2020年3月27日

文字数 3,302文字

2020年3月27日
 朝起きて、冷蔵庫に触れると冷たさを感じる。やたら咳こむ。ただ、倦怠感はない。味覚も嗅覚もいつもと変わらない。ただ、眼が痛い。体調が悪くなると、必ず眼の痛みがある。

 『日本書紀』にも疫病の記述がある。崇神(すじん)天皇5年に麻疹と思われる疫病が流行、人口の半分が亡くなったとされるが、詳細は不明である。記録された日本で最初の感染爆発は天平の疫病大流行である。これ]は『続日本紀』に記され、奈良時代の735年から737年にかけて発生した天然痘の流行で、100万人以上、すなわち当時の人口の4分の1以上が亡くなったとする推計もある。天然痘は735年に九州から始まり、その後、全国に感染拡大したとされる。平城京においても犠牲者が多数に上り、737年6月、朝廷の政務が停止に追いこまれる。権勢を振るっていた藤原四兄弟も全員病死している。また、農業を始め産業従事者も多く亡くなったため、経済活動も停滞する。政治や経済、社会に大きな影響を及ぼした流行は738年1月にようやく終息を迎えている。おそらく集団免疫が形成されたと思われる。

 天然痘の起源は定かではないが、考古史料や文献史料から古代エジプト文明の時代には流行が発生したと確認されている。また、トゥキディアスの『歴史』や『アル・クルアーン』の言及も知られている。

 天然痘は伝染力が非常に強く、致死率が高い病として人々に恐れられている。治癒した場合でも顔面に瘢痕が残るため、江戸時代には「美目定めの病」と言われている。日本では天平以来何度も流行が生じている。数世紀に亘ってエピデミックが繰り返され、10世紀頃からエンデミックと化したが──アイヌの間でも流行が起きている──、種痘伝来後も流行は続く。最後の流行は第二次大戦後の1946年で、およそ18000人発症、約3000人が死亡したとされる。1956年以降、国内での発生はない。

 天然痘は天然痘ウイルスによる感染症である。2本鎖DNA ウイルスで、オルソポックスウイルスに分類される。低温や乾燥に強く、エーテル 耐性であるが、アルコール、ホルマリン、紫外線で容易に不活化される。天然痘は致命率が20〜50%と高い大疱瘡(Variola Major) と1%以下と低い小疱瘡(Variola Minor) に分けられる。

 感染経路は飛沫・空気・接触などである。およそ12 日間(7〜16 日)の潜伏期間を経て、急激に発熱する。臨床症状は、厚生労働省戸山研究庁舎の『天然痘(痘そう)とは』によると、次のようなステージを辿る。

[前駆期]急激な発熱(39 ℃前後)、頭痛、四肢痛、腰痛などで始まり、発熱は2 〜3 日で40 ℃以上に達する。小児では吐気・嘔吐、意識障害なども見られることがある。麻疹あるいは猩紅熱様の前駆疹を認めることもある。第3 〜4 病日頃には一時解熱傾向となる。
[発疹期]発疹は、紅斑→丘疹→水疱→膿疱→結痂→落屑と規則正しく移行する。発疹は顔面、頭部に多いが、全身に見られる。水疱性の発疹は水痘の場合に類似しているが、水痘のように各時期の発疹が同時に見られるのではなく、その時期に見られる発疹はすべて同一であることが特徴である。
 水疱に臍窩が見られるのも水痘との相違点であり、かつて「ヘソがあるのは天然痘、ヘソのないのは水ぼうそう」と伝えられた。第9 病日頃に膿疱となるが、このころには再び高熱となり、結痂するまで続く。また、疼痛や灼熱感が強い。痂皮形成後に熱は下降するが、疼痛は続き、嚥下困難、呼吸障害なども見られる。治癒する場合は2〜3 週間の経過であり、色素沈着や瘢痕を残す。
 痂皮が完全に脱落するまでは感染の可能性があり、隔離が必要である。
 致死率はvariola major では20〜50%、variola minor では1%以下である。死亡原因は主にウイルス血症によるものであり、1週目後半ないし2週目にかけての時期に多い。その他の合併症として皮膚の二次感染、 蜂窩織炎、敗血症、丹毒、気管支肺炎、脳炎、出血傾向などがある。出血性のものは予後不良となりやすい。

