支配者からの遠隔メッセージ

文字数 2,534文字

 二人は、食堂が混雑し始めたところで席を立った。そして、食器等を片付けると食堂を出、実験棟へ戻っていく。実験練へ戻った二人は、そこに残飯の入ったバケツが届いているかを確認した。すると、バケツは既に送られてきており、アランはそれを取り出し攪拌する為の機械に入れる。一方、マクシムはエレベーター内を一瞥し、そこに置かれたままのものを取り出した。
 
 マクシムが取り出したものは薄いケースと封筒で、封筒の宛名には彼の名が書かれている。この為、マクシムは直ぐに封筒を開け、中に入っている便箋を取り出した。彼は、便箋に書かれた内容を黙読し、読み終えたところでアランの姿をちらりと見る。すると、アランは使い終えたバケツを洗っていた。
 
 それを見たマクシムは便箋を封筒に戻し、白衣のポケットに封筒を入れた。それから、マクシムは手に持ったままの薄いケースを見下ろした。彼が見下ろすケースは透明で、円形の記録媒体が入れられている。また、その記録媒体の片面は真っ白で、タイトルすら記載されてはいなかった。その上、ケースにラベル等も貼られておらず、専用の機械を使わなければ内容を窺い知ることすら叶わなかった。
 
 マクシムは、ケースを様々な方向から見た後で息を吐き、そうしてからアランの方へ目線を動かす。この時、アランは使い終えたバケツを返却し終えたところで、それを見たマクシムは話を始めた。
 
「アランさんに、ラブレターが届いていますよ」
 マクシムは、そう言ったところでケースを持ち上げた。一方、アランは怪訝そうにケースを見つめ、続く話を待った。

「内容は、視聴すれば分かります。先ずは、仕事を片付けて下さい」
 それを聞いたアランと言えば、皿を取り出して作業を再開する。その後もアランは作業を続け、その背後からマクシムが言葉を発した。
 
「気付かなかったでしょうが、残飯と一緒に送られて来たようです」
 そう言ってケースを見つめ、マクシムは更なる言葉を付け加える。

「この為だけに調理場まで足を運ぶとは、アランさんはあのお方から相当気にいられているようで」
 その話を聞いたアランと言えば、驚きの為か皿を落とした。幸い、その皿は空で割れることも無かった。しかし、アランは溜め息を吐いてそれを持ち上げ、皿を洗おうとシンクに向き直る。
 
「洗う必要は有りませんよ。だって、餌が触れる部分は汚れていないでしょう?」
 それを聞いたアランは目を丸くした。アランは、落とした皿を持ったままマクシムを見るが、その表情に変化は無かった。この為、アランは皿に作成した餌を注ぎ入れ、それをゆっくりと台車に置く。その後もアランは作業を続けていき、機械が空になったところで皿を配りに部屋を回った。そして、それが終わったところで台車を戻し、そこでマクシムが話を始める。
 
「資料室に向かいましょうか」
 それを聞いたアランは頷き、二人は資料室へ向かって行った。資料室に入った二人は視聴用のスペースへ向かい、そこでマクシムがアランにケースを手渡した。

「好きな席で視聴して下さって構いません。私は、会話用の部屋で待機していますので」
 そう言い残すと、マクシムはアランの前から立ち去った。一方、一人残されたアランと言えば、入口から一番近い椅子に腰を下ろす。
 
 その後、アランはマクシムから受け取ったケースを見つめ、それを開けて記録媒体を取り出した。彼は、それを机にある細長い隙間へ差し込み、机上のヘッドホンを手に取った。彼は、そのヘッドホンを身に付けるとディスプレイを見つめ、映像が再生される時を待つ。

 すると、十秒程経ったところで再生が始まり、画面の中央には椅子に座るニコライの姿が在った。ニコライの前には大きな机が置かれ、彼はその机に肘をついて微笑んでいる。また、ニコライは手を組んでその上に顎を乗せており、前方を見つめたまま口を開いた。この時、アランは驚きのせいか力無く口を開けてしまう。

『こんにちは、アラン君。ここでの生活にはもう慣れた? 本当なら、直接聞いた方が良いんだけど、見せたい映像も有ったからこれで我慢してね』

 ニコライが話し終えると、アランが見つめる画面は暗転する。そのせいか、アランは椅子に座り直して息を吐き、一度目を瞑ってからゆっくりと開いた。

 アランが見た映像には、様々な動物実験の様子が記録されていた。その為か、アランは画面を見つめたまま口元を押さえ、目を細めて涙を浮かべる。しかし、アランは視聴をやめることはせず、手を震わせながらも画面を見続けた。すると、数時間したところで画面は暗転し、再びニコライの姿が映し出される。

『お疲れ様。結構、刺激的な内容だったでしょ? でも、こういう実験があったからこそ、今の技術がある。ま……僕としては、化粧品の為なんて、心底どうでも良いんだけどね』

 ニコライは、そう言うと冷たい笑みを浮かべてみせた。

『残虐な動物実験は、どんな理由であれ廃止される傾向にある。それは、僕も知っているよ? だけど、実際に治療する段階になって、沢山の問題が出るのも困りもの……だよねえ?』

 そう言うとニコライは顔を上げ、組んでいた手を離した。彼は、そうしてから両腕を横に広げ、上体を軽く後ろに傾ける。

『だから、あいつらで実験をするんだ。なんの役にも立たない、害しかもたらさないあいつらで』

 ニコライは、そう言うと再び手を組み肘をつく。この際、アランは目を見開いて息を飲み、尚も画面を見つめ続けた。

『放っておけば、子供の命を奪っていたような奴らばかりだ。そいつらの命で誰かが助かるなら、こんなに良いことは無いと思わない?』

 それを聞いたアランは目を瞑り、細く息を吐き出した。

『じゃ、僕の所に来て感想を聞かせてよ。仕事が終わった後で良いから』

 ニコライがそう言ってから数秒で、アランが見つめていた画面は暗転した。それ以降、映像が再生されることは無く、アランは操作ボタンを押して記録媒体を取り出した。

「感想……か」
 アランは、そう言うと記録媒体を手に取ってケースに納めた。彼は、そうしてから背もたれに体重を預け天井を見上げる。彼は、暫くそうした後で溜め息を吐き、ケースを持ってマクシムの元へ向かっていった。
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登場人物紹介

アラン


ガチムチ脳筋系の兄貴キャラ。
それでいて上の指示には従順な体育会系な為に社畜と化す。

純真な心が残っている為、それで苦しむが、何が大切かを決めて他を切り捨てる覚悟はある。

ニコライ的には、瞳孔が翠で良い体格の(おっちゃんなもっとデカなるでな)理想的な茶トラ人間バージョン。
なので気にいられてる。

ニコライ・フォヴィッチ


裏社会で商売している組織のボス。
ロシアンブルーを愛する。

猫好きをこじらせている。
とにかく猫が好き。
話しながら密かにモフる位に猫が好き。
昔はサイベリアンをモフっては抜け毛で毛玉を育てていた系猫好き。
重症な猫好き。
手遅れな猫好き。
猫には優しい。
猫には甘い。
そんな、ボス。

アール


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは右にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その1。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

エル


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは左にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その2。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

青猫
ニコライの愛猫。
専用の部屋を持つ部下より好待遇なお猫様。
ロシアンブルーだからあまり鳴かない。
そこが気に入られる理由。
専属獣医も居る謎待遇のお猫様。

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