人ならざる者に人権はなし
文字数 3,834文字
翌朝、早くに目覚めたアランは、ベッドの上で微睡んでいた。そして、数十分したところで大きな欠伸をし、立ち上がりながら腕を伸ばした。彼は気怠そうに着替えを用意し、それを持って運動場へ向かう。アランが運動場へ向かった時刻は、昨日と大差なかった。しかし、彼がストレルカと出くわすことはなく、アランはどこか寂しそうに体を動かした。
その後、アランは食堂で朝食を済ませ、実験練へと向かっていった。そして、マクシムと共に残飯で作ったものを配り、それを終えたところで資料室へ向かう。資料室は相変わらず静かだった。また、アラン達が会話用の部屋へ入ってから、直ぐに呼び出されることもなく時間は過ぎていく。
しかし、それは一時間程の話で、部屋に備えられたスピーカーからは二人を呼び出す声が響いた。
「マクシムさん、アランさん、聞こえておりましたらD―1迄お越し下さい」
それを聞いたマクシムは目を瞑り、細く息を吐き出した。
「さて、聞こえてしまいましたし向いますか。心の準備は、出来ていますか?」
そう言って目を開き、マクシムはアランの目をじっと見つめた。一方、アランは胸に手を当てて深呼吸をし、それから問いに対する答えを返す。
「はい、一日経ちましたから流石に。と……昨日読んだ資料に関することで、間違っていませんよね?」
マクシムは頷き、それから穏やかな声で言葉を発した。
「ええ、昨日の資料に関することです。その場所まで案内しますから、早速向かいましょう」
そう言って立ち上がり、マクシムは会話用の部屋を出た。彼を追う様にしてアランも部屋を出、二人は指定された場所へと向かって行く。二人は移動中に階段を下り、より地中深くのエリアに達した。その後も廊下を幾らか歩き、マクシムは重々しいドアの前で立ち止まる。
そのドアには『D-1』と書かれたプレートが嵌められており、マクシムはそれを指差しながら口を開いた。
「ここです。中を見る心構えは、出来ていますか?」
そう問うと、マクシムはアランの顔を見つめて微笑した。対するアランは近くにある黒いドアを見つめ、少しの間を置いてから言葉を発する。
「あらためて聞かれると不安にはなります。ですが、これも仕事ですからね。もし、出来ていなかったとしても入室しますよ」
そう返すと、アランはマクシムの目を見つめ返した。すると、マクシムは柔らかな笑みを浮かべ、そっとドアノブに手を掛ける。
「では入りましょう」
そう言ってドアを開け、マクシムは部屋の中へと入っていった。アランは、ドアを支えながら彼の後を追い、部屋の中を見まわした。
二人が入った部屋には武骨な棚や椅子が置かれており、その椅子には男が座らされていた。その男は気を失っているのか、力なく顔を下に向けている。また、男の手首は椅子の肘掛け部分に固定され、足首は椅子の脚に縛り付けられていた。椅子にはしっかりとした背もたれがあり、そこから伸びたベルトで男性の腹部は固定されている。その上、胸部はしっかりと縄で縛られており、男が体を動かすことは不可能に思われた。
椅子に座らされた男の背後には、白衣を着た男性の姿が在った。彼は、二人の入室者に気付くとそちらに顔を向け、それから冷たい笑みを浮かべてみせる。
「後は宜しくお願いしますね。それでは」
そう言い残すと、男性は部屋から立ち去った。この際、アランは呆気にとられた様子で彼を見送り、それからマクシムの方へ顔を向けた。
「それじゃ、始めましょうか。ここに長居するのも不快ですし、やるべきことをして休憩にしましょう」
淡々と言葉を発すると、マクシムは拘束された男の背後を見やる。この時、彼の目線の先には金属製の棚が在り、マクシムは静かにその方へ向かって行った。
アランは、椅子に座らされた男を気にしながらマクシムを追い、二人は武骨な棚の前に立った。その棚の高さは彼らの目線程で、円柱状の容器が幾つも並べられている。また、その液体の色は濃い紫色や黄色で、開け易さを考慮してか蓋には無数の溝が刻まれていた。マクシムは、そのうち濃紫色の液体が入った容器を棚から出し、アランに手渡す。
「消毒液です。ひとまず持っていて下さい」
そう言ってから、容器が置かれていた棚の奥に手を伸ばし、マクシムは銀色をした箱を取り出した。彼が取り出した箱は四角く、動かす度に甲高い金属音を立てている。
マクシムは、その箱を左手に乗せるとアランを見つめ、それから右手の人差し指を蓋に当てた。
