オーバー・オーバー・ザ・レインボー (4)

文字数 1,836文字

 だいぶ前に書いてたことだが(巻二第四章「トリビア:まーくんが「比類なきバカ帝王」だった件について」)、当時の摂政は近衛基通(もとみち)。(「九条」も「近衛」も同じ藤原氏のなかのお家だから、本当は「藤原兼実」「藤原基通」が正式な名前だ。)
 で、巻二を書いていたときは気づいてなかったのだが、この基通くん、兼実さまの甥だった。
 愛されキャラだったと見えてもっちーは、仕事ができないのに関白、のちに摂政に抜擢されてしまい、そのたびに有能な叔父の兼実さまに泣きついてフォローしてもらっていた。
 つまり兼実さま、このダメ甥の代わりに陰でずっとずっと、ずーーーーっと、とっくの昔から摂政関白の仕事をさせられていたんである。
 
 ここで、もし、〈内覧〉を引き受けると、
 内覧は摂政の下のポジションなので、兼実さまは
 正式に基通くんの下僕
 になってしまう。

 さすがの兼実さまも、これには耐えかねた。
 周囲は「グッドアイデア!」と大喜びで、とくに後白河院が大喜びで決めてしまったので、兼実さまはしかたなく内覧を引き受けるのだが辛すぎて、鎌倉に「辞退しちゃだめですか(涙)」と書簡(メール)を送ったりしている。一方の基通くんも、ようするに自分が公式にダメ認定されたようなものだから、すねて朝廷に出て来なくなり(まじで)、政局は大混乱となる。
 このタイミングで、
 頼りにしている兼実さまとお気に入りの基通くんとのバトルロワイヤルを()の当たりにした後白河院が、めちゃくちゃショックを受け、
「ごめんなさいわたしが悪かった」
と泣き、
「もう二度と政治には口出ししないから、ゆるして」
と引退宣言。
 おい!

 じつは後白河院、この「もう政治はしません」宣言を何度もやっている。たいてい何かやらかした直後。
 権力欲のかたまりみたいに言われることの多い彼だが、そうじゃない。むしろこういう気まぐれというか無責任というか「いまそれやる?」的な行動が問題なのだ。

 ここに、
 治天の君、摂政、内覧という、朝廷首脳の三人が泣いて引きこもる
 という前代未聞のカオスが発生。
 バカなのか? と思うが、本人たちは真剣だ。
 びっくりした頼朝が「あの! えーと、だったらここは兼実さま摂政でどうですか?」と言い、ぱああとなった後白河院が動いて、やっと事態は収拾した。
 史実です。

 史実ですが——
 まあ、頼朝ファンの作者なので、ほんのちょっぴりバイアスはかかっている。
 頼朝はもちろんおずおずと謙虚に、可愛く提案しましたよ。「朝廷の皆さん、お願いですから、ちゃんとお仕事してくださいね(にっこり)」ってね。
 北条時政を代官として、一千騎の軍勢をつけて京へ送りこんでね。
 で、後白河院が「怖い怖すぎる頼朝ちゃん激おこ。もうわたし詰んだ」と基通くんに泣きつき、もっちーは摂政の座を兼実さまにゆずらざるを得なくなったんである。めでたし。

「ところで、どうなの? 彼女。歌のほうは」と兄。〈歌〉ってもちろん和歌のことだ。
「頼朝くんですか?」と弟。
「最近、文通していると聞いたのだけど」
「ええ」慎重にことばを選ぶエイドリアンだ。「そうですね。なかなか優秀かと」
 ウィンストン卿の眉がかるく上がる。これは面白い、という表情だ。
「勘が良いのですね」とエイドリアン。「ツボを押さえるのがお上手。それに、よくお勉強されている。ずっと流人だったのに、考えられないことです」
「ほう。どんな感じ? 詠みかた」
「そうですね……」
 すでにオードブルが運ばれてきていて、ウィンストン卿は(すずき)のカルパッチョ(薄切りの刺身)バルサミコ仕立てをフォークで優雅にお口へ運ばれているが、エイドリアン僧正のコースはもちろんヴィーガン(完全菜食主義)なので、彼の前の白磁の皿にはルビートマトのマリネなど宝石のような野菜料理が小さく幾種も盛られてある。

「素直、というか。無邪気というか」
「頼朝くんの歌が?」フォークを止めてウィンストン兼実が訊く。
「ええ」
「本当に?」
「ええ」エクストラバージンオリーブオイルに濡れてキラキラ光るルビートマトを見つめ、ためらいつつ答えるエイドリアン慈円だ。「人の心に、まっすぐ入ってくる、というか。
 可愛い……です」

 しばらく黙って、ナイフとフォークを動かす二人。
 その心中は、同一の思いで占められている。

(頼朝……)

(恐ろしい子!!)
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※参考:
『九条兼実 貴族が見た「平家物語」と内乱の時代』
樋口健太郎著、戎光祥(えびすこうしょう)出版、2018年.
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登場人物紹介

静/アリア(しずか/ありあ)

この物語のヒロイン。しばらく出てきてないけどヒロインの位置は不動。
明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳、ばかりでなく、雨を降らせる特殊能力を持っているが、本人はその重大性に気づいていないらしい。惚れっぽく、美しい者には見境なくフォーリンラブしてしまう。ために現在いろいろとややこしいことになっている。海霊族(ネレイド)。

源九郎義経/クロード(みなもとのくろうよしつね/くろーど)

アリアの恋人。天性の人たらし。アリアを熱愛する一方で(このところ忘れてるように見えるがぜんぜんそんなことはない)、実姉のカミーユ(頼朝)とぬきさしならない愛憎関係にある。目下の課題はカミーユが配置した包囲網を突破してとにかく生きのびること。樹霊族(ドリュアード)。

