜を回収する仕事があることは気付いてるよね? 当然、子供を保護する仕事が一番リスクが高い。何時だって、一番始めに侵入しなきゃならないからね。だけど、家畜の回収も同様に侵入しなきゃならない仕事だ。それでいて、ここの場所も知っていなきゃならない。どうしたって、やれる子は限られるんだよね。時には、体格の良い雄を回収しなきゃだから体力も必要だし」
そう言って溜め息を吐き、ニコライは話を続けた。
「それに、毎回監視もしなきゃならないからね。裏切られたら困るから、仕事中は毒針を仕込んだ首輪付きだ。仕事中に誰かに見つかった場合に備えて、その場で家畜を始末する覚悟が無くても困るし」
ニコライは、そこまで話したところでアランの目を見た。その目はどこか楽しそうに輝いており、アランのそれとは対極にあった。
「君には覚悟があった。守りたいものの為なら、他者の犠牲もいとわない覚悟が」
アランは、ニコライの話を顔色一つ変えずに聞いていた。一方、ニコライは聞き手に何の反応がなくとも話を続ける。
「既に契約はなされた。これからは、もう逃げられはしない。その命が尽きるまで、ただ命令に従う木偶でいろ」
アランは、その命令を無表情のまま受け入れた。この為、ニコライは満足した様子でエルに目配せをする。
「新しい仕事に入る前に、色々と覚えなければならないこともある。実際に咎を重ねるのはそれからだ」
ニコライが言い終える時を見計らい、エルは部屋のドアを開けた。
「今日はもう休め」
それを聞いたアランは、肯定の返事をすると退室した。アランが退室した後、直ぐにドアは閉められる。そのせいか、彼は振りかえることなく自室へ戻った。
その後、仕事のやり方を教えられたアランは、数十年に渡りニコライの操り人形として罪を犯し続けた。アランは、その赤髪が白くなるまでニコライの元で働き続け、開放された後は育った町で密かに余生を過ごしたと言う。