意思を持ち続けて苦しむか 傀儡となりてそれを捨てるか

文字数 2,652文字

 昼食を終えた二人は実験練へと戻っていった。そこで、アランはそれまでに溜まった残飯を機械に移し、空になったバケツを洗いながら言葉を漏らす。
 
「俺が残したところで、変わりは無い……か」
 そう呟くと、アランはバケツを逆さまにして水気を切った。適当に水を切ってから、彼は洗い終えたバケツをエレベーター内に置いて食堂へ返す。

 その後、マクシムと共に部屋を回り、アランは用意した皿を配り終えたところで資料室へ入った。アラン達は会話用のスペースへ向かい、何時もの様に腰を下ろす。
 この時、アランの顔色は優れないままで、それを見たマクシムは心配そうに問い掛けた。
 
「まだ、駄目そうですか?」
 それを聞いたアランと言えば、微苦笑してから答えを返した。

「情けないことに、駄目なままの様です。良い年なのに恥ずかしい限りですよ」
 そこまで言って言葉を切り、アランは目を瞑って息を吐く。
 
「あんなこと、大したことはない。そう自分に言い聞かせてはいるのですが」
 アランは、そう言うと薄目を開け、マクシムの顔をぼんやりと眺めた。すると、マクシムは顎に手を当て、それから落ち着いた声で言葉を発する。

「自己催眠と言うやつですか。それで気持ちを誤魔化せるなら構いませんが」
 それを聞いたアランは目を丸くし、力が抜けた様子で口を開けた。
 
「自分の気持ちを誤魔化し続けることは、薦められたことではありません。ですが、ここで暮らす以上、私はそれを止めることをしないでしょう」
 そう言って息を吐き、マクシムは尚も話を続けていった。

「これからずっと、ここの担当と言う訳でも無いでしょうしね。どうしても無理そうであれば、ニコライ様にもお考えがあるでしょう」
 その話を聞いたアランと言えば、何かを思い出した様子で大きな瞬きをする。そして、彼はマクシムが口を閉じた頃合を見計らって話し出した。
 
「そう言えば、ニコライ様に言われました。緩衝材になって欲しいと」
 アランの話を聞いた者は首を傾げ、その仕草を見た話し手は言葉を加える。

「自分で言うのも変ですが、人の良さそうな見た目だそうで。それで、少しは心のケアになるとかどうとか」
 そう説明をすると、アランはどこか恥ずかしそうに微笑んだ。対するマクシムはゆっくりと頷き、それから自らの考えを付け加える。
 
「私自身、アランさんに怖い印象は有りませんでしたからね。ニコライ様の判断は正しいのでしょう」
 そう言って目を細め、マクシムは細く息を吐き出した。

「この仕事は忙しいものでもありませんし、アランさんの仕事はそちらがメインになるのかも知れませんね」
 それを聞いたアランと言えば、どこか悲しそうに言葉を発した。
 
「折角、色々と教えて頂いたのに、そちらがメインになるのは残念ですね」
 そう言って指先で頬を掻き、アランはマクシムの目を見つめた。すると、マクシムは小さく息を吐き、それから目を瞑って言葉を漏らす。

「大したことを教えてはいませんけどね。それに、色々と体験しておくのは良いことですよ」
 マクシムは、そう返すと柔らかな笑みを浮かべてみせた。しかし、その笑みはどこかぎこちなく、アランは無意識のうちに小さく首を傾げた。
 
「仕事が変わるならニコライ様から連絡が来るでしょう。私達は、それに従うまでです」
 そう言って目を細め、マクシムは細く息を吐き出した。対するアランはゆっくり頷き、それから自らの考えを口にする。

「そうですね。色々と考えるのは、ニコライ様の仕事なのでしょうから」
 そう言ってマクシムの顔を見、アランは細く息を吐き出した。その一方、マクシムは静かに頷いてからアランの目を見つめる。
 
