慣れねばならぬ慣れぬこと

文字数 2,829文字

 アランが会話用の部屋を覗くと、マクシムは椅子に座って本を読んでいた。この為、アランはマクシムの邪魔をしないよう静かに入室をする。
 その後、アランはマクシムの対面に腰を下ろし、持っていたケースをテーブルに置いた。

「お疲れ様です、アランさん」
すると、アランの入室に気付いたマクシムが言葉を発し、読んでいた本を閉じて顔を上げる。一方、アランは申し訳なさそうな表情を浮かべ、小さな声で話し出した。
 
「すみません、読書の邪魔をしてしまって」
 それを聞いたマクシムは首を振り、微笑みながら言葉を返す。

「いえ、ただの時間つぶしでしたから。それより、どうでした? ニコライ様からのお手紙は」
 不意に問われたアランと言えば、薄いケースを見下ろし、息を吐く。
 
「そうですね……かなり過激な内容でしたから、恥ずかしながら常に脈が乱れていました。それと、内容に関して感想を求められました。実際に感想を述べるのは、仕事が終わってからで良いそうですが」
 そう言って顔を上げ、アランはマクシムの目を見つめた。対するマクシムはアランを見つめ返し、それからゆっくりと息を吸い込んだ。
 
「そうでしたか。それでは、仕事が終わる迄に感想を纏めておくと良いでしょう。我々の仕事は、ここで暮らす方の大半が食事を終える迄終わりません。ですから、じっくり考えられますよ?」
 アランは肯定の返事をなし、マクシムは机上の本を開いて読み始める。その後、アランは椅子に座ったままケースを見つめ、ニコライに伝えるべき感想を考え続けた。

 そうして時間が過ぎていき、アランは仕事を終えた。その後、アラン達は白衣を脱いで地上階に戻り、マクシムは夕食を摂る為食堂へ向かった。一方、アランは記録媒体の入ったケースを持って廊下を移動し、ニコライが居る部屋へと向かう。そして、ニコライと会った部屋の前で立ち止まると、気持ちを落ちつけようと深呼吸をした。

 その後、アランはドアを軽く叩き、室内に向かって声を掛ける。
 
「アランです。感想を伝えに参りました」
 そこまで言ったところで内側からドアが開けられ、アランは思わず口を閉じた。この時ドアを開けたのはアールで、ニコライは前回と同様に座っている。

「どうぞ、アラン君」
 ニコライの指示を聞いたアランは部屋へ入り、それを見計らったかの様にドアが閉められた。この際、ニコライはアランが持つケースを見つめており、彼は軽く笑ってから話し出す。
 
「感想は今聞かせて貰うけど、それは返さなくて良いんだよ? それはアラン君の為に作ったんだから」
 それを聞いたアランと言えば、反射的に手に持ったケースを見下ろした。一方、ニコライはその様子を楽しそうに眺め、更なる言葉を付け加える。

「なんなら、持ち運び易い再生機を君の部屋に用意させよう。寝ながらでさえ鑑賞出来る様に」
 口角を上げ、ニコライはアランの目を真っ直ぐに見つめた。一方、アランは目を見開き、少しの間を置いてから言葉を返す。
 
「いえ、そこまでして頂く訳には」
 アランは、そう返すと申し訳なさそうに苦笑した。すると、ニコライはその答えも見越していたかの様に話し出す。

「そう来ると思った。それと」
 ニコライがそう言った時、アランの腹が小さく鳴った。この為、アランは恥ずかしそうに頬を赤らめ、ニコライは目を細めて笑みを浮かべる。
 
「夕食を食べないで、ここに来るってことも」
 そう言い放つと、ニコライは目線を動かしてアールを見た。すると、それを合図とする様に、アールは部屋のドアを静かに開く。

 アールがドアを開けると、その先にはエルの姿が在った。彼は、銀色のワゴンを押しながら部屋へ入り、エルが入室したところでドアは閉められる。ワゴンの上には、綺麗に磨かれたクロッシュが二つ乗せられていた。また、その隙間を埋めるようにティーセットが置かれている。
 