崇徳院/マクシミリアン(すとくいん/まくしみりあん)

かつての上皇でいまは神。崇徳は諡(おくりな=没後に贈られる称号)で、諱(いみな=本名)は顕仁(あきひと)。内乱で実弟の後白河帝に敗れ、大怨霊になったとして恐れられているが、素顔はいたって穏やかでシャイ。三人の美官女たちとまったりスローライフを満喫中。龍族(ドラゴン)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)

義経四天王の一人。弟の四郎クリストフとともにクロードを主君と仰ぐ。誠実で俊敏だがたまにフライング(先走り)する傾向あり。左肩から右脇腹にかけて貫通創あり。アリアの姉ミランダと熱愛中。火狐(ファイアーフォックス)。

遥/ミランダ(はるか/みらんだ)

アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。アリアの行く末を心配し、クロードと引き離したいと願っている。ためにクロードとは犬猿の仲。海霊族(ネレイド)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)

ミランダの友人。一人当千の女武者(アスリート)で尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだったため、ミランダとアリアの救出に喜んで参戦する。素はおちゃめ。土霊族(ノーム)。

武蔵坊弁慶/ベンジャミン(むさしぼうべんけい/べんじゃみん)

クロードの右腕。アリア・ミランダの姉妹とも友人。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。こう見えて料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

平知盛/ヴァレンティン(たいらのとももり/ばれんてぃん)

平家ファミリーの若きリーダー。肩書は新中納言。クロードとは因縁の仲ながら、互いに親近感を抱いているらしい。現在はフリーのようだが、恋人募集もしていないらしい。パトリシアとはバディとして気が合うらしい。いまだにいろいろ謎な人(作者にとっても)。樹霊族(ドリュアード)。

平忠度/ウィリアム(たいらのただのり/うぃりあむ)


平家ファミリーの主要メンバー。清盛の異母弟(末弟)で、知盛には叔父にあたるが、歳はそれほど違わない。肩書は薩摩守(さつまのかみ)。文武両道で和歌にも武芸にも優れ、しかも性格温厚でひかえめ。樹霊族(ドリュアード)。

平教経/ハロルド(たいらののりつね/はろるど)


ヴァレンティンの従弟。肩書は能登守(のとのかみ)。平家ファミリー最強の戦士。ことに強弓は他の追随を許さない。素は気さくな好青年で、甥のアーサーを溺愛する叔父バカ。樹霊族(ドリュアード)。

安徳帝/アーサー(あんとくてい/あーさー)

先帝。六歳(数え年で八歳)。平家ファミリーの秘蔵っ子。安徳は諡(おくりな)で、諱(いみな)は言仁(ときひと)。本人は「天のうをやめれた」ことを喜んでいる。巻三でクロードにプロポーズした。樹霊族と龍族両方の血を引く「ダブル」。

建礼門院徳子/マーガレット(けんれいもんいんとくこ/まーがれっと)

平家ファミリー秘蔵の姫。清盛の娘、知盛の妹。安徳帝の母。
平家ファミリー主要キャラのうちほぼ唯一の生き残り。運命に翻弄された悲劇のヒロイン……にしては笑い上戸の陽キャ。いまは京都郊外の大原で一門の菩提を弔いつつ、趣味の園芸を絶賛エンジョイ中。樹霊族(ドリュアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の最高権力者の地位にありながら、つねに周囲の予想のななめ上を行くキッチュな異端児。今様(Jポップ)と絵巻物(マンガ)をこよなく愛し、膨大なコレクションを持つ。愛妻ジェニファー(滋子)の没後もいちずに彼女を想いつづける純愛の人でもある。龍族(ドラゴン)。

九条兼実/ウィンストン(くじょうかねざね/うぃんすとん)

名門・藤原摂関家のCEO(最高経営責任者)。苦節二十年(と言ってもその間ずっと右大臣)、晴れて摂政に就任する。頼朝の盟友である一方で義経にも深い共感を寄せ、後白河院には振り回されるという忙しい人。座右の銘は「まずいワインを飲んでいられるほど、人生は長くない」(ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)。山霊族(オレアード)。

慈円/エイドリアン(じえん/えいどりあん)

ウィンストンの弟。天台宗の高僧。のちに座主(寺院のトップ)を四度勤める。当代きっての歌人でもあり、六千首にもおよぶ和歌を残している。政治家の兄を宗教界からバックアップする影の実力者でありながら、頼朝と遊び歌でふざけあう無邪気な一面も持つ。山霊族(オレアード)。

源由良頼朝/カミーユ(みなもとのゆらよりとも/かみーゆ)


鎌倉殿。そろそろ征夷大将軍になるところ。最愛の弟クロードを断腸の思いで追討。そのわりにその後あんまり苦悩してなさそうなのは、たんに作者が書くのを忘れているからだ。最近エイドリアンという新しいメル友ができた。樹霊族(ドリュアード)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


義経四天王の一人。兄の三郎フロリアンとともにクロードを主君と仰ぐ。内気で目立つのが苦手。「天性極信」(てんせいごくしん)、つまり「めちゃくちゃいいやつ」と広辞苑第五版にも書かれている(「極信」で引いてみてください)。ヒロインのアリアと両片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)

鎌倉幕府の重要御家人の一人。清廉潔白な人柄でカミーユの信頼厚く、「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。クロードとカミーユの不和に心を痛め、ひそかにクロードの逃亡に尽力している。見た目しゅっとしているのに力持ち。音楽の才能もあるらしい(そのうち出てくる予定)。人馬族(ケンタウロス)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)

醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取るわりにはクロードの何分の一も暴れておらず、そんな自分の生き方(というかキャラ設定)に疑問を抱く毎日。樹霊族(ドリュアード)。
※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

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