2020年5月25日

文字数 2,630文字

2020年5月25日
 日本政府は5月31日に予定していた緊急事態宣言の解除を今日に前倒しする。とは言うものの、完全に終息したわけではない。スペインかぜの時には3年を要しているのだから、それくらいは覚悟しておくべきだろう。

 新型コロナウイルスは、インフルエンザ同様、RNA型で、変異して感染力や毒性も変化する可能性がある。不明な点が多いが、変異によりさらにそれが増すかもしれない。ワクチンが開発されても、楽観視は禁物だ。重症化したり、後遺症が残ったりするので、2019年水準にいきなりではなしに、様子を見ながら徐々に行動を戻していくことになる。経済活動の制限も完全に緩和されることもなく、巣ごもり生活もそれに合わせてやりくり状態が続くように思える。

 以前より日本の中央・地方政府が一度決めた判断を覆さないのは、彼らが無責任だからだとされてきたが、このコロナ禍でその理由が明らかになっている。それは元々の決定に合理性が乏しいからだ。合理的論拠があれば、状況が変わった際でも、それに基づいて検証可能だから、変更・中止ができる。しかし、最初からないのだから、正当化するために、非合理的な言い訳を繰り返し、決定が維持される。

 政府の対策をめぐってメディアを通じて「エビデンス」をしばしば耳にする。これは定量的・実証的データとして用いられることが多いが、厳密には、インパクトファクターの大きい学術誌に掲載された論文に基づくことを意味する。しかし、「エビデンス」は、今回の政策活用の場面において、政治学者のキャロル・H・ウェイス(Carol H. Weiss)による研究活用モデルで言うと、「政治的モデル(The Political Model)」や「戦術的モデル(The Tactical Model.)」のレトリックとして用いられている。前者は政治的に特定の立場を支持・反対するために利用されるモデルである。また、後者はその知見よりも研究が行われている事実のみが重要とされるモデルだ。政府とその専門家会議の見解がそれの擁護の際の「エビデンス」は、少なからず、この二つのモデルのレトリックである。

 NHKは、2020年5月25日6時53分更新「米紙『計り知れない喪失』新型コロナ死者の氏名など掲載 において、パンデミックのただ事ではないことをもっともよく物語るNYT紙の記事について次のように伝えている。

新型コロナウイルスへの感染による死者の数が10万人に迫るアメリカで、有力紙ニューヨーク・タイムズは、24日付けの紙面の1面いっぱいに「計り知れない喪失」という見出しで亡くなった人の氏名や人物紹介を掲載し、事態の重大さを伝えています。
アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の集計によりますと、アメリカでは新型コロナウイルスの感染者は世界最多の163万人、死者も9万7000人を超えています。
有力紙ニューヨーク・タイムズは、24日付けの紙面の1面に「アメリカの死者10万人に近づく。計り知れない喪失」という見出しをつけ、ウイルスに感染して亡くなった人、1000人分の氏名や年齢などを掲載しました。
亡くなった人の情報は地方紙の訃報などから集めたということです。
リストの中には「笑みを絶やさないひいおばあちゃん」とか「魔法の天才として知られた数学者」と紹介文が記されていたり、「生涯を社会奉仕にささげた」といった感謝のことばが添えられたりしていて、故人をしのぶ内容になっています。
ニューヨーク・タイムズは「この1000人はアメリカの死者数の1%にすぎないが、一人一人の死は単なる数字ではない」として、いかに多くの人がウイルスによって命を落としたか、アメリカが直面する事態の重大さを改めて伝えようとしています

 新型コロナウイルス禍をめぐりこれほど「重大さ」を具体的に表わした記事はない。言うまでもなく、こうした試みは初めてではない。HIV禍を扱ったTVドラマ『ノーマル・ハート(The Normal Heart)』(2014)のラストにおいても犠牲者のリストが流れている。それを踏まえているからこそ、「ニューノーマル(New Normal)」と言われる時代に「重大さ」をよく物語る。

 死者は各々名前を持っている。固有名詞は唯一単独なものを示すので、普通名詞と違い、加算することができない。「志村けん」と「岡江久美子」を足すことは不可能である。しかし、死者という普通名詞として扱うならば、2人と足し合わせることができる。「使者」と言う普通名詞がいつどこで生まれたのかはわからない。けれども、「志村けん」や「岡江久美子」という固有名詞がいつどこで生まれたかを知ることができる。そこには人生がある。

 NYT紙は死者と言う普通名詞ではなく、各々を固有名詞として扱う。加算することができないので、名前がページを埋め尽くし、あふれ出しそうだ。その視覚的効果により事の「重大さ」が目にする者に印象づけられる。この光景に圧倒され、パンデミックが公共の問題と気づく。その時、死は私的ではなく、公的なものになる。日本の文芸誌に欠けているのがこの公共性の認識である。

 夕食には、青椒肉絲、野菜サラダ、カボチャのヨーグルトサラダ、麻婆豆腐スープ、食後はウコン茶。屋内ウォーキングは10122歩・都内の新規陽性者数は8人。

参照文献
Weiss, C. H. ‘The many meanings of research utilization’. ”Public Administration Review”. 1979, vol. 39, no. 5, p. 426-431.
「米紙『計り知れない喪失』新型コロナ死者の氏名など掲載」、『NHK』 、2020年5月25日6時53分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200525/k10012443381000.html?fbclid=IwAR3aEHcjE18-OBsaxxXD1O5_qqfholSXNlEQGdx9Eih-9Fg4DakxxigsxP4
延広絵美、「緊急事態宣言を全面解除、東京など5都道県で7週間ぶり」、『ブルームバーグ』、 2020年5月25日 20時37分更新
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-05-24/QAQ0TNT1UM0Y01
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