食欲の有無は生死をも分ける

文字数 3,658文字

「ここでは治療も出来ませんし、移動しますか」
 青年は、そう言うと踵を返した。すると、視点が変わった彼の瞳には、倒れた男性を見下ろしている者達が映し出される。しかし、その男性を助けようとする者は一人も居らず、青年は呆れたように首を振る。そして、腕の中の子供を見下ろすと、彼は足早にその場を去った。

 その後、彼は子供を連れて小屋に入り、弱った男児をソファーに横たわらせた。彼は、そうした後でガス台の前に立ち、ケトルで湯を沸かし始める。
 
 湯を沸かしている間に、彼は陶器製のマグを棚から取り出す。そして、そのマグに大きなスプーンで砂糖を入れた。また、彼は少量ではあるが塩も加え、水が温まった所でマグに注ぐ。そうしてから、青年はスプーンを使って白い調味料を湯に溶かしていった。そして、マグの側面を触って温度を確かめると、それを持って子供の元へ向かう。
 
 青年は、横たわる子供を片手で起こし、スプーンで一口ずつぬるま湯を飲ませていった。すると、僅かではあるが子供の顔色は良くなり、青年は全てを飲ませたところで再び男児を横たわらせる。その後、青年は子供の体に毛布を掛けた。毛布にくるまれた子供は細く目を開け、再び閉じる。それから男児は目を開けることなく、静かな寝息を立て始めた。
 
 男児が寝たことを確認すると、青年は調理場へと戻っていく。彼は、そこで新たに湯を沸かし始め、湯が沸いたところで保温性の高いポットにそれを注いだ。その後も、青年は子供が目を覚ます度に、砂糖入りの湯を作っては飲ませ続けた。すると、子供は単音ながらも声を出せるようになる。しかし、それは中々言葉にはならず、それで意思を伝えるのは難しい様に思われた。
 
「何処か痛みますか?」
 青年は、そう問い掛けると男児の顔を覗き込む。すると、男児は再び声を出し、それを聞いた青年は更なる質問を加えていった。

「お腹が痛いですか?」
 それを聞いた子供は、僅かに口を開いて擦れた声を上げる。この為、青年は毛布を捲って子供の腹部を確認した。道端で男に踏まれた子供の横腹は赤く、痛々しい色を見た青年は眉根を寄せる。
 
「これは酷い……打ち身に効く薬を取ってきますから、少し待っていて下さいね」
 そう言って、青年は子供の前から去ろうとした。しかし、それを引き留める様に男児は声を上げ、青年は彼を見下ろして言葉を発する。
 
「直ぐに戻って来るから、安心して下さい」
 青年がそう言った時、子供は小さく首を振った。この為、青年はしゃがみ込み、自らの目線を子供と合わせた。
 
「が……う。痛い、のは」
 子供は、そう伝えると腕をゆっくりと動かして下腹部を示す。一方、その動きを見た青年は、子供の言いたいことを察したのか、男児が指し示した部分に手を当てる。

「此処ですか?」
 それを聞いた子供は、小さな声で肯定の返事をなした。一方、子供の返答を聞いた青年と言えば、大きく膨れた腹を優しく撫でる。
 
「こちらに外傷は無いですし……内臓がやられていたらことですね」
 そう呟くと、青年は腹から手を離して子供に毛布を掛け直した。

「病院へ行く前に、ちょっと試してみますか」
 青年は、そう言うと調理場の方へ向って行った。彼は程無くして子供の元に戻り、その手には小さなカップに入ったヨーグルトとスプーンが有った。青年は、子供を毛布にくるんだまま抱き起こし、ヨーグルトをスプーンで掬って男児に与える。すると、その美味しさに驚いたのか、男児はヨーグルトが入ったカップに口を近付けた。
 
「美味しいですか? ちゃんと食欲が有るならなによりです」
 そう言って、青年は新たにヨーグルトを掬う。それを見た男児は直ぐにスプーンに口を付け、あっと言う間に腹に収めた。

 その様子に青年は小さく笑い、カップが空になるまでヨーグルトを与え続けた。ヨーグルトを与え終えた青年は、空のカップとスプーンを持って調理場へ向かう。すると、ヨーグルトが相当気に入ったのか、子供はソファーを下りて青年を追った。一方、それに気付いた青年は目を丸くし、子供の頭を優しく撫でる。
 
「今日位は休んでいなさい。無理は良くないですよ」
 そう言うと、青年は男児を抱き上げてソファーへ戻そうとした。この間中、子供は空のカップを見つめ続けており、その理由を察した青年は微苦笑する。

「ヨーグルトは、また明日。今日は、温かいスープで我慢して下さい」
 青年は、そう伝えると男児をソファーに寝かせて毛布を掛けた。一方、子供は小さく頷き、毛布を掴んで目を瞑った。そして、子供はそのまま眠りに落ち、青年は話に出したスープの下拵えを始める。
 
 青年が料理を始めてから一時間程すると、スープの香りが男児の居る部屋まで届いた。そのせいか男児は目を覚まし、顔を動かして香りの元を探ろうとする。
 それから程無くして、青年は子供の様子をみようと部屋を覗いた。すると、そこには彼の方を必死で見つめる子供の姿が在った。
 
