2020年5月24日

文字数 2,381文字

2020年5月24日
 文学は、医療と違い、生命に不可欠ではない。ただ、QOL(生活の質)に寄与する。近代以降の文学のアイデンティティは「社会の中の文学」である。前近代において、古典を含め共同体にの範を共通理解にして美意識を交歓するのが文学の楽しみ方だ。しかし、近代では価値観の選択が個人に委ねられている。その自由で平等、自立した個人が集まって社会を形成している。だから、作者と読者の共通理解の基盤はその社会である。ベストセラーは言うまでもなく、古典のリバイバルや国外作品の流行が起きた際、今なぜこれなのかという問いが文学者やメディアなどから発せられることがそうした証の一つである。

 しかし、日本の文芸誌はそのアイデンティティを十分に理解していな。『NHK』が伝える2020年5月24日 6時18分更新「文芸誌が相次ぎ特集 文学作品にも新型コロナの影響」 はそれを善く物語る。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、文芸誌は相次いで最新号で特集を組み、感染が広がる社会を舞台にした小説などを掲載しています。編集者は「新しい文学として今後さらに作品が増える可能性がある」と指摘しています。
今月発売された『新潮』の6月号には「コロナ禍の時代の表現」という特集が組まれ、芥川賞作家の金原ひとみさんや、鴻池留衣さんなどが新作を発表しています。
金原さんの「アンソーシャルディスタンス」は、恋人どうしの若い男女が新型コロナウイルスの感染拡大による生活の変化や制約に直面し、やるせなさに苦しむ様子が描かれています。
また、河出書房新社が先月発売した『文藝』の夏季号では「アジアの作家は新型コロナ禍にどう向き合うのか」と題して6人の作家がエッセーを寄せ、このうち中国を代表する社会派の作家、閻連科さんは、世界中で不安が広がる中で文学が果たす役割をめぐって葛藤する思いなどをつづっています。
『文藝』の坂上陽子編集長は「東日本大震災のあとに『震災後文学』が現れたように、その時代時代で新しい文学が生まれている。今後さらに作品が増えてくるという印象を持っています」と話しています。
このほか講談社の『群像』6月号でも、ドイツ在住の作家、多和田葉子さんが電話インタビューの中でヨーロッパの状況を紹介したり、経済思想の研究者、斎藤幸平さんが感染拡大がもたらした危機的な状況を現代社会の構造的な問題として捉える必要性を説いた文章を寄稿したりしています。

 社会を揺るがす事件・出来事が起こった時、文芸誌がそれをテーマとした特集を組み、文学者が作品を発表したり、発言したりすることは当然である。3・11が示しているように、広範囲に影響が及ぶ出来事に直面した際、文学者のとる姿勢はおそらく四つあるだろう。 第一に、ニューノーマルを取り入れた作品を描くことである。第二が文学者として現状に対して何を認知し、行動できるのかを述べることである。第三は、具体的な状況についてのルポを伝えることである。第四に、フォーチュンテラーとして来たるべき世界に関する提言を語ることである。このうち、ルポとフォーチュンテラーは文学者に限らない。前者はジャーナリスト、後者は思想家も行っている。

 パンデミックは影響が極めて広い範囲に亘り、その継続期間も年単位と長い。社会はそれに圧倒される。文芸誌がその特集をするのであれば、この広大さ・長大さを体現する必要がある。それは尋常ではない形式をしていなければならない。

 パンデミックは、影響がきわめて広範囲で、一人の作家の想像力でとらえられるものではない。この状況への文学者の対処法として、あえて狭い世界を選び、そこでの変化を描き、漣かのように、他の作家と連作することが思い浮かぶ。作家の人数は極めて多くなければならない。世界に対する鳥瞰的=叙事詩的な視点は困難なので、局所的=抒情詩的なそれの集合体を提示するということだ。他にも、日々の報道・生活をめぐる思索を長期に亘って記していく方法もある。これにより影響の広範囲さだけでなく、時間に伴う変化を表わすことができる。パンデミックは変化の及ぶ範囲が広く、長期に続くので、それを文学として取り扱うには長大さが必要である。

 もちろん、雑誌の特集でこういう試みは難しいだろう。けれども、各紙の今回のそれでは事の重大さを示せていない。イマヌエル・カントが『判断力批判』において崇高を論じたように、見る者を圧倒する巨大さが要る。それは事の重大さを伝える量の可視化だ。失われた者は少なくない。変わったことは小さくない。そう経験した文学関係者は国内外に多いことだろう。その量を具現することが圧倒する特集となる。

 社会の中の文学という認知を持って普段から行動していれば、パンデミックに見舞われたからと言って、文学者として何ができるかなどと悩まないものだ。影響の広がりに驚き、未来が見通せないことに困惑し、この感染症の恐怖に怯え、死者を悼み、想像力の限界に打ちのめされたら、それを作家として書き、編集者として特集すればよい。社会がその尋常のなさを詠んだ時、圧倒され、パンデミック下にいることを改めて実感するものになるはずだ。

 夕食には、カルボナーラ、キャベツの酢漬け、野菜サラダ、モズクスープ、食後はアイスコーヒー。屋内ウォーキングは10143歩。都内の新規陽性者数は14人。
 
参照文献
「文芸誌が相次ぎ特集 文学作品にも新型コロナの影響」、『NHK』、2020年5月24日 6時18分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200524/k10012442631000.html?fbclid=IwAR3Tc1FOR1-LDYvee9Fg4MsKZzQ2ep6_G14nAv6sawJEtkSqc1jqJ3dPqsY

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