第55話 仕事だ、これは
文字数 1,554文字
同じ時間、同じ場所に現れるはずのヘロを待って、佐賀は喫茶アズミの店内の、奥の方に座っている。
今日で四日連続。
既に、英雄というのは場所と時間をきっちり守ると分かっている佐賀にとって、一度目ならず二度目までも現れないとあらば諦めて英雄を探す別の方法を考えるべきだが、佐賀は飽きもせず今日で四度目、喫茶アズミで英雄が現れる姿を待っている。
時刻は八時二十分。
佐賀は黒くて不味い汁を飲む。
今日もヘロは来ない。
佐賀はモーニングを食べ終わり、今朝の結論を出して立ち上がる。
「ごちそうさまです」
カウンターでせわしなく調理をしている喫茶女房に手が空いたのを見計らって、佐賀はレジへとやってくる。今朝はどうやら、いつもより客の入りが多いみたいだ。
「ありがとうございます。お会計が——」
喫茶女房が気づくと、こちらにやってきて会計をする。この前、佐賀が一人でここに来た日、ポカンと魂が抜けたような空虚さでカウンター内に座っていたのを、その裏返しとして佐賀は思い出す。
「今朝は忙しいみたいですね」
お金のやり取りの間、佐賀がそう言うと喫茶女房は、「おかげさまで」と返す。
「そういえば」
と佐賀は、自分の口が動いてみて、聞いていいものか、と躊躇するところがあった。しかし、すぐさまそれを心の中で取り払って、「最近はヘロは来ないみたいですね」と言った。佐賀の心に刺さっている何かが、震える。
「ヘロ……ああ、そうですね」
喫茶女房は、佐賀が思っていたよりも意味ありげな返し方をしてきた。聞かれたくないことを聞かれてしまいそうなときの表情だ。佐賀はしかし、そこで「何かご存じですか?」と聞いてみた。心に刺さっている何かが震える。そう、これは、仕事だ。
「いえ……」
明らかに困っている喫茶女房だったが、佐賀はそこで下がるわけにいかない。
——すいませーん。
他の客から、声がかかった。既に会計を終えているので、喫茶女房はそこで目線を近くの下に落とし気味に「すみません」と細々しく言って、その場を離れた。会計はもう終わっている。
「また来ます」
逃げようとする者に釘を刺すように、佐賀はそう言った。佐賀は自分がいま、この喫茶女房からすれば恐ろしい存在なのかもしれないと思った。しかしそれがなぜなのかは分からない。その背中は瞬間的にビク、と跳ね、恐怖のためかそこから目を背けるように、決して佐賀を振り向かない。仕事だ、これは。
ちょっと時間が空いたので散歩していたら、佐賀は、ゴミを拾った。
煙草の吸い殻。
佐賀はちょっとそれを、摘まんでまじまじと見てみる。この街では落ちていることの少ないゴミだ。
この街がなぜ綺麗なのか。それはゴミを拾う人間がいるから、ということもあるが、根本的には、ゴミを捨てる人間がいないから、ということだと佐賀は思っている。ヘロという存在が、その抑止力になっているのだろう。
それを路上に戻すわけにもいかないのでどこかにゴミ箱はないかと、吸い殻を摘まみながら歩いているとコンビニに行き当たった。自動ドアを抜けて入って、摘まんでいるゴミを可燃ごみのゴミ箱に入れる。
——ヘロがいなければ?
