支配者の戯れ

文字数 4,053文字

 「アラン君を警戒しなくても良いよ、エル。さっき言った通り、今日はもう休んで良いから」
 それを聞いたエルと言えば、アランを一瞥してからニコライに深く頭を下げた。そして、一度アールと目を合わせると、音を立てない様にして部屋を出る。

 エルが部屋を出た後、彼の足音は聞こえてこなかった。しかし、ニコライはそれを気に留める様子を見せてはいない。
 
「ここまで来たってことは、手紙を読んでくれたんだね。そして、君は少なからず興味を持った」
 ニコライは、アランの目を真っ直ぐに見つめる。

「正直、来てくれるかは不安だった。日時の指定をしていなかったしね」
 そう言って微笑み、ニコライはそっと左目を瞑った。
 
「そうそう、良い茶葉が手に入ったんだ。手紙に書いた通り、紅茶を用意させよう」
 ニコライがそう話した時、彼の居る部屋にはベルカの声が響いた。この為、ニコライは彼女に対して返事をし、部屋へ入るようベルカに伝える。

 すると、部屋のドアはゆっくり開き、アランは反射的に開きかけのドアを押さえた。すると、それに気付いたベルカは彼に礼を言い、それからニコライの方へ向かっていく。ニコライの元へ向かう者は、両手で木製のトレイを持っていた。しっかりとしたトレイの上には、陶器製のティーポットやカップが乗せられている。
 
 ベルカは、木製のトレイをニコライが使うテーブルに置くと、直ぐにカップへ紅茶を注いだ。彼女は、一旦ポットをトレイへ戻し、紅茶が注がれたカップをニコライの前へ静かに置く。その後、ベルカはアランにもカップを渡し、そうしてからアールの前にもカップを置いた。この時、ニコライは彼女の方へ顔を向け、柔らかな声で言葉を発する。
 
「ありがとう、ベルカ。余った紅茶は、君達にあげよう」
 そう言って微笑し、ニコライはベルカの目を見つめた。すると、ベルカは一歩後退してから頭を下げ、胸に手を当てて話し始める。

「お褒めにあずかり光栄です。また、ニコライ様のお気遣いに深く感謝します」
 ベルカは、そう言い残して部屋を去った。一方、ニコライは彼女が去ってからカップに手を伸ばす。
 
「冷めないうちに飲まなきゃね」
 そう言ってカップを持ち上げ、ニコライは紅茶を口に含んだ。それを見たアランも紅茶を飲み、アールもカップを手に取って口へ運ぶ。

「やっぱり、良い茶葉だと美味しいね。無知な奴が淹れると台無しになるけど」
 ニコライはカップを置き、ポットに残った紅茶を注いだ。そして、それを半分程飲んでから息を吐き、目を細めてアランを見る。
 
「さて、本題に入ろうか。アラン君の退屈を、どう解消するか」
 アランは息を飲み、緊張した面持ちで続く話を待った。

「他の子との折り合いもあるし、外に出る許可は簡単には出せない。だから、施設内で退屈を紛らわせる方法を考えたんだ」
 そう言って口角を上げ、ニコライはアランの目を真っ直ぐに見た。
 
「君に、雌豚を預けようと思うんだ。良いように宥めすかして、懐かせてくれれば良い」
 ニコライの話を聞いたアランは、僅かに口を開いた。とは言え、小さく開かれた口から声が発せられることはなく、ニコライは軽く笑って話を続ける。

「君の性格なら、難しいことはないと思うよ? 相手は健康体で、四六時中世話をする必要もない。それどころか、上手くやれば給餌や掃除だけやっていれば良い」
 そこまで話したどころで目を細め、ニコライは机の上で手を組んだ。
 
「運悪く、ヒスを起こしやすい雌だったら大変だけどね。これは、この施設でに限ったことじゃないけど」
 ニコライは嘲笑を浮かべた。

「ヒステリー。元は雌特有の疾患とされ、その語源は雌しか持たない臓器の名。とは言え、雌特有とされていたのは昔の話で、雌以外にも起こり得るし意味も変わってきているらしい。ま、僕は学者でもないし、関わらなきゃ済む話だからどうでも良いんだけど」
 アランは苦笑し、ニコライは細く息を吐き出した。
 