「これ、落とさないように注意して下さいね。中に刃物が入っていますから、怪我をしかねませんし。それに、落下の衝撃で、器具が壊れるかも知れませんから」
片目を瞑り、マクシムは右掌を蓋に載せた。
「剃刀程度なら、壊れたとしてどうとでもなります。しかし、外科鋏の先が曲がったり欠けたりすると厄介ですから」
そう言って苦笑し、マクシムは手に乗せた箱を見下ろした。一方、彼の話を聞いたアランは首を傾げ、浮かんだ疑問を口にする。
「落として欠けると言うことは、かなり繊細な器具なのですか? 剃刀がどう言うものかは想像出来ますが、外科鋏とやらはどうにも」
アランは、そう伝えると恥ずかしそうに苦笑する。一方、マクシムは小さく笑い、彼の疑問に答え始めた。
「先の鋭い鋏ですよ。細かい作業も可能ですが、細い部分があるのでデリケートで」
言いながら箱の蓋を開け、マクシムは小さな鋏を取り出した。その鋏の切っ先は鋭く、先端に触れれば怪我をしそうな程であった。また、指を入れる箇所は円形で小さく、指が一本ずつしか入りそうにない。
「まあ、硬いものを切る訳でもありませんし。こういう形が、一番なのでしょうね」
マクシムは、そう言うと鋏を箱に戻した。
「先端を使えば小さな穴が開けられますし、穴から刃先を差し込めば端で無くとも切り始められます」
その説明を聞いたアランは、何も言うことなく眉根を寄せた。すると、彼の表情に気付いたのか、マクシムは更なる説明を加えていく。
「アランさんは、想像力が豊かな様で。手術と聞くと、メスを想像する方は多く居ます。ですが、良く伸びる皮膚を切開する場合は、この方が良いそうですよ」
そう言うと目を瞑り、マクシムは細く息を吐き出した。
「まあ、私に専門的な知識がある訳でも無いので、信じるか信じないかはお任せします」
そう伝えると、マクシムは薄目を開けて口角を上げた。一方、アランは目線を動かし、金属製の棚を見る。
「ああ、そうでした。グローブも用意しないと」
そう言って棚の方を向き、マクシムはその下方を指差した。彼が指差す先には紙製の箱が並べられており、その幾らかは開封されている。
「ものがものですからね、直接触るのは避けるべきです。現時点では、病気を持っているかも分かっていませんし」
そこまで言ってしゃがみ込み、マクシムは紙箱の一つを手に取った。
「本当は、始めにグローブをはめてから、他を用意すべきなんですけどね。目線より下に置かれているせいか、どうにも忘れてしまって」
マクシムは、そう言うと苦笑しアランに紙箱を手渡した。その箱の上部は一部くり抜かれており、そこからラテックス製の手袋を取り出せる様になっている。この為、アランはくり抜かれた穴から手袋を取り出した。そして、紙箱をマクシムへ返すと、液体入りの容器を脇に挟んで手袋をはめる。そうしてから、アランはマクシムの方へ手を伸ばし、柔らかな声色で言葉を発した。
「マクシムさんもはめて下さい。手を塞いでいる箱は持ちますから」
それを聞いたマクシムと言えば、金属製の箱をアランに手渡した。彼は、そうしてから薄手の手袋を取り出し、用の無くなった紙箱を元の場所へと戻す。
「この箱は、使ったら元の場所に戻して下さい。空になったら捨てますけど」
言いながら手袋をはめ、マクシムは部屋の隅へ目線を動かした。すると、部屋の隅には蓋付きのゴミ箱が何個か置かれ、それぞれに捨てるものの例が書かれた紙が貼られている。その中には、燃えるものと書かれた紙も在り、空き箱はそこへ捨てるよう指示されていた。また、生ゴミや瓶と書かれた紙も在り、その横にはパイプを組み合わせて作られた棚が置かれている。
「さて、そろそろ開始しますか。アランさんは、屑の太腿を押さえていて下さい。麻酔は掛けませんので、少しは動くことがありますから」
そう言うと、マクシムはアランから金属製の箱と液体の入った容器を受け取った。そして、椅子に固定された男の前に立つと、手術すべき部分を露出させる。
一方、それを見たアランと言えば、戸惑いながらも男の背後から大腿を掴んで開かせた。すると、それらの刺激で目を覚ましたのか、椅子に固定された男が顔を上げる。拘束された男の口には、声を出せぬよう轡が嵌められていた。男は、それを外そうと顔を動かすが、しっかりと嵌められているせいかそれも叶わない。
「無駄ですよ。例え外せたとして、助けなど来ませんし」
マクシムは、そう言ってから液体の入った容器を開け、その数割を先程露出させた部位に掛けた。この為、男は体を動かして拘束から逃れようとし、それをアランが押さえつける。
