オーバー・オーバー・ザ・レインボー (5) または兼実さまの親バカが過ぎる件
文字数 1,375文字
「お口に合った?」
「もちろん」
セレブな兄弟は食後のコーヒーに移っている。
ほんとはね、メインディッシュやデザートもばっちり考えたんですけどね! これグルメ小説じゃないからね。カットするならここなの。
だってお食事のあいだは「おいしいね」以外の話はしない。野暮というものだからだ。
「本当なら、わたしがお兄さまのお祝いに──」
「いやいや。あなたには、本当に助けてもらっているから」
「これからも尽力いたしますよ。ふつつかながら。
こんなことをしていただかなくても」
そう言うと、兄の目に一瞬、哀しい色が走った。
同じ色が自分の目にも浮かんでいるのだろうな、とエイドリアンは苦笑する。
おたがい、立場というものがありすぎて、
優しさも思いやりも、すべてが貸し借りに──
駆け引きになってしまうのが、さびしい。
「頼朝くんの期待にこたえたい」兄が言う。目は伏せたままだ。
「うまくいくよう」弟も慎重にことばを選ぶ。「お祈りいたします」
再び、深いため息が兄の口から漏れる。「うまくは、いかないだろうね」
「初めからそうおっしゃらず」
「でもあなたもそう思うでしょう」
これから新摂政・九条兼実は政治改革に着手する。戦乱で疲弊した国家を建て直すべく、大胆なリストラを試みるのだ。予算削減のため、まずは
とうぜん、うまくいかない。
最大のガンは
「そんなことしたらかわいそう」
と真剣に立ちはだかる後白河院だ。
引退宣言したんじゃなかったのかゴッシー!
かの人を、どうやってブロックするか、
というのが、兄弟に頼朝を加えた三人がともに頭をかかえる、共通の課題なんである。
つくづく──
(清盛公は偉大だった)
と三人ともひそかに思っている。ゴッシーブロックに挑んだ人間は多かったが、ほぼ成功しかけたのは、清盛公だけなのだ。
(ああはなれない)
「
「え?」
「一日も早く見つかるよう、頼朝くんに協力してあげたい。そちらも頼むよ」
「はい……、あの」
「残念だけれどもね」ため息をついている。「立派な戦士で、気もちの良い若者だった。壇ノ浦の功労者だというのにねえ」
「はあ」
「あのきょうだいが決裂してしまったのは、まことに惜しい」
「えーと……、
「よしあきらくんだ」兄はがんとして言う。
この頃、朝廷の公式文書には、義経は「義顕」という名で登場する。勝手に改名されているのだ。
はじめ「義行」だったのだが、「よく・いく」、つまり逃げきっちゃう感じでまずいから、あらわれ(顕れ)出るように「義顕」とさらに変えられた。
むちゃくちゃだ。
なんでそんなむちゃくちゃなったかと言うと、なんと兼実さまのご愛息のお名前が「
「うちの子と同じ名前なんてけしからん」
という兼実パパの鶴の一声で変えられちゃったんだそう! なにそれ?!
親バカにもほどがある。いや、親バカじゃなくて、ただのバカだ。公私混同の強権発動。これじゃゴッシーを笑えないじゃないか。
「とにかく義経くん、いや義行くん、じゃなかった、義顕くんの件、よろしくね」
(ご自分でまちがえてるし!)
トップ官僚にしてCEOである兄に笑顔を向けられ、
後ろ頭に汗をかいているエイドリアンだ。