「ええ、私達はそれに従うのみです。そうしていれば、生きていくのに困ることは無いのですから」
 マクシムは、そう言うと目を細めて口角を上げた。

「考えて疲れてしまう位なら、考えることを放棄するのも一つの手です。まあ、そうなってしまえば、傀儡の類に成り下がるとも言えますが」
 それを聞いたアランと言えば、緊張した面持ちで唾液を呑み込んだ。
 
「さて、他に話すことも御座いませんし、調子が悪いなら休んでいて下さい。一人で出来る仕事であれば、私が済ませておきますから」
 そう言って微笑み、マクシムはアランの目を優しく見つめた。対するアランは彼に礼を言い、二人は会話の無いまま時を過ごした。その後、二人が呼び出されることは無く、残飯から作ったものを配り終えたところで実験棟を出た。地上階に戻った彼らは食堂へと向かっていたが、アランはそこへ辿り着く前に話し出す。
 
「すみません、マクシムさん。まだ食欲が戻らないので、軽く運動でもして腹を空かせてきます」
 そう言って苦笑し、アランは気まずそうに頭を掻いた。対するマクシムは小さく頷き、それから自らの考えをアランに伝える。

「分かりました。くれぐれも、無理はなさらないで下さいね」
 そう言ってアランと別れ、マクシムは食堂の方へと進んでいった。一方、アランは自室へ向かって行き、そこで素早く着替えを用意していく。用意を終えたアランは運動場へ向かい、自らのロッカーへ着替えを入れた。そして、うっすらと汗が浮かぶ位の運動をした後、汗を流す為に浴場へ向かったアランは、入浴をする為に身に付けていた服を脱いでいった。その後、彼は何も身につけない状態で浴室へ入り、そこでシャワーを浴びて身を清めた。
 
 彼は、シャワーを浴びながら自らの下腹部を見下ろし、目を瞑って息を吐いた。そうしてから、アランはシャワーのバルブを閉め、髪の水気を切る様に頭を振った。彼は、有る程度水気を切ってから脱衣所へ向かい、そこでタオルを手に取って髪を拭く。その後、アランは服を着て食堂へ向かい、昼に食べられなかった分を補うかの様に料理を口に運んだ。彼は、食事中に嘔吐くこともあったが料理を残すことはしなかった。そして、遅めの夕食を終えたアランは自室へ戻り、そこで椅子に腰を掛けて天井を見上げる。
 
 アランは、暫くそうしたままでいたが、何もすることが無いせいかベッドへ仰向けに倒れた。そして、天井を見つめて大きな溜め息を吐くと、ゆっくりと目を瞑って言葉を漏らす。

「慣れ……か」
 そう言って薄目を開け、アランは数秒の間を置いて再び目を閉じる。
 
「そういうもんだよな、どんな仕事だって」
 自分へ言い聞かせるように言うと、彼は掛け布団を腹まで掛けて目を瞑った。その後、彼は疲れの為か直ぐに眠りに落ち、朝が来るまで目覚めることは無かった。
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登場人物紹介

アラン


ガチムチ脳筋系の兄貴キャラ。
それでいて上の指示には従順な体育会系な為に社畜と化す。

純真な心が残っている為、それで苦しむが、何が大切かを決めて他を切り捨てる覚悟はある。

ニコライ的には、瞳孔が翠で良い体格の(おっちゃんなもっとデカなるでな)理想的な茶トラ人間バージョン。
なので気にいられてる。

ニコライ・フォヴィッチ


裏社会で商売している組織のボス。
ロシアンブルーを愛する。

猫好きをこじらせている。
とにかく猫が好き。
話しながら密かにモフる位に猫が好き。
昔はサイベリアンをモフっては抜け毛で毛玉を育てていた系猫好き。
重症な猫好き。
手遅れな猫好き。
猫には優しい。
猫には甘い。
そんな、ボス。

アール


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは右にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その1。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

エル


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは左にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その2。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

青猫
ニコライの愛猫。
専用の部屋を持つ部下より好待遇なお猫様。
ロシアンブルーだからあまり鳴かない。
そこが気に入られる理由。
専属獣医も居る謎待遇のお猫様。

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