 天然痘が失明の原因になることもある。伊達政宗は症状が眼に現われ、右目を失明、後に「独眼竜」と呼ばれることになる。

 疫病が流行すると、奈良時代の人々はその原因を為政者に問題があるためと捉えている。『日本書紀』の疫病の記述でも、天皇が流行の原因を自身の統治のせいではないかと思って居る。天平の大流行の際、聖武天皇の命により745年から奈良の大仏の制作が始まり、752年に開眼供養会が行われている。また、疫病は農民を始め生産に従事する人たちの数を激減、朝廷は税の免除をせざるを得なくなる。さらに、生産量を増加するために、インセンティブとして農民に土地の私有を認める「墾田永年私財法」を施行する。

 疫病の流行が為政者の資質にあるという考えは近代では否定されている。ただ、為政者の認知行動が感染拡大の抑制・促進に影響を及ぼすことは確かであろう。新型コロナウイルスの流行の初期において為政者がそれについてどのように認知し、いかに行動するかはその後の感染状況を左右している。大きな権限を持つ政治指導者がこの問題をめぐり無能で、無責任、無関心であるならば、拡大抑制の機会を取り逃がすことになる。そもそも奈良時代においてさえ、統治担当者は疫病による国内総生産の低下に際して税の免除や優遇措置をとっている。福祉国家を経験した現代の政府が補償を十分に用意しないとしたら、革命が起きてもおかしくない。

 天然痘は人類が唯一根絶した感染症である。ただ、英国のエドワード・ジェンナーの種痘により天然痘の予防法が確立したものの、その実現にはなかなか至らない。それを可能にしたのは『天然痘(痘そう)とは』によると、「サーベイランスと封じ込め」という次のような方法である。

 1958 年世界天然痘根絶計画が世界保健機構(WHO)総会で可決された。当時世界33 カ国に天然痘は常在し、発生数は約2,000 万人、死亡数は400万人と推計されていた。ワクチンの品質管理、接種量の確保、資金調達などが行われ、常在国での100%接種が当初の戦略として取られ た。しかし、接種率のみを上げても発生数は思うように減少しなかったため、「患者を見つけ出し、患者周辺に種痘を行う」という、サーベイランスと封じ込め (surveillance and containment)に作戦が変更された。その効果は著しく、1977年ソマリアにおける患者発生を最後に地球上から天然痘は消え去り、その後2年間 の監視期間を経て、1980 年5月WHO は天然痘の世界根絶宣言を行った。その後も現在までに患者の発生はなく、天然痘ウイルスはアメリカとロシアのバイオセイフティーレベル(BSL)4の施設 で厳重に保管されている。

 これは今回のパンデミックでも採用されている。しかし、感染経路不明が多くなっては、クラスター対策には限界がある。「クラスター(Cluster)」には内的秩序が曖昧な群れや集合の意味がある。小さな爆弾を集めて一つにした兵器を「クラスター爆弾」と呼ぶが、集合ではあるけれども、そこに明らかな秩序を見出すことができない。コンピュータのクラスター・ネットワークは、接続していても、ループ型やスター型、メッシュ型のような明確な秩序が認められないそれである。ただ、つながっていなければ、クラスターとして把握することはできない。

 夕食はラッキョウを添えた和風カレー、野菜サラダ、卵スープ。買い出しも含めてウォーキングは10180歩。都内の新規陽性者数は63人。

参照文献
吉川真司、『天皇の歴史2 聖武天皇と仏都平城京』、講談社学術文庫、2018年
岡部信彦、『天然痘(痘そう)とは』、厚生労働省戸山研究庁舎、2001年
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/445-smallpox-intro.html

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