第27話 青い目の男

文字数 1,742文字

 佐賀は丸椅子に座ったまま、眼力を強めて言った。そのとき、佐賀の区画に訪れていた楽しいデート中の若い男女二人は、喋っていた会話を止めて異様な雰囲気の二人をチラ、と見た。彼氏の方は、女の手前もあってか、あからさまに嫌悪した。

「すみません。急に話しかけてしまって」

 ここは、大型ショッピングモールの二階にあるテナントだ。ジャンルを問わない六人の絵描きが、テナントの中にそれぞれ区画を与えられて、そこに作品を展示するという個展のイベント。ふらっと訪れた客はそれぞれ区画を巡って、その作者による作品を鑑賞したり、作者と話したり、あるいは気に入れば購入できるという趣旨でやっている。

「どうでもいいが買うなら買っていい。見るだけだったら出来るだけ早くどこかへ行ってくれ。眠りの邪魔だ」

 声を抑えることなく佐賀は青い目の男に言う。デート中の若い男女二人にそれが聞こえると、男の方は真顔で女の手を取ってその場を離れた。こんな奴と彼女を同じ空気に居させたくない。その男の行動について佐賀はそう感じたが、そう、すまないけど俺もお前らをここに居させたくないんだわ、とそれに対して共感する。

「買う気はあります。ただ、買うためには見ないといけません。そうでしょう?」
 佐賀はとりあえずその言い分には納得して鼻で一つ息を吹き、座ったまま目を閉じた。その頃、完全に昼夜逆転の生活をしていた佐賀は、すぐまどろみに入る。

 ——目を覚ます。
 ——また誰か来た。
 ——早く帰れ。
 まどろむ。
 ——目を覚ます。
 ——うるさいな。子供は来るな。
 まどろむ。
 ——ショッピングモールは、これだから嫌いなんだ。
 ——目を覚ます。
 まどろむ。

 ——。

 うとうとと、まどろみと気づきを繰り返していると、佐賀はあるとき急に眠気がストンと落ちていって、それで左手の腕時計を見た。

 五時五十分、か。

 そろそろ閉店だな、と思いつつ大きなあくびを噛み殺して腹筋の伸びをしていると、真剣な顔で絵を見ている男が涙目に映った。

「どうだ」

 佐賀が話しかけたのは、偶然と言えば偶然のことだった。たまたまその状況で、近くにその男一人しかいなくて、起きてスッキリした状態で、話しかけてみただけのことだった。

「あと十年欲しいですね」
 青い目の男は絵を見ながら、綺麗な日本語で一言、そう言った。

「おおすまない。日本語は通じないか」
 どうだい、と聞いたのに対してよくわからない返答をしてきた青い目の男に、佐賀はそんな皮肉を返す。しかし、青い目の男は真剣な顔つきで、黙って一枚の絵をじっと見ている。見た目、歳は佐賀の二倍ほど上みたいだが、そのときの佐賀の不作法などは芸術家という生き物の習性の一つであるとして、気にも留めていないようだった。

「もう閉店だ、六時に。ここのスタッフはうるさい」
 じっと一枚の絵を見続けている青い目の男に佐賀がそう言うと、男はスーツの肘をサッと引いて腕時計を確認する。
「あと九分あります。本当にこれは、君が描いたのでしょうか」
 青い目の男は、真剣な顔つきと声で佐賀にそう聞いた。佐賀はそれに対して、「それだけじゃない。なんと、ここにある絵はすべて俺が描いたんだ」と大袈裟に言ってみせる。

 青い目の男は、区画の壁に所狭しと飾られている作品へと視野を広げた。それは本当に、視野が広がる、という形容がピッタリだと、男の目を見ていて佐賀は感じた。

「どうやって描いたのですか?」
 青い目の男は、それまでじっと見ていた一枚以外にも次、次へと視線を向けていく。
「センスだ。とにかく良い作品をつくる、そのためにこれまで見た作品、経験した出来事のうち、自分のセンスにフィルターをかけて出来上がる」
「形式は何でしょう?」
「それもセンスだ。形式なんてものは、センスある奴の結果論に過ぎない」
 佐賀の絵の特徴は、日本的なわび、さびを緻密で現代的なポップに昇華させているところにある。

「現代の浮世絵師」

 青い目の男は、ポツリとそう言った。

「ああ、確かに浮世絵っぽいな。俺の絵は」
 青い目の男は、なおも次々に作品へと目を向けていく。
「あと十年はほしいです。ここにある全ての絵を理解するために」
「ここに時間は売ってない。買えるのは絵だけだ」
 閉店までは、あと五分だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み