ゴミがごみ箱に入るとき、ふと、佐賀はそう思った。
自動ドアを抜けて外に出る。耳の裏に——ありがとうございましたー——と聞こえてくる。
俺は落ちているゴミを拾って、わざわざゴミ箱を探す、という行為をするだろうか。
——しないだろうな。
二秒考えて、佐賀はそう思った。
同時に、この街に越してきて数ヶ月、自分もこの街の住人になってきたのではないかということを思った。
英雄のいる街。
しかし、ヘロと合った時間は、ほとんどと言っていいほどない。見かけることもない。
俺の中に英雄が宿る。
佐賀はこのとき、そんなことを思った。
今日で四日連続。
既に、英雄というのは場所と時間をきっちり守ると分かっている佐賀にとって、一度目ならず二度目までも現れないとあらば諦めて英雄を探す別の方法を考えるべきだが、佐賀は飽きもせず今日で四度目、喫茶アズミで英雄が現れる姿を待っている。
時刻は八時二十分。
佐賀は黒くて不味い汁を飲む。
今日もヘロは来ない。
佐賀はモーニングを食べ終わり、今朝の結論を出して立ち上がる。
「ごちそうさまです」
カウンターでせわしなく調理をしている喫茶女房に手が空いたのを見計らって、佐賀はレジへとやってくる。今朝はどうやら、いつもより客の入りが多いみたいだ。
「ありがとうございます。お会計が——」
喫茶女房が気づくと、こちらにやってきて会計をする。この前、佐賀が一人でここに来た日、ポカンと魂が抜けたような空虚さでカウンター内に座っていたのを、その裏返しとして佐賀は思い出す。
「今朝は忙しいみたいですね」
お金のやり取りの間、佐賀がそう言うと喫茶女房は、「おかげさまで」と返す。
「そういえば」
と佐賀は、自分の口が動いてみて、聞いていいものか、と躊躇するところがあった。しかし、すぐさまそれを心の中で取り払って、「最近はヘロは来ないみたいですね」と言った。佐賀の心に刺さっている何かが、震える。
「ヘロ……ああ、そうですね」
喫茶女房は、佐賀が思っていたよりも意味ありげな返し方をしてきた。聞かれたくないことを聞かれてしまいそうなときの表情だ。佐賀はしかし、そこで「何かご存じですか?」と聞いてみた。心に刺さっている何かが震える。そう、これは、仕事だ。
「いえ……」
明らかに困っている喫茶女房だったが、佐賀はそこで下がるわけにいかない。
——すいませーん。
他の客から、声がかかった。既に会計を終えているので、喫茶女房はそこで目線を近くの下に落とし気味に「すみません」と細々しく言って、その場を離れた。会計はもう終わっている。
「また来ます」
逃げようとする者に釘を刺すように、佐賀はそう言った。佐賀は自分がいま、この喫茶女房からすれば恐ろしい存在なのかもしれないと思った。しかしそれがなぜなのかは分からない。その背中は瞬間的にビク、と跳ね、恐怖のためかそこから目を背けるように、決して佐賀を振り向かない。仕事だ、これは。
ちょっと時間が空いたので散歩していたら、佐賀は、ゴミを拾った。
煙草の吸い殻。
佐賀はちょっとそれを、摘まんでまじまじと見てみる。この街では落ちていることの少ないゴミだ。
この街がなぜ綺麗なのか。それはゴミを拾う人間がいるから、ということもあるが、根本的には、ゴミを捨てる人間がいないから、ということだと佐賀は思っている。ヘロという存在が、その抑止力になっているのだろう。
それを路上に戻すわけにもいかないのでどこかにゴミ箱はないかと、吸い殻を摘まみながら歩いているとコンビニに行き当たった。自動ドアを抜けて入って、摘まんでいるゴミを可燃ごみのゴミ箱に入れる。
——ヘロがいなければ?
ゴミがごみ箱に入るとき、ふと、佐賀はそう思った。
自動ドアを抜けて外に出る。耳の裏に——ありがとうございましたー——と聞こえてくる。
俺は落ちているゴミを拾って、わざわざゴミ箱を探す、という行為をするだろうか。
——しないだろうな。
二秒考えて、佐賀はそう思った。
同時に、この街に越してきて数ヶ月、自分もこの街の住人になってきたのではないかということを思った。
英雄のいる街。
しかし、ヘロと合った時間は、ほとんどと言っていいほどない。見かけることもない。
俺の中に英雄が宿る。
佐賀はこのとき、そんなことを思った。