「これから、もっと動くと思います。しっかりと押さえていて下さいね」
そう言って剃刀を手に取り、マクシムは処理を始めた。その数分後、彼の居る部屋には男の低い呻き声が響き始める。
その後、アランは食堂で朝食を済ませ、実験練へと向かっていった。そして、マクシムと共に残飯で作ったものを配り、それを終えたところで資料室へ向かう。資料室は相変わらず静かだった。また、アラン達が会話用の部屋へ入ってから、直ぐに呼び出されることもなく時間は過ぎていく。
しかし、それは一時間程の話で、部屋に備えられたスピーカーからは二人を呼び出す声が響いた。
「マクシムさん、アランさん、聞こえておりましたらD―1迄お越し下さい」
それを聞いたマクシムは目を瞑り、細く息を吐き出した。
「さて、聞こえてしまいましたし向いますか。心の準備は、出来ていますか?」
そう言って目を開き、マクシムはアランの目をじっと見つめた。一方、アランは胸に手を当てて深呼吸をし、それから問いに対する答えを返す。
「はい、一日経ちましたから流石に。と……昨日読んだ資料に関することで、間違っていませんよね?」
マクシムは頷き、それから穏やかな声で言葉を発した。
「ええ、昨日の資料に関することです。その場所まで案内しますから、早速向かいましょう」
そう言って立ち上がり、マクシムは会話用の部屋を出た。彼を追う様にしてアランも部屋を出、二人は指定された場所へと向かって行く。二人は移動中に階段を下り、より地中深くのエリアに達した。その後も廊下を幾らか歩き、マクシムは重々しいドアの前で立ち止まる。
そのドアには『D-1』と書かれたプレートが嵌められており、マクシムはそれを指差しながら口を開いた。
「ここです。中を見る心構えは、出来ていますか?」
そう問うと、マクシムはアランの顔を見つめて微笑した。対するアランは近くにある黒いドアを見つめ、少しの間を置いてから言葉を発する。
「あらためて聞かれると不安にはなります。ですが、これも仕事ですからね。もし、出来ていなかったとしても入室しますよ」
そう返すと、アランはマクシムの目を見つめ返した。すると、マクシムは柔らかな笑みを浮かべ、そっとドアノブに手を掛ける。
「では入りましょう」
そう言ってドアを開け、マクシムは部屋の中へと入っていった。アランは、ドアを支えながら彼の後を追い、部屋の中を見まわした。
二人が入った部屋には武骨な棚や椅子が置かれており、その椅子には男が座らされていた。その男は気を失っているのか、力なく顔を下に向けている。また、男の手首は椅子の肘掛け部分に固定され、足首は椅子の脚に縛り付けられていた。椅子にはしっかりとした背もたれがあり、そこから伸びたベルトで男性の腹部は固定されている。その上、胸部はしっかりと縄で縛られており、男が体を動かすことは不可能に思われた。
椅子に座らされた男の背後には、白衣を着た男性の姿が在った。彼は、二人の入室者に気付くとそちらに顔を向け、それから冷たい笑みを浮かべてみせる。
「後は宜しくお願いしますね。それでは」
そう言い残すと、男性は部屋から立ち去った。この際、アランは呆気にとられた様子で彼を見送り、それからマクシムの方へ顔を向けた。
「それじゃ、始めましょうか。ここに長居するのも不快ですし、やるべきことをして休憩にしましょう」
淡々と言葉を発すると、マクシムは拘束された男の背後を見やる。この時、彼の目線の先には金属製の棚が在り、マクシムは静かにその方へ向かって行った。
アランは、椅子に座らされた男を気にしながらマクシムを追い、二人は武骨な棚の前に立った。その棚の高さは彼らの目線程で、円柱状の容器が幾つも並べられている。また、その液体の色は濃い紫色や黄色で、開け易さを考慮してか蓋には無数の溝が刻まれていた。マクシムは、そのうち濃紫色の液体が入った容器を棚から出し、アランに手渡す。
「消毒液です。ひとまず持っていて下さい」
そう言ってから、容器が置かれていた棚の奥に手を伸ばし、マクシムは銀色をした箱を取り出した。彼が取り出した箱は四角く、動かす度に甲高い金属音を立てている。
マクシムは、その箱を左手に乗せるとアランを見つめ、それから右手の人差し指を蓋に当てた。
「これ、落とさないように注意して下さいね。中に刃物が入っていますから、怪我をしかねませんし。それに、落下の衝撃で、器具が壊れるかも知れませんから」
片目を瞑り、マクシムは右掌を蓋に載せた。
