サムウェア (3)
文字数 1,626文字
心配そうにのぞきこまれて、ボロ泣きが止まらないクロードだ。
(ちょ……まじ無理これ)
ある意味拷問。ただし、メーターは真逆にふりきれている。感激に。
(尊すぎて死ぬ……っ!!)
五分間ばかり巻き戻そう。
開口一番「来てくれてありがとう!」と心からの笑顔で迎えられ、思わず五体投地しそうになったら「やめて」と砂に膝をついて助け起こされ。
「呼び出してすまなかった。きみにどうしても話したいことがあってね」
「な、何でしょうか」(やばい心臓が)
ばくばくで待っているのに、次のお言葉がなかなか来ない。
「あのね」
「は、はいっ」
「朝ごはん、すませてきた?」
「は??」
正直そんなこと忘れていた。「まだだったと、思います」しどろもどろに答える。
(何、何? 院、何うつむいて?)
「よかったら」
(え? もじもじ??)
「お弁当、持ってきたんだけど、いっしょに食べない?」
(そういうキャラ???!!!)
白い流木のベンチに並んで腰かける。
「そんなはじっこじゃなくて」哀しそうに言われる。「怖い?」
「いえ! ちっ違います」
相手は神なのだ。おそれ多いにもほどがある。
「じゃ、もうちょっとこっち来て。
何もしないから」
(近い近い! 近い!!)
重箱の中につやつやと並ぶ、おむすび。
「飲み物は」品のいいレトロな魔法瓶のふたをきゅっとひねっている神だ。「迷ったんだけど、ブラックコーヒーにしてみた。意外に合うよ、和食にコーヒー。わたし最近はまっていてね。よかったら」
「はっはいっ!」いやもおうもない。
潮風に吹かれながら、さし出されたカップから一口すする。豆そのものの甘みを感じて驚く。
「どう?」
「うまいです!」
「よかった。嫌だったら女房たちを呼んで何か別のに替えさせようと思っていたのだけれど」
「いやぜんぜん──女房たち、って?」
「ああ、妻ではなくて」微笑む。「身のまわりの世話をしてくれている女官たち。三人いてね」
「三人?!」
少なくね?? というショックの叫びだ。かつての帝に、侍女たった三人!
これは史実。院に最期までつき従っていた供の者は、ほぼその数名のみだったと伝えられる。
「おむすびは、そのお姉さんたちが握ってくれたから」にこにこしている。「三人とも美人だよ」
「はあ。──へっ?」
いまウインクされた気がするんだが?!
「これが梅。これがおかかで、こっちはちりめん山椒。どれが好き?」
「どれも好きです!!」
「ははは。じゃあ、みんなおあがり」
(親かよ?!?!)
親きょうだいの縁が薄いクロードは、この時点ですでに落涙しそうになっている。
覚えておられるだろうか。彼は両親の記憶がほとんどない。兄たちとも引き離されて育ち、頼みの綱の鎌倉殿とは絶縁状態だ。
ふと、重箱の隅に、不思議な物体を見つける。
「……?」
「あ、それは」はずかしそうに言われた。「いちおう、それもおにぎり。
その……わたしが」
「え」
「きみに会えるというので嬉しくて。
侍女たちに頼んで、わたしも一つ握らせてもらったのだけど。
三角は難易度が高すぎて、たわら型にした、というか、結果的になってしまって、ははは。具を入れるなんてとうてい無理で、だからそれだけ塩むすびなんだ」
「おにぎり握るのって、手が熱いんだね。
やけどしたかと思っちゃった。知らずにいつも作ってもらっていた自分がはずかしくなったよ。
『いいからあちらで座っていらしてください』って彼女たちに戦力外通告されてしまった、はは。
でも楽しかった」
「知らずにって……?」
「うん、おにぎり握ったのなんて、初めてだったから」
院の──
初めて(のおにぎり)を。
いただいちゃっていいんですか?! おれが? おれなんかが!!
「どう?」
いや……
尊すぎて死ぬ。
てか、しょっぺーし!!!!
「ごめん、やっぱり失敗してた?」
心配そうに背中をさすられつつ、感涙にむせぶクロード。というページ冒頭のシーンだったわけである。