「アラン君なら、雌を力で押さえ込むのは簡単だろう。でも、言葉で勝てるかは分からない。いや、言葉が通じない場合だってあるだろうね」
 ニコライは、そこまで話したところで紅茶を一口飲んだ。

「君も、外でそんな雌にあったかも知れない。自分に都合の悪いこと程、聞こうとしない。それどころか、聞くことを放棄し、早口で相手を罵倒することさえある。しかも、その内容が小さなことの上に、昔の話だったりね」
 溜め息を吐き、ニコライはカップの取っ手に指を絡める。
 
「脳の作りや、体を流れるホルモンが違う。だから、雌は感情に任せて奇声をあげやすい。そんな話は、僕も知っている。でも、それは免罪符にはならないよね? だって、上手く自分の感情を抑えている子は、幾らでも居るんだから」
 ニコライは、そう伝えるとアランの目を見つめて首を傾げた。その仕草は、まるで聞き手の意見を求めているかの様で、それに気付いたアランは数秒の間を置いてから口を開く。
 
「ニコライ様の仰る通りです。理由は有れど、それを克服する者が多く居る以上、性差など言い訳でしかない」
 返答を聞いた者は満足そうな笑みを浮かべ、ゆっくりと息を吸い込んだ。

「そう、そんなことは言い訳でしかない。それなのに、自分が正しいと言って聞かない馬鹿が居る。本当、そう言う馬鹿って邪魔だよね」
 そう言って舌を突き出し、ニコライは僅かに左目を細めた。それから、ニコライは柔らかな笑みを浮かべ、その表情のままアランを見る。
 
「君が、そう言う考えを持ってくれて嬉しいよ。下手に庇われても面倒だしね」
 その台詞を聞いたアランと言えば、無言のまま僅かに手を震わせた。一方、ニコライはアランの状態に気付いているのかいないのか、坦々と話を続けていく。

「アラン君の考えも聞いたし、詳しい話をしようか。雌に深入りしない為にも、情報は制限させてもらうけどね」
 目を細め、ニコライはアランの目を見つめた。彼は、そうしてから大きく息を吸い込み、更なる話を続けていく。
 
「ここに連れてこられてから間もない雌なんだけどね、見た目だけは良いんだよ。性格はどうにもならないし、平然と嘘を吐く。その上、小さな子を放っておいて、婚姻関係でも無い奴を自宅に招く。そして、その招いた奴の気をひく為、子供に手を上げる」
 ニコライは、そう言ったところで大きな溜め息を吐いてみせた。
 
「本当はさ、そんな奴は違う稼ぎ方に使いたいんだよ。だって、そう言う快楽が好物なんでしょ? それはそれは、自分の子供を蔑ろにする位に」
 そう話す者の目は冷たく、アランは体を強張らせて息を飲んだ。

「だけど、その雌を買いたいってお方が居てね。本当、見た目が良いと得だよね? 例え罪を犯したって、掬い上げられる可能性が高い。病気持ちかも知れないのに、調べる前に買い手がついちゃって」
 息を吐き、ニコライは気怠るそうに話を続ける。
 
「そう言う系の病気って、相手が多い程に危険が増すでしょ? そして、感染した病気によっては、正常な子供を産める可能性が低下する。そんなの、ここの部屋を与えてまで飼育したく無いんだよね」
 ニコライは目を瞑り、呟く様に言葉を漏らした。

「結果的に、そう言う病気は無かったから良いんだけど」
 話し手は、そう吐き捨てるとカップに残った紅茶を飲み干す。
 
「で、その雌を君に任せるのも面白いかなって。失敗したら失敗したで、自宅の地下で囲っておくとも言ってくれたし」
 そう伝えると、ニコライは口角を上げてアランを見た。彼は、口角を上げたまま首を傾げ、僅かに目を細めてみせる。