 エルは、ワゴンを押してニコライの方へ向かっていった。それから、彼はニコライの前にクロッシュごと料理を置く。そうしてから、エルはワゴン上のティー・コージーを外し、温かなままの紅茶をカップに注いだ。エルは、それを白いソーサーに乗せてニコライの前に置く。彼は、そうしてから新たなカップに紅茶を注いだ。

 その後、エルは注ぎたての紅茶をアランに手渡した。それから、彼はワゴンをアランの前に移動させ、ニコライの姿を一瞥する。
 
「それじゃ、腹ごしらえをしようか。それは、テーブル代わりに使って良いから」
 ニコライは、そう言うとワゴンを指差した。この時、エルはニコライの左横へ移動し、料理に被せられたままのクロッシュを外す。エルは、外したクロッシュを料理の横へ置き、それを見たアランは渡されたカップをワゴンに置いた。アランは、そうしてからクロッシュを外し、料理を見下ろす。
 
 すると、美味しそうな焼き色のついたパンが、温かなまま皿に乗せられていた。そのパンは、掌に乗る程度の大きさで、木の葉の様な形をしている。また、パンは複数個用意され、そのどれも中心部が丸く膨らんでいた。用意された料理を見たアランは、開いたスペースにクロッシュを置いた。そして、彼は静かに右手を伸ばし、一番上に有るパンを掴む。彼は、それを持ち上げると微笑し、前方に座るニコライを見つめた。
 
「では、温かいうちに頂きます」
 そう言ってパンを口に運び、アランはその半分程を食い千切る。すると、その中には赤紫色をしたジャムが入っていた。

「どう、美味しい?」
 そう問い掛けるとニコライは微笑み、アランはパンを飲み込んでから口を開いた。
 
「ええ、程良く甘くて美味しいです」
 それを聞いたニコライと言えば、眼前に置かれたパンへ手を伸ばした。彼は、まだ温かなパンを掴んで口に運び、一口齧ってから紅茶を口に含む。

「うん、美味しい」
 ニコライは、そう呟くと笑みを浮かべた。彼は、そうしてからパンの膨らみを軽く押し、中に入れられたジャムを少し出した。
 
「特にこのジャム、紅茶に合うよね。ちょっと色合いが血みたいだし」
 それを聞いたアランと言えば、口元を押さえてむせ始めた。彼は、暫く口元を押さえた後で紅茶を飲み、空になったカップをワゴンに置く。
 すると、その様子を見ていたニコライは首を傾げ、目の端に涙を浮かべるアランを見つめた。
 
「大丈夫、アラン君? 風邪気味なら、医者を呼ぼうか?」
 そう問われたアランは首を振り、呼吸を整えてから話し出す。

「いえ、むせてしまっただけです。喉を潤したら、この通り収まりましたし」
 アランの返答を聞いたニコライは紅茶を飲み干し、それからエルに目配せをした。すると、エルはワゴンの方へ向かって行き、そこに乗せられたポットを手に取った。そうしてから、エルは温かい紅茶をアランのカップに注ぐ。その後、彼はポットを持ってニコライの元へ戻り、空のカップに紅茶を注いだ。

 その後も二人は軽食を続け、パンを半分程食べたところでニコライが口を開いた。
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登場人物紹介

アラン


ガチムチ脳筋系の兄貴キャラ。
それでいて上の指示には従順な体育会系な為に社畜と化す。

純真な心が残っている為、それで苦しむが、何が大切かを決めて他を切り捨てる覚悟はある。

ニコライ的には、瞳孔が翠で良い体格の(おっちゃんなもっとデカなるでな)理想的な茶トラ人間バージョン。
なので気にいられてる。

ニコライ・フォヴィッチ


裏社会で商売している組織のボス。
ロシアンブルーを愛する。

猫好きをこじらせている。
とにかく猫が好き。
話しながら密かにモフる位に猫が好き。
昔はサイベリアンをモフっては抜け毛で毛玉を育てていた系猫好き。
重症な猫好き。
手遅れな猫好き。
猫には優しい。
猫には甘い。
そんな、ボス。

アール


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは右にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その1。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

エル


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは左にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その2。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

青猫
ニコライの愛猫。
専用の部屋を持つ部下より好待遇なお猫様。
ロシアンブルーだからあまり鳴かない。
そこが気に入られる理由。
専属獣医も居る謎待遇のお猫様。

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