2020年4月21日

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2020年4月21日
 江渕崇記者の『朝日新聞』2020年4月21日 5時46分更新「NY原油先物、史上初のマイナス コロナで供給過剰に」によると、20日のNY商業取引所で、米国産WTI原油の5月物の先物価格が1バレル当たりマイナス37.63ドルと史上初めてマイナス価格で取引を終える。想像を超える現実を毎日目の当たりにしている。文学を含め、このパンデミックを先取りしていたフィクショナルな創作はない。断片を捉えたことはあっても、感染症流行によるこれほどの相互依存を描いたものは少ない。

 大治朋子記者が『毎日新聞』2020年4月21日更新「首相との社会的距離」においてジョン・ミューラーの”Rally 'round the flag effect”に言及している。この”rally“は名詞で、意味はいくつかあるが、そこに「政治集会」がある。米選挙をめぐるニュースの際に言及される「選挙集会」の原語が”rally”だ。彼女は「国旗のもとにはせ参じる現象」と訳しているけれども、直訳するなら、「国旗政治集会効果」である。国難に直面すると、人々の愛国心が高まり、政治指導者の支持率が高まるという説である。

 オハイオ州立大学教授ジョン・ミューラー(John Mueller)は、1970年、 「トルーマンからジョンソンまでの大統領の人気(Presidential Popularity from Truman to Johnson)」を『アメリカン・ポリティカル・サイエンス・レビュー(American Political Science Review)』 に発表する。

 国家がピンチに立たされると、国民は政治指導者へのコミットメントを高くすると彼は主張し、それに至る過程を4段階で説く。まず、国民は危機的状況において極度の不安に陥る。そのため、リーダーや政権に自分たちを守る役割を期待する。すると、愛国的感情が高まる。結果、愛国的な団結や連帯のシンボルとしてのリーダーの存在感が増し、国民による支持率が上昇する。

 教授の挙げた例でなく、この30年間を見てもうなずける。1981年の湾岸戦争の際、ジョージ・ブッシュ大統領の支持率は59%から89%、2001年の9・11ではジョージ・W・ブッシュ大統領は50%から90%にそれぞれ急騰している。また、2011年の東日本大震災の時も、ヨレヨレだった菅直人内閣の支持率が一時的に上昇している。

 ところが、新型コロナウイルス禍において安倍晋三内閣の支持率が低迷していると大治記者は次のように述べている。

 英エコノミスト誌(4月15日付電子版)が引用した米世論調査会社のデータによると、世界保健機関(WHO)がパンデミック(世界的大流行)を宣言した3月11日からの約1カ月で、G7首脳のうち支持率上昇のトップはカナダのトルドー首相で18ポイント増。以下、感染で入院したジョンソン英首相が14ポイント、メルケル独首相が約12ポイント、マクロン仏大統領が8ポイントと続く。トランプ米大統領も、数ポイントだが上昇している。
 データに「医療崩壊」したイタリアの首相の支持率は含まれていないが、各種世論調査によるとやはり上昇傾向だ。なのに安倍首相は数ポイントの「悪化」(エコノミスト)である。

 その理由は先の説明から求められるだろう。国民は危機的状況において極度の不安に陥る。ところが、お粗末な行動を続けるリーダーや政権に自分たちを守る役割を期待できない。すると、自分のことは自らで守るほかないという認知が高まる。結果、団結や連帯のシンボルとしてのリーダーの存在感が減り、国民による支持率が下落する。

 安倍首相の支持率は下がっている反面、その体たらくを補う行動を見せる首長のそれが上がっている。実態はともかく、小池百合子東京都知事や吉村洋文大阪府知事の人気が上昇しているとマスメディアが伝えている。彼らはマスメディアが頻繁に取り上げられることを承知の上で自己顕示欲旺盛に行動し、住民もそれを見て支持率を高めている。この二人と比べて、陽性者数0を続けているにもかかわらず、実直に仕事を続ける達増拓也岩手県知事を全国網のマスメディアはさほど注目しない。全国網の実態は大都市網のことでしかない。

