サムウェア (2)
文字数 1,330文字
「すすけたボロボロの衣、髪と爪はのびほうだい」
というおぞましいビジュアルが定着しているのだが、その由来はまたゆっくりと語るとして。
私がどうしてもそのビジュアルに納得いかない理由があるのだ。単純なことだが。
皆さんは、崇徳院が流されて最期の地となった、
《讃岐》
がどんな所かご存知ですか。
うどん県ですよ。
ガソリンスタンドよりうどん屋が多いというね。
私の母方の故郷だ。もう、しょうもなく、のどかな所なんである。ぽっかぽか。
それはもちろん雲の上の人だった崇徳院にしてみれば、ご満足ではなかっただろう。お寂しかったにちがいない。
讃岐の人々は、そんな院を心から「おいたわしい」と思った。せいいっぱいお迎えし、おもてなしした。
院は朝廷を呪いながら魔道に落ちて亡くなったりなどしていない、と語り伝えた。まさかそんなわけがない。お優しいかただった。むしろ、朝廷からの刺客に討たれたのだ。ほらそこに、お逃げになる途中で登られた柳の木(のあと)が残っている。
「てんのうさん」──
とくに地元、
母方の故郷と言っても、私は香川県とは縁薄く育ったので、この「てんのうさん」を知ったのは数年前、旅行してからだ。
衝撃だった。ボロボロの悪鬼ビジュアルとあまりに違う。真逆じゃないか。
たしかに──
そんな悪鬼に変ずるには、なんというかもっと過激な背景が欲しいね。荒波ザッバーン! 寒風ゴオオオ、みたいな。
これは尊敬をこめて言うのだが、例えば
《隠岐》
などという配流地ならじつに劇的だ。
私は隠岐にも旅行したことがある。本土からはフェリーで渡るのだが、乗船直前にアナウンスで
「今日の波、4メートル」
さらりと言うから驚いた。4メートルって。
フェリーに乗り込んだら、座席がない。かわりに毛布を渡された。先に乗った人たちはすでにそれにくるまってじゅうたんの床に寝ている。ごろごろ並んでいる、災害の避難所みたいに。夜ではない。昼だ。
出航してすぐ私も横になった。意味がわかった。揺れがすごすぎて、ほんとに座ってさえいられないのだ。
この隠岐に流された人は何人もいる。
天皇家でもいる。今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』後半のヒール(悪役)、後鳥羽院がその一人(後白河院の孫、安徳帝の異母弟)。
これくらいザッバーンゴオオオにバックアップしてもらえたら、怨霊になるのも楽というものだ。
かたや、瀬戸内は、
ちゃぷん。
「てんのうさん」が大魔王に変ずるには、いまひとつ、というよりあまりに盛り上がりに欠ける。
ぬるい波がきらめきながら、砂に泡を残して引いていく。
かつて瀬戸内出身の文豪・内田
そんなじゅぶじゅぶを足もとに見ながら、柔らかいそよ風に髪を遊ばせてたたずんでいるその人は、
われらがクロードくんに優しく手をさしのべているその人は、
苛酷な人生を、ただ、耐えて生き、
絶世の美女とうたわれた母后の血を受け継いで、
寂しげな微笑が誰よりも似合うその人は、
これはもう、どうしようもなく、
きれいな人に決まっている。