オーバー・オーバー・ザ・レインボー (10)
文字数 806文字
はるか足下に、帝都の街並みがひろがる。石と鉄骨、強化ガラス。その反射。
「
「承知つかまつりました」
ひさしぶりに目が合った。口もとだけで笑っている。
「早く見つかるよう、願っております」
ほんのりと、からかいの響き。
心の底まで見透かされた気がして、兄はどぎまぎする。
——義経大功を成し、その
歎美すべし、歎美すべし——
(義経くんは大きな手柄を立て、報いられはしなかったものの、武勇と仁義とにおいては、後世に美名を残したのではないだろうか。
じつに大した人だ)
日記に残る兼実の義経評だ。義経が頼朝に追われ、京を去ったときに記されている。
ほぼ絶賛。
ウィンストンもエイドリアンも、おたがい無言だから、本心はわからない。
だが、もしも、もしもですよ、
透明な高速の降下のうちに、
(義経くん。せめて、きみだけは)
(逃げきって)
(わたしたちの分まで)
(生きてくれたまえ)
(自由に)
誰のものかはわからないけれどそんな祈りが、
水中で吐かれた泡のように、天頂へ向かってひそかに昇っていった、としたら、
素敵ではないですか?
幕府と朝廷と寺院の
必死の
探索にもかかわらず、義経は逃亡をつづける。知らせを受けて追手が踏みこむと、つねにもぬけのからなのだ。その同じころ——
鎌倉に向かう道を、笠をかぶった小さな影が一つ、歩いている。
華奢で可憐な少年僧だ。
坂の半ばで息をつき、笠を取り、空を見あげる。
右耳がない。
そのかわり、
耳のあるべき場所に、白い
この異形の子の、天人にも見まがう冷ややかな美貌に、
読者はかならずや、見おぼえがおありのことと思う。
―第七章 了―