オーバー・オーバー・ザ・レインボー (8)
文字数 1,214文字
「そんなことはない。でもね、気をつけたほうがいい。
わたしたちが言うと、個人的な恨みだと思われる」
「そうですね」
ウィンストンが見ると、エイドリアンは横顔に、例の淡い虹のような微笑を浮かべている。
この静かな弟が、兄には好もしくもあり——
少々、苦手でもある。
もっと腹を割って話したいのに、もどかしい。
九条家兄弟の「個人的な恨み」とは、何かというと。
じつは。
清盛ダディは一時期、藤原摂関家の上にゴッドファーザーとして君臨していた。
ダディの娘の盛子(せいし/もりこ)ちゃんが、二年間だけ、摂関家のお嫁さんだったのだ。夫である
十歳で未亡人て。ちっちゃ!
で、盛子ちゃんは莫大な遺産を受け継ぐのだけど、
「おお、おお、心配せんでもええ。ダディにまかせんさい」
ということになって、「え?」と兼実くんたち弟@ティーンエイジャーがまごまごしているあいだに、摂関家は清盛公の預かるところとなってしまったんである。
同時に、清盛公の朝廷での発言力も、飛躍的に増大した。
たしかにこの摂関家ブラザーズには、平家の横暴!と叫ぶ権利があるかもしれない。
「悪く書きすぎた、というより」
そう言いさして止めると、弟はふりむいて、問いたげな目を向けてきた。
「面白く書きすぎたね」と言うと、にっこり笑っている。
「清盛公が病に倒れて亡くなるところなど、圧巻の迫力でしたよ。
何ですかあれ、高熱のあまり、お体に水をかけるとジュッといって蒸発するって」
「ははは」
「どんな高熱。タンパク質は60℃で凝固するよ。人体で『ジュッ』はないよ」
「でも清盛公なら」
「ありそう」
「でしょう?」笑っている。「あれコロナですよね。高熱と呼吸困難」
「ええ、清盛公の死因コロナなの?!」
「どう見てもコロナでしょう。まだワクチンはなかったんですね」
「いやそれ以前にどこから感染したの」
「はははは」
笑いあったことで、つい、ウィンストンも口がほぐれた。
「どうかな、むしろ、『平家の横暴』を民衆の皆さまにすりこむ装置としては——
平家の皆さんを、素敵に描きすぎていない?」
弟の目が、面白そうにきらりと光る。
「悪役の清盛公でさえ、愉快で魅力的だ。まして知盛くん以下、悲劇の武将たちは。
あれでは読者の皆さんは、まして琵琶つき朗読動画の視聴者の皆さんは、平家さんが大好きになってしまう。
プロットを、文章が、裏切ってますよ?」
おだやかな沈黙が落ちる。
「本当は、それが書きたかったんだね?
頼朝くんには恩がある。鎌倉幕府のアンチ平家キャンペーンには、全面協力するけれども——
本当は、民衆の皆さまに——
平家の人々の、美しい姿を、記憶にとどめておいてほしいと」
「そうでしょう?」
返事がないということは、