2020年3月30日

文字数 2,320文字

2020年3月30日
 朝、咳が出る。ただ、眼の痛みはなくなっている。咳が出なくなった頃、iPhoneに、突然、次のような『NHK』の速報の通知が表示される。

コメディアンの志村けんさん死去 新型コロナ感染で肺炎発症
2020年3月30日 9時48分
新型コロナウイルスに感染して肺炎を発症し、入院して治療を受けていたコメディアンの志村けんさんが、29日夜、東京都内の病院で亡くなりました。70歳でした。

 志村けんの新型コロナウイルス感染症による死はスペインかぜにおける島村抱月のそれに匹敵する。18年11月6日『朝日新聞』は、劇作家の島村抱月の死去を多くの紙幅を割いて伝える。その際、臨終に間に合わなかったことを嘆く松井須磨子のコメントなどを掲載している。2カ月後の19年1月6日付同紙面は、「抱月氏の後を追うて 美しく化粧して縊死」と須磨子の自殺を報じる。

 志村けんが1974年4月に正式メンバーとして加わったことは、ドリフにとって決して望ましい事ではない。ドリフはバンドで、メンバーは各々担当がある。彼らはバンドとして曲を演奏するように、役割分担してコントを演じている。しかし、志村は他のメンバーとの兼ね合いがよくない。

 ドリフは、ベース担当のいかりや長介がノッポで、怒りん坊のリーダー、ボーカルとサイドギターの仲本工事は身のこなしが軽く、計算高いメガネ、リードギターの高木ブーは、のんびりしていて、言葉数の少ないデブ、キーボードの荒井注は天邪鬼で、ふてぶてしいハゲ、ドラムの加藤茶は明るくかわいいチビという5人組である。リズムセクションのいかりや長介と加藤茶が中心に、他の3人が彩を添えてコントを展開するのがドリフの笑いだ。

 そこから荒井注が抜けて志村けんが加わる。ところが、志村が演奏できる楽器はギターである。他のメンバーより若いくらいで、外見に特徴がなく、性格も曖昧である。当然、子どもたちからの人気もない。だが、それはドリフにとっても生き残れるかどうかの危機でもある。

 ドリフは従来のバンドとしてのバランスを崩し、志村をおどけた道化として中心に据える。コメディアンとしての志村は、センスと言うよりも、努力を続けて力をつけている。 彼には、加藤茶のように、くしゃみ一つだけでお客を笑わせることなどできない。志村はギャグに頼らざるを得ず、ドリフの笑いのスタイルも変わっていく。

 志村は、ボケとツッコミで言うと、後者であって、前者ではない。それは沢田研二と2人で演じるコントから明らかだろう。ボケるジュリーに志村がツッコんで笑いを誘う。けれども、ドリフにはいかりやというツッコミ役がいる。加藤と並んで志村はボケ役を演じるが、流れとしては難しい。ギャグに頼るのも、彼が不向きなボケ役をやらざるを得ないせいでもある。志村を中心に据えると、加藤と2人だけでかまわないということになってしまう。

 『全員集合』はかくして終わりを迎える。他方、コントを5人1組で演じる必要がない『ドリフ大爆笑』はその終了後も続いていく。

 志村は必ずしもコメディアンとして役幅が広くない。うさん臭さや品のなさ、零落さを利用する役柄が最も合っている。「オカマ」と呼ばれる偏見に負けない医者やなんだかんだと注文をつけてCM撮影を続けるディレクター、大部屋俳優に階段落ちの演技指導をする映画監督、自宅の屋上でビヤガーデンを始めた爺さん、死にそうな芸者などはまり役は彼以外考えられない完成度がある。

 そのため、コントの際の相手方も絞られる。女性であれば、概して、明るめで気の強い年下である。松田聖子や研ナオコ、松本伊代、石野陽子などがそれに当たる。落ち着いていたり、弾けるように明るかったり、色っぽかったりする女性とは合わない。

 志村はモテない小学生の男子が好きな女子にしたい願望を実現するようなパフォーマンスをしばしば見せる。それは女性にとって気持ちのいいことではない。志村は、コントの際に、セクハラをすることも少なくない。『ドリフ大爆笑』の中で、志村と小柳ルミ子が門限を過ぎて女子寮に帰って来たというコントがある。志村がルミ子を肩車するシーンがあるが、彼女はそこでは彼のセクハラ傾向を非難している。ちなみに、ドリフの他のメンバーにはそうした傾向が必ずしも認められない。

 志村けんの歴史的意義は彼がコントのコメディアンに徹したことである。その上で、彼は子どもから高齢者、日本語を解さない外国人に至るまで楽しめるコントの伝統をテレビや舞台で途絶えないように努力している。

 志村けんは映画やドラマのシリアス俳優としての出演を断り続けている。当然の判断だ。彼はコントを披露するコメディアンである。出演拒否を惜しむ人もいるが、それはコントを映画やドラマよりも下に見る認識にすぎない。批評家に対してなぜ小説を書かないのかと尋ねることと同様に、失礼だ。率直に言って、子どもから高齢者、外国人を楽しませるコントを演じられるコメディアンは性格俳優よりも数少ない。むしろ、志村けんのレガシーの継承に取り組んだ方がよい。

 「コントに死す」──それが志村けんの姿である。数としてでなく、彼を含め犠牲者を悼む。

 夕食はジャスミン米のキーマカレー、ゆで卵、キャベツの酢漬け、野菜サラダ、食後はコーヒー。屋内ウォーキングは10229歩。都内の新規陽性数は13人。

参照文献
「コメディアンの志村けんさん死去 新型コロナ感染で肺炎発症」、『NHK』、2020年3月30日 9時48分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200330/k10012357011000.html
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