第63話 葬式にて

文字数 750文字

 暗い葬式の最中、雲仙はやるせなさを感じる。誰もが下を向いて、沈鬱とした空気。雲仙の焼香の番。雲仙は、安住の遺影と向き合っている。

 ああ確かに、人を変えることはできない。だからそこに余計な干渉をしたりするのは、真理として間違っている。自己満足。自己責任。安住が死んだのも、飛び出した猫を助けようとした自己満足、自己責任による選択の結果に過ぎない。それによっていま葬式の会場は、こんなにも暗い空気で、これからどうなるのかは分からないが、とりあえず、悲しみに暮れているだけ。それも人々の自己満足、自己責任の選択だ。

雲仙はそう考える。しかし、そうであるはずなのに、なんだろう、このやるせなさは。完全に、それは自己満足、自己責任に過ぎない、と自分から遠ざけて考えることができない。

 俺は、最善を尽くしたのだろうか。

 雲仙は、安住の遺影に問う。安住英雄。英雄と言われた人間。

 人を変えることはできない。それは真理としてある。しかし安住、お前はきっと、最善を尽くした。それで、ある程度まで来た。人々に多大な影響を与えた。本来の願った形ではないが、街は良くなった。

 お前は、英雄だ。

 かつての英雄の姿。列席者は涙ながらに、それを見る。しかしその中で一人だけ、この雲仙観という男は、その遺影をほとんど睨むようにして、一度、力強く頷いてみせる。雲仙の中で、力強い血流がドクドクと流れる。雲仙は超然と、冷静に立っている。

 人を変えることはできない。しかしその中で俺も、お前みたいに最善を尽くす。それが失敗したとしても、最善を尽くす。

 ここで泣いている者が皆、英雄になれるように。そして度外視してきた人間も、英雄になれるように。誰もこぼさない。誰も置いて行かない。皆が英雄になる。俺も英雄になる。

 雲仙は、そう強く決めた。
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