2020年5月2日

文字数 3,100文字

2020年5月2日
 夏のような暑さで、マスクを着けて外を歩くと、下唇の下に汗が溜まる。

 国際労働機関(ILO: International Labour Organization)の事務局長(Director-General)であるガイ・ライダー(Guy Ryder)が5月1日のメーデーに際して、朝日新聞にパンでミックと労働をめぐる論文を寄稿している。新聞を始め日本の報道機関は東アジア人以外の人物に言及する際、スペルを併記しないことが多い。読者が発展的に考えるため、それを記しておくべきだ。

 藤えりか記者が『朝日新聞』2020年5月2日 12時30分更新「ニューノーマルを問う メーデーにILO事務局長が寄稿」において次のように抄訳している。

 新型コロナ時代に私たちの多くが直面する大きな課題は、いかに自身や家族をウイルスから守り、仕事にしがみついていられるかだ。政策策定に携わる人々にとっては、いかに経済に取り返しのつかない打撃を与えずにパンデミックに打ち勝てるか、だろう。
 現在、ウイルスの感染者は世界全体で300万人を超え、死者は約21万7千人に達し、年の半ばまでに3億500万人相当の仕事が失われると予想されている。それだけに(課題を乗り越えられるかは)これ以上ない大きな賭けだ。各政府は、地球規模の課題に必要な地球規模の対応を築き上げるため、より大きな利益に目をつぶりつつ、最適解を求めて科学的知見に従い続けている。
 新型コロナへの戦いにまだ勝ってもいない中で、勝利後の社会組織のあり方や働き方について「ニューノーマル」が私たちを待ち受けている、と言われ始めているが、これには納得しかねる。なぜなら「ニューノーマル」がどんなものになるのか、誰にも断言できないように思えるうえ、発信されているメッセージは私たちが選び取ったものではなく、むしろ、このパンデミックが課した制約に影響を受けたものだからだ。
 これは以前も耳にしたことがある。2008~09年の金融破綻(はたん)の際にまるでムード音楽のように唱えられたのは、過剰な金融投資という「ウイルス」への「ワクチン」がひとたび開発・適用されれば、世界経済はより安全かつ公正で持続可能になるという説だった。だが、そうはならなかった。「オールドノーマル」が猛烈に復活し、労働市場の低層にいる人たちは、自分たちがより一層置き去りにされていると気づかされた。
 国際的な労働者の日である5月1日のメーデーは、「ニューノーマル」をより子細に考える機会となる。すでに多くを持つ人のためではなく、明らかにわずかしか持たない人たちのための、よりよいノーマルの構築に取り組み始める機会だ。
 今回のパンデミックは、働く世界において、とてつもない不安定さと不正義を最も残酷な形であらわにした。(途上国を中心に)働く人の10人中6人が頼みとする「非公式(インフォーマル)経済」の生計手段の破壊。最も裕福な国ですら、何百万もの人たちが困窮状態へと追いやられた社会保障制度の重大な欠陥。毎年300万人近くが仕事で命を落とす、職場の安全上の失策。そして、歯止めのきかない不平等。医学用語で言えば、ウイルスは感染者を区別しないが、最も貧しく無力な人たちを残酷にも差別している。
 これら全てにおいて驚くべきなのは、私たちがまさに驚いている点である。パンデミック以前は、ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の明らかな不足について、主として個人の絶望の物語として語られてきた。これを世界がいま直面する社会全体の大変革へと形づくるためには、新型コロナの大惨事まで待つこととなった。だが、常にわかっていたことだが、私たちはただ、注意を払わずに済ませてきた。作為、不作為にかかわらず、政策の選択は概して、問題を和らげるよりも強めてきた。
 キング牧師は52年前の暗殺前夜、ストライキ中のごみ収集作業員への演説で、あらゆる労働に尊厳があるのだと世界に思い起こさせた。今、ウイルスは同様に、このパンデミックにおいて必要不可欠で時に英雄的な役割を担う働き手に光を当てている。普段なかなか人目につかない、医療従事者や清掃員、スーパーのレジ係、運輸業界のスタッフといった人たちだ。彼らは非常にしばしば、ワーキングプアや不安定な労働者にも数えられてきた。彼らや、さらに何百万もの人たちの尊厳の否定は、過去の政策の失敗や、将来負うべき責任の象徴だ。
 来年のメーデーには新型コロナの差し迫った緊急事態が去っていると信じている。だが私たちの前には、気候変動やデジタル変革、人口動態の変化といった、もはや先延ばしできない恒常的な課題と共に、このパンデミックが光を当てた不公正に取り組む作業が待っているだろう。これこそがより良いノーマルとして、20年の世界的な緊急事態がもたらす長期的レガシー(遺産)となるべきだ。

 これは今回のパンデミックをめぐって思想家や作家などが発する予言者ぶったり、正常性バイアスに囚われたりする口調と違う。ライダー事務局長は社会に於ける自らの位置づけを認識しているので、労働問題からのみパンデミックについて考察している。それに比して、思想家や作家は自身の存在意義を示すために、主張が拡張的である。

 事務局長はこの時代における課題は、感染対策に加えて「いかに仕事にしがみついていられるか」だと指摘する。パンデミックはかねてより改善すべきとされてきた労働問題を増幅させている。これまで、それがわかっていたにもかかわらず、「私たちはただ、注意を払わずに済ませてきた。作為、不作為にかかわらず、政策の選択は概して、問題を和らげるよりも強めてきた」。ただ、このウイルスは「必要不可欠で時に英雄的な役割を担う働き手に光を当てている」。「医療従事者や清掃員、スーパーのレジ係、運輸業界のスタッフ」は人目につきにくく、「非常にしばしば、ワーキングプアや不安定な労働者にも数えられてきた。彼らや、さらに何百万もの人たちの尊厳の否定は、過去の政策の失敗や、将来負うべき責任の象徴だ」。

 ライダー事務局長はパンデミックによる「ニューノーマル」が「オールドノーマル」にとって代わるという見方にも慎重である。リーマン・ショックの時にも同様の楽観論があったが、「オールドノーマル」の強烈な巻き返しがあり、元の木阿弥に陥ってしまう。だから、「気候変動やデジタル変革、人口動態の変化といった、もはや先延ばしできない恒常的な課題と共に、このパンデミックが光を当てた不公正に取り組む作業が待っているだろう。これこそがより良いノーマルとして、20年の世界的な緊急事態がもたらす長期的レガシー」としなければならない。

 パンデミックを契機に世界が変わる、あるいは変えるのではない。その経験を通じて明らかになった諸問題を改善して「より良いノーマル」を築くべきとする提言は地に足がついている。仮装・現実空間に溢れる夜郎自大の言説とは異なっている。必要なのは予言者や長老ではない。社会的エンジニアだ。

 夕食には青梗菜のタイ風炒め、サバと豆腐の味噌汁、野菜サラダ、ウリの粕漬け、キュウリの古漬け、長芋の酢漬け。ウォーキングは10735歩。都内の新規陽性者数は160人。

参照文献
藤えりか、「ニューノーマルを問う メーデーにILO事務局長が寄稿」、『朝日新聞』2020年5月2日 12時30分更新
https://digital.asahi.com/articles/ASN5172Y1N51ULFA012.html?pn=2
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