「少し待っていて下さいね。スープが出来ましたから」
 そう言うと、青年は大きめのマグに小さな具が沢山入ったスープを注ぐ。スープには、色とりどりの野菜や鶏肉が入っており、青年はマグにスプーンを入れると子供の元へ向かって行った。その後、青年はヨーグルトと同様に、スープを男児に与えていった。すると、男児はそれを美味しそうに食べていき、マグが空になったところで青年は口を開いた。
 
「美味しかったですか? まだ鍋に残っていますから、また後で食べましょうね」
 それを聞いた子供は大きく頷き、その動きを見た青年は安心した様子で息を吐く。青年は、男児をソファーに残してマグを片付け、小屋に置かれた電話の元へ向かった。
 その電話は、男児の居る部屋に置かれていた。また、電話は受話器を外せるタイプで、青年は受話器を手に取ると調理場へと移動する。
 
 移動を終えた青年は、親指で受話器のボタンを押し始めた。彼は、そうした後で受話器を耳に当て、電話が繋がる時を待つ。すると、十秒と経たずに電話は通じ、青年は落ち着いた声で話し始めた。

「パトリックです。例の子供を保護しました」
 青年は、そう伝えると男児の居る方を一瞥する。
 
「ええ、髪色からして間違い無いでしょう。あの色は、かなり珍しいですし。それで、捜索願いは?」
 受話器越しに返答を聞いたパトリックは肩を落とし、残念そうに言葉を発した。

「そうですか……今になって探し始めるというのも、変な話ですしね。いつも通り、こちらで預かります」
 そう伝えると、青年は目を瞑って細く息を吐く。
 
「はい。では、また何かありましたら」
 青年は、そう言うと電話を切り、子機を元の場所へと戻しにいった。すると、男児は不思議そうに青年の姿を眺めており、その視線に気付いた者は微笑する。

「どうしました? 休まないと、体が良くなりませんよ?」
 その言葉を受けた子供は、毛布を引き寄せて口元を覆った。一方、青年は子機を置いてから男児の元へと向かって行く。
 
「お腹が落ち着いたら、綺麗な服に着替えましょうね。その服のままでは、体にも良くないでしょう」
 そう伝えると、青年は子供の頭を優しく撫でた。すると、男児は安心したのか、目を細めて口角を上げる。

 青年の処置が正しかったのか、その後男児が痛みを訴えることは無くなった。この為、パトリックは男児の体を綺麗に洗い、汚れの無い服に着替えさせる。
 
 青年が用意した服は、新品では無かった。しかし、男児の丈には合うサイズで、着替えを終えた子供は嬉しそうに頬を染める。

「良かった。服が小さかったら苦しいですし、大きかったら動きにくいですから」
 そう言うと、青年は男児の両手を優しく握った。
「脱いだ服は、後で洗っておきますね。破れたところも、継ぎ当てをすれば目立たなくなりますから」
 それを聞いた子供は頷き、青年は優しく男児を抱き上げた。
 
「では、今日はもう遅いですし、一緒に寝ましょうか。明日は、君と同じ境遇の子達に会いに行きましょうね」
 パトリックの話を聞いた男児は、不思議そうに首を傾げた。一方、パトリックは人差し指を立てて唇に当て、優しい声で言葉を紡ぐ。

「明日になったら、同じ位の年の子達に、会いに行きましょうね」
 青年は、そう伝えると子供の頭を優しく撫でる。すると、男児は小さく頷き、それを見た青年は微笑んだ。
 
「では、明日の為にも今日はもう寝ましょうね」
 パトリックは、そう伝えると男児を抱き上げベッドに乗せる。その後、彼もベッドに横たわり、男児を抱き締めながら布団を被った。

「では、お休みなさい」
 青年は、そう言うと目を瞑ってみせた。すると、彼の真似をする様に男児も目を瞑り、数分のうちに寝息を立て始める。

 その後、青年は薄目を開けて男児の様子を窺った。パトリックは、子供が眠っていることを目視すると、安心した様子で目を瞑る。夜が明けて暫くした頃、パトリックは目を覚ました。彼は男児を起こさぬようベッドを出、二人分の朝食を用意し始める。
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登場人物紹介

アラン


ガチムチ脳筋系の兄貴キャラ。
それでいて上の指示には従順な体育会系な為に社畜と化す。

純真な心が残っている為、それで苦しむが、何が大切かを決めて他を切り捨てる覚悟はある。

ニコライ的には、瞳孔が翠で良い体格の(おっちゃんなもっとデカなるでな)理想的な茶トラ人間バージョン。
なので気にいられてる。

ニコライ・フォヴィッチ


裏社会で商売している組織のボス。
ロシアンブルーを愛する。

猫好きをこじらせている。
とにかく猫が好き。
話しながら密かにモフる位に猫が好き。
昔はサイベリアンをモフっては抜け毛で毛玉を育てていた系猫好き。
重症な猫好き。
手遅れな猫好き。
猫には優しい。
猫には甘い。
そんな、ボス。

アール


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは右にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その1。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

エル


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは左にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その2。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

青猫
ニコライの愛猫。
専用の部屋を持つ部下より好待遇なお猫様。
ロシアンブルーだからあまり鳴かない。
そこが気に入られる理由。
専属獣医も居る謎待遇のお猫様。

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