オーバー・オーバー・ザ・レインボー (2)

文字数 1,632文字

「お待たせ」
と言って現われた男は兄。涼やかな面差しが似ている。
 そう、満を持して登場、藤原摂関家CEO(最高経営責任者)――
 九条(くじょう)兼実(かねざね)だ。

 ずーっと欄外のコラムとかに押しこめていてごめんなさい!(土下座)

 で、CEO兼実さま、どんなお衣装でご登場?
 これからセレブな兄弟ふたりに軽くランチでフレンチなど召し上がっていただくつもりなので、まあ常識的に考えたらスーツだろうと思うのに、作者の脳内シアターではどうしても
 (かんむり)直衣(のうし)
で図像化されてしまう。
 色や模様もひじょうに細かく決まっていたそうです。身分、季節、シチュエーションによってね。だからそこしくじったらまずいよね、やっぱりここは無難に紺のスーツとかにしとくべきじゃないの?と思うのに、脳がどうしても
 二藍(ふたあい)
で変換してしまう。

 二藍というのは〈藍の上に紅花を染め重ねた明るく渋い青紫色〉なのだが、若い人ほど紅を強めに、壮年に向かうにつれてじょじょに藍を濃くしていったのだそう。つまりは殿方それぞれのお歳に合わせたマイ・ベスト・パープルがあったわけで、
 やだもう平安貴族さま素敵すぎ!(身もだえ)

 で、そんな平安スタイルな二人が展望の良い高層階のレストランで、いまからカジュアルフレンチを召し上がる。
 そこは動かないのか? なんで? と我が脳に問うてみるが、動かないものは動かない。

 兼実さま——いや、(あざな)のウィンストンでお呼びすべきだろう。
 ウィンストン卿はいま、ワインリストを渡されて、それに目を通しもせず、
「ゲヴュルツトラミネールはある?」
と、のたまったところだ。
「ゲヴュルツトラミネールでございますか」ギャルソンが声をひそめる。「リストにはございませんが——おそらく、あるかと。ソムリエを呼んでまいりましょうか?」
「いや、あればでいいから」さらりと言いつつリストを返してしまう。「なければ、何かおすすめを持ってきて。辛口ね。白の」
「かしこまりました」
「シャンパンではないの?」ギャルソンを見送りつつ弟が尋ねる。
「飲み飽きた」と兄。苦笑している。「このところ祝宴つづきで。もう泡はいい」
「なるほど」

 エイドリアン慈円は姿勢を正し、静かに頭を下げた。
「あらためて。摂政ご就任、おめでとうございます」
「ありがとう」

 ほーっ、と深い息を兄がつく。弟がくすりと笑う。
「いまのは何ですか。『これまで長かったなあ』ということ?
 それとも『これから大変だなあ』?」
「そっち。もちろん。大変ですよ、これから」

 ゲヴュルツトラミネールが運ばれてきた。
 白ワイン。フランスはアルザス産。スパイシーとさえ言われる華やかなアロマ(芳香)が特徴だ。最高級というよりは、めずらしく、愉しい。
 とくとく、と注がれる。
「憶えていない?」と兄。
「何がですか?」と弟。
「そうか。あなたは、お父さまが亡くなったとき、まだ十歳だったね」兄は六歳年上だ。
「では、これは、お父さまの」
「そう。お好きだったお酒」

 グラスを置いたまま、目がしらを押さえている兄だ。
「二十年ですよ。二十年間――昇進なしでしたからね。わたしは。
 ずっと右大臣のままで」

 ……

 うん。そう。いま読者は盛大にツッコんでほしい。
 右大臣て。
 なるだけでも大変、いや、遠くから見るだけでも、なんならにおいをかぐだけでも夢のまた夢みたいなポジション。二十年というのも異例の長期在任らしい。どんだけ優秀なん。
 それでも「摂政か関白か、または両方になって当然」という超弩級エリートの御方からしたら、右大臣二十年は不遇のきわみなのだ。
 わからん。

 あ、例の年齢補正してるんで、ウィンストンさまのビジュアルは二十代半ばかアラサーくらいでお願いします。

 感涙をにじませる兄に、弟がテーブル越しにそっと声をかける。
「お父さまも、お喜びだと思いますよ」
「生きておいでのうちにお見せしたかった」
「そうですね」

 やっぱり〈これまで長かった〉ですね、お兄さま。
 と、心のうちにつぶやいて、微笑むエイドリアンだ。 
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登場人物紹介

静/アリア(しずか/ありあ)

この物語のヒロイン。しばらく出てきてないけどヒロインの位置は不動。
明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳、ばかりでなく、雨を降らせる特殊能力を持っているが、本人はその重大性に気づいていないらしい。惚れっぽく、美しい者には見境なくフォーリンラブしてしまう。ために現在いろいろとややこしいことになっている。海霊族(ネレイド)。

源九郎義経/クロード(みなもとのくろうよしつね/くろーど)

アリアの恋人。天性の人たらし。アリアを熱愛する一方で(このところ忘れてるように見えるがぜんぜんそんなことはない)、実姉のカミーユ(頼朝)とぬきさしならない愛憎関係にある。目下の課題はカミーユが配置した包囲網を突破してとにかく生きのびること。樹霊族(ドリュアード)。

崇徳院/マクシミリアン(すとくいん/まくしみりあん)