「剃刀程度なら、壊れたとしてどうとでもなります。しかし、外科鋏の先が曲がったり欠けたりすると厄介ですから」
そう言って苦笑し、マクシムは手に乗せた箱を見下ろした。一方、彼の話を聞いたアランは首を傾げ、浮かんだ疑問を口にする。
「落として欠けると言うことは、かなり繊細な器具なのですか? 剃刀がどう言うものかは想像出来ますが、外科鋏とやらはどうにも」
アランは、そう伝えると恥ずかしそうに苦笑する。一方、マクシムは小さく笑い、彼の疑問に答え始めた。
「先の鋭い鋏ですよ。細かい作業も可能ですが、細い部分があるのでデリケートで」
言いながら箱の蓋を開け、マクシムは小さな鋏を取り出した。その鋏の切っ先は鋭く、先端に触れれば怪我をしそうな程であった。また、指を入れる箇所は円形で小さく、指が一本ずつしか入りそうにない。
「まあ、硬いものを切る訳でもありませんし。こういう形が、一番なのでしょうね」
マクシムは、そう言うと鋏を箱に戻した。
「先端を使えば小さな穴が開けられますし、穴から刃先を差し込めば端で無くとも切り始められます」
その説明を聞いたアランは、何も言うことなく眉根を寄せた。すると、彼の表情に気付いたのか、マクシムは更なる説明を加えていく。
「アランさんは、想像力が豊かな様で。手術と聞くと、メスを想像する方は多く居ます。ですが、良く伸びる皮膚を切開する場合は、この方が良いそうですよ」
そう言うと目を瞑り、マクシムは細く息を吐き出した。
「まあ、私に専門的な知識がある訳でも無いので、信じるか信じないかはお任せします」
そう伝えると、マクシムは薄目を開けて口角を上げた。一方、アランは目線を動かし、金属製の棚を見る。
「ああ、そうでした。グローブも用意しないと」
そう言って棚の方を向き、マクシムはその下方を指差した。彼が指差す先には紙製の箱が並べられており、その幾らかは開封されている。
「ものがものですからね、直接触るのは避けるべきです。現時点では、病気を持っているかも分かっていませんし」
そこまで言ってしゃがみ込み、マクシムは紙箱の一つを手に取った。
「本当は、始めにグローブをはめてから、他を用意すべきなんですけどね。目線より下に置かれているせいか、どうにも忘れてしまって」
マクシムは、そう言うと苦笑しアランに紙箱を手渡した。その箱の上部は一部くり抜かれており、そこからラテックス製の手袋を取り出せる様になっている。この為、アランはくり抜かれた穴から手袋を取り出した。そして、紙箱をマクシムへ返すと、液体入りの容器を脇に挟んで手袋をはめる。そうしてから、アランはマクシムの方へ手を伸ばし、柔らかな声色で言葉を発した。
「マクシムさんもはめて下さい。手を塞いでいる箱は持ちますから」
それを聞いたマクシムと言えば、金属製の箱をアランに手渡した。彼は、そうしてから薄手の手袋を取り出し、用の無くなった紙箱を元の場所へと戻す。
「この箱は、使ったら元の場所に戻して下さい。空になったら捨てますけど」
言いながら手袋をはめ、マクシムは部屋の隅へ目線を動かした。すると、部屋の隅には蓋付きのゴミ箱が何個か置かれ、それぞれに捨てるものの例が書かれた紙が貼られている。その中には、燃えるものと書かれた紙も在り、空き箱はそこへ捨てるよう指示されていた。また、生ゴミや瓶と書かれた紙も在り、その横にはパイプを組み合わせて作られた棚が置かれている。
「さて、そろそろ開始しますか。アランさんは、屑の太腿を押さえていて下さい。麻酔は掛けませんので、少しは動くことがありますから」
そう言うと、マクシムはアランから金属製の箱と液体の入った容器を受け取った。そして、椅子に固定された男の前に立つと、手術すべき部分を露出させる。
一方、それを見たアランと言えば、戸惑いながらも男の背後から大腿を掴んで開かせた。すると、それらの刺激で目を覚ましたのか、椅子に固定された男が顔を上げる。拘束された男の口には、声を出せぬよう轡が嵌められていた。男は、それを外そうと顔を動かすが、しっかりと嵌められているせいかそれも叶わない。
「無駄ですよ。例え外せたとして、助けなど来ませんし」
マクシムは、そう言ってから液体の入った容器を開け、その数割を先程露出させた部位に掛けた。この為、男は体を動かして拘束から逃れようとし、それをアランが押さえつける。
「これから、もっと動くと思います。しっかりと押さえていて下さいね」
そう言って剃刀を手に取り、マクシムは処理を始めた。その数分後、彼の居る部屋には男の低い呻き声が響き始める。