 なお、国旗政治集会効果は概して一時的な現象である。高支持率は長続きしない。ブッシュ父は再選ならず、その子は2期目の末期に22%という記録的低支持率に陥っている。また、菅内閣も3・11発生から半年余り後の9月に退陣に追いこまれている。「国旗政治集会効果」は「吊り橋理論(Misattribution of arousal)」と似たようなものだ。今高支持率の各国首脳もそれが長続きするとは限らない。

 原意は「覚醒の誤報」だが、日本では、「吊り橋理論」や「吊り橋効果」として知られている。カナダの社会心理学者ドナルド・ダットン(Donald Dutton)とアーサー・アロン(Arthur Aron)が1974年に『生理・認知説の吊り橋実験(Some evidence for heightened sexual attraction under conditions of high anxiety)』を発表する。従来、感情は出来事の解釈として生じる反応と考えられている。しかし、彼らは出来事から感情が生じた後に、その解釈をすることもあるというスタンレー・シャクター(Stanley Schachter)とジェローム・シンガー(Jerome Singer)の情動二要因論(Two-Factor Theory of Emotion)の実証実験に取り組む。

 魅力的な人に出会って魅了され、ドキドキするようになるのが従来の恋心の流れである。一方、情動二要因論は魅力的な人に出会い、ドキドキするから、自分は恋に落ちたと思うとする。彼らはこのドキドキの状況を用意すれば、そうでない時に比べて、恋心を抱きやすいのではないかと次のような実験を試みる。

 ダットンとアロンは、18歳から35歳までの独身男性を集め、吊り橋と架け橋の2か所で実験を行っている。被験者がそれぞれ橋を渡っていると、中央で同じ若い女性が突然アンケートを求め話しかける。その際、彼女は結果に関心がある場合には後から電話をしてもかまわないと彼らに伝える。吊り橋においては18人中9人が電話をかけたのに対し、架け橋では16人中2人にとどまっている。前者は2分の1、後者は8分の1の割合である。揺れる橋を渡ることで生じたドキドキ感を女性への恋愛感情と誤認してより電話をかけたのではないかとダットンとアロンは結果を解釈している。

 これには、言うまでもなく、反論もある。ただ、デートの際、相手の恋愛感情を強めるためにジェットコースターやホラー映画に誘うなどは巷でかねてより行われている。また、災害など危機的状況を共有した二人がそれをきっかけに結ばれるという話も映画ではお馴染みである。恋の吊り橋理論は日常的経験から見て決して突飛とは思えない。

 しかし、ドキドキ感が相手ではなく、状況によるものであるとするなら、その恋愛感情は冷めるのも早いだろう。実際、恐怖から解放されて冷静になれば、相手の粗も見えてくる。結局、その恋愛関係は往々にして長続きしないだろう。

 国旗政治集会効果も同様だ。危機から解き放たれたら、国民は落ち着いた精神状態になって政治指導者や政権について評価する。ピンチの時の判断にしても、もっと効果的な振る舞いができたはずだと国民は否定的に見るようになる。かくして人心はリーダーから離れていく。

 夕食はエビチリ、小豆のチリコンカン、野菜サラダ、卵のキムチスープ、ゴボウのナムル、ニンジンのナムル、食後はコーヒー。屋内ウォーキングは10171歩。都内の新規陽性者数は123人。

参照文献
森津太子、『現代社会心理学特論』、放送大学教育振興会、2015年
江渕崇、「NY原油先物、史上初のマイナス コロナで供給過剰に」、『朝日新聞』、2020年4月21日 5時46分更新
https://www.asahi.com/articles/ASN4P1T6PN4PUHBI002.html
大治朋子、「首相との社会的距離」、『毎日新聞』2020年4月21日更新
https://mainichi.jp/articles/20200421/ddm/002/070/048000c
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