「やってみる?」
 そう問われたアランと言えば、数秒の間考えてから答えを出した。
 
「はい。折角の機会ですので、やらせて頂こうと思います」
 アランの返答を聞いたニコライは笑みを浮かべ、何度か手を叩き合わせる。

「そう言ってくれて嬉しいよ、アラン君。そうと決まれば、数日以内に手配をするとしよう」
 ニコライがそう言った時、彼の隣に立つ者が動き始めた。アールは、静かにアランの元へ向かうとカップを受け取り、それをベルカが持ち込んだトレイの上に置く。
 
「今日の話はこれで終わり。アラン君の意志を確認したかっただけだしね」
 ニコライは、そう言ったところでアランの目を真っ直ぐに見た。この時、アランはやや戸惑いながらも頭を下げ、その姿勢のまま言葉を発する。

「本日は、ありがとうございました。それでは」
 そこまで話して頭を上げ、アランは静かに部屋から立ち去った。すると、彼を見送ったニコライは口角を上げ、冷めてしまった紅茶をカップに注ぐ。
 
「さて、これから面白いものが見られそうだ。退屈を打ち砕いてよね、アラン君?」
 そう言って顔を上に向け、ニコライは舌を下唇に沿わせて突き出した。彼は、そうしてから紅茶を口に流し込み、それを嚥下してから口元を拭う。

「やっぱり、紅茶は熱いうちが美味しいよね? わざわざ冷やして飲む奴の気が知れないよ」
 ニコライは、そう言い放つとカップを机上に置いた。それを見たアールは空のカップをトレイに置き直し、軽くなったティーポットもそこへ戻す。
 
「じきに、ベルカがこの部屋へ来る。空になったカップやティーポットを片付けにね。だから、アールが片付けをする必要はない」
 そう言ってから、ニコライはアールを横目で見た。

「今日の仕事は終わりだ、アール。休みたいなら休めば良い」
 名を呼ばれた者と言えば、小さく頷いてから部屋の入口を見た。しかし、それ以上の動きは無く、ニコライは頬杖をついて息を吐く。
 
「心配性だなアールは。ま、それが君と言う人間なんだけど」
 そう言って背もたれに体重を預け、ニコライはゆっくりと目を閉じた。それから少ししてベルカが部屋を訪れ、素早く片付けを済ませて退室する。

 ベルカが去ってから数分後、アールはニコライに頭を下げてから部屋を出た。部屋に残されたニコライはアールの去った方を見つめ、小さな声で言葉を漏らす。
「本当、可愛いよね」
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登場人物紹介

アラン


ガチムチ脳筋系の兄貴キャラ。
それでいて上の指示には従順な体育会系な為に社畜と化す。

純真な心が残っている為、それで苦しむが、何が大切かを決めて他を切り捨てる覚悟はある。

ニコライ的には、瞳孔が翠で良い体格の(おっちゃんなもっとデカなるでな)理想的な茶トラ人間バージョン。
なので気にいられてる。

ニコライ・フォヴィッチ


裏社会で商売している組織のボス。
ロシアンブルーを愛する。

猫好きをこじらせている。
とにかく猫が好き。
話しながら密かにモフる位に猫が好き。
昔はサイベリアンをモフっては抜け毛で毛玉を育てていた系猫好き。
重症な猫好き。
手遅れな猫好き。
猫には優しい。
猫には甘い。
そんな、ボス。

アール


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは右にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その1。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

エル


ニコライの側近。
眼鏡でエルとは瓜二つ。
服も支給品の同じスーツなので、見分けは左にある黒子。

ニコライ的にはタキシード模様の猫その2。
黒い毛並みを維持する為の投資は厭わない。

青猫
ニコライの愛猫。
専用の部屋を持つ部下より好待遇なお猫様。
ロシアンブルーだからあまり鳴かない。
そこが気に入られる理由。
専属獣医も居る謎待遇のお猫様。

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