かつての上皇でいまは神。崇徳は諡(おくりな=没後に贈られる称号)で、諱(いみな=本名)は顕仁(あきひと)。内乱で実弟の後白河帝に敗れ、大怨霊になったとして恐れられているが、素顔はいたって穏やかでシャイ。三人の美官女たちとまったりスローライフを満喫中。龍族(ドラゴン)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)

義経四天王の一人。弟の四郎クリストフとともにクロードを主君と仰ぐ。誠実で俊敏だがたまにフライング(先走り)する傾向あり。左肩から右脇腹にかけて貫通創あり。アリアの姉ミランダと熱愛中。火狐(ファイアーフォックス)。

遥/ミランダ(はるか/みらんだ)

アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。アリアの行く末を心配し、クロードと引き離したいと願っている。ためにクロードとは犬猿の仲。海霊族(ネレイド)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)

ミランダの友人。一人当千の女武者(アスリート)で尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだったため、ミランダとアリアの救出に喜んで参戦する。素はおちゃめ。土霊族(ノーム)。

武蔵坊弁慶/ベンジャミン(むさしぼうべんけい/べんじゃみん)

クロードの右腕。アリア・ミランダの姉妹とも友人。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。こう見えて料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

平知盛/ヴァレンティン(たいらのとももり/ばれんてぃん)

平家ファミリーの若きリーダー。肩書は新中納言。クロードとは因縁の仲ながら、互いに親近感を抱いているらしい。現在はフリーのようだが、恋人募集もしていないらしい。パトリシアとはバディとして気が合うらしい。いまだにいろいろ謎な人(作者にとっても)。樹霊族(ドリュアード)。

平忠度/ウィリアム(たいらのただのり/うぃりあむ)


平家ファミリーの主要メンバー。清盛の異母弟(末弟)で、知盛には叔父にあたるが、歳はそれほど違わない。肩書は薩摩守(さつまのかみ)。文武両道で和歌にも武芸にも優れ、しかも性格温厚でひかえめ。樹霊族(ドリュアード)。

平教経/ハロルド(たいらののりつね/はろるど)


ヴァレンティンの従弟。肩書は能登守(のとのかみ)。平家ファミリー最強の戦士。ことに強弓は他の追随を許さない。素は気さくな好青年で、甥のアーサーを溺愛する叔父バカ。樹霊族(ドリュアード)。

安徳帝/アーサー(あんとくてい/あーさー)

先帝。六歳(数え年で八歳)。平家ファミリーの秘蔵っ子。安徳は諡(おくりな)で、諱(いみな)は言仁(ときひと)。本人は「天のうをやめれた」ことを喜んでいる。巻三でクロードにプロポーズした。樹霊族と龍族両方の血を引く「ダブル」。

建礼門院徳子/マーガレット(けんれいもんいんとくこ/まーがれっと)

平家ファミリー秘蔵の姫。清盛の娘、知盛の妹。安徳帝の母。
平家ファミリー主要キャラのうちほぼ唯一の生き残り。運命に翻弄された悲劇のヒロイン……にしては笑い上戸の陽キャ。いまは京都郊外の大原で一門の菩提を弔いつつ、趣味の園芸を絶賛エンジョイ中。樹霊族(ドリュアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の最高権力者の地位にありながら、つねに周囲の予想のななめ上を行くキッチュな異端児。今様(Jポップ)と絵巻物(マンガ)をこよなく愛し、膨大なコレクションを持つ。愛妻ジェニファー(滋子)の没後もいちずに彼女を想いつづける純愛の人でもある。龍族(ドラゴン)。

九条兼実/ウィンストン(くじょうかねざね/うぃんすとん)

名門・藤原摂関家のCEO(最高経営責任者)。苦節二十年(と言ってもその間ずっと右大臣)、晴れて摂政に就任する。頼朝の盟友である一方で義経にも深い共感を寄せ、後白河院には振り回されるという忙しい人。座右の銘は「まずいワインを飲んでいられるほど、人生は長くない」(ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)。山霊族(オレアード)。

慈円/エイドリアン(じえん/えいどりあん)

ウィンストンの弟。天台宗の高僧。のちに座主(寺院のトップ)を四度勤める。当代きっての歌人でもあり、六千首にもおよぶ和歌を残している。政治家の兄を宗教界からバックアップする影の実力者でありながら、頼朝と遊び歌でふざけあう無邪気な一面も持つ。山霊族(オレアード)。

源由良頼朝/カミーユ(みなもとのゆらよりとも/かみーゆ)


鎌倉殿。そろそろ征夷大将軍になるところ。最愛の弟クロードを断腸の思いで追討。そのわりにその後あんまり苦悩してなさそうなのは、たんに作者が書くのを忘れているからだ。最近エイドリアンという新しいメル友ができた。樹霊族(ドリュアード)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


義経四天王の一人。兄の三郎フロリアンとともにクロードを主君と仰ぐ。内気で目立つのが苦手。「天性極信」(てんせいごくしん)、つまり「めちゃくちゃいいやつ」と広辞苑第五版にも書かれている(「極信」で引いてみてください)。ヒロインのアリアと両片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)

鎌倉幕府の重要御家人の一人。清廉潔白な人柄でカミーユの信頼厚く、「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。クロードとカミーユの不和に心を痛め、ひそかにクロードの逃亡に尽力している。見た目しゅっとしているのに力持ち。音楽の才能もあるらしい(そのうち出てくる予定)。人馬族(ケンタウロス)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)

醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取るわりにはクロードの何分の一も暴れておらず、そんな自分の生き方(というかキャラ設定)に疑問を抱く毎日。樹霊族(ドリュアード)。
※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

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