マジック (3)

文字数 2,089文字

 文治二年、すなわち西暦1186年。
 小さな事件が記録に残っている。

 いわく、
 鎌倉殿のご寝所に、きつねの子が入った——と。

 ……
 ……

 すごいな、『吾妻鏡』。なんて正確なんだ。
 それ四郎だよ。

 いま笑わなかった人! 頼むからちゃんと笑ってね!

 最近、うちの相方が、まじめな顔で言うのだ。
「源頼朝は実在したよね?」
「もちろん」と私。「何言ってるの?」
「義経も実在したよね?」
「もちろん。ただ、彼について私たちが知っていることのほぼ9割はレジェンドだけどね」

「弁慶は?」
「『弁慶』という法師はたしかにいたみたいよ。ただ、彼について私たちが知っていることのほぼ9割9分はレジェンド」
「静ちゃんは?」
「『吾妻鏡』にも名前が残ってるくらいだから、静御前に相当する女性がいたことはたしかなんじゃないのかな」
「三郎四郎は?」
「三郎四郎ねー、ふふっ、じつは彼らにはりっぱなお墓があるの。その子孫の佐藤家は、なんと! 昭和に総理大臣を出しているあの名家なんだってさ」

「そうなの?
 でも三郎四郎は、きつねだよね?」

 思わず顔を見る。
 わが相方、すこぶる、まじめである。
 
「いや、だから」と私。「三郎四郎は」
「え、実在しなかったの?」
「いや実在した、したよ……、たぶん。でもきつねじゃ」
「ええっ? じゃ義経は?」
「義経も実在したってば。でも八艘飛びはたぶんしてなくて」
「じゃ頼朝は?」
「実在したよ!」

 文治二年、二月四日。壬子(みずのえね)
 營北の山の本に狐子を生む。その子御丁臺(みちょうだい)に入る。卜筮(ぼくぜい)の推すところ快からず。およそ去年以来、しきりに怪異あり。かつは去ぬる(ころ)夢想あり。貴僧一人御枕上(まくらかみ)に參り、射山(やさん)(=後白河院)の事もつとも重んじたてまつるべし。しからずんば(つつし)みあるべきの由申すと云々。(後略)

 御所の北の山のふもとで、きつねが子を産んだ。その子ぎつねが鎌倉殿のご寝所に入ってしまった。
 占いをさせたところ、よろしくないとの結果であった。
 そもそも去年以来、しきりに怪異が起きている。さらに先日、鎌倉殿が夢をごらんになった。一人の高僧が枕もとに参じて、
「後白河院のこと、大いに重んじたてまつるべきでございます。
 さもなくば、行事などはおひかえなさいませ」
と申したのだそうだ。

「は?
 何、『つつしみあるべき』って。『重んじたてまつるべし』って。
 めっちゃくちゃ重んじたてまつりまくってるんですけど? わたし。院のこと。
 これ以上どうしろと?」

(うわ)
(本日はまた、ことのほか)
(ご機嫌ななめだ……!!)
 窓辺に寄りかかってぶつぶつ言っているカミーユの横顔を遠まきに拝しつつ、生きた心地のしない御家人男子たち。
(北条どの!! 早く帰ってきてください!!(泣))
 ゆいいつカミーユの導火線を不発におさえられるオーギュストはいま、全権をになってクロード対策のため出張中で、不在なんである。

「アリアは」
「は」
「アリアの熱は、まだ下がらないの」
 カミーユの視線は窓の外に放たれたままだ。だから誰に向けての質問かはわからないのだが、御家人男子たちはすばやく目を見かわし、その視線が一瞬ロバートに集まる。
 いま
(ロバートって誰だっけ?)
 と思った人! ひさびさなんで無理はありません。登場人物リストをチェックしといてね。

(ぼくですか?)
 ロバートが青ざめてふるふると首を振る。
 たしかに、とうなずく一同。こいつは嘘のへたな男だった。
 それなら、というので、視線たちはアントワーヌに集まる。
 いま
(アントワーヌって誰だっけ?)
 と思った人! もんのすごいひさびさなんで無理はありません。お手数で恐縮ですが登場人物リストをチェックしといてね。ほんとすみません(土下座)。

 アントワーヌもうっすらと冷や汗を浮かべつつ、そこはさりげなく答える。
「天気痛、と、おっしゃってました」
「そう。かわいそうに」
「季節の変わり目ですからね」ほっとしたアントワーヌの舌がゆるむ。「アリアさまは繊細なかたですから、この気温や気圧の乱高下に、対応できな……」

「おかしいね。あの子は人魚だ。
 温度や圧力の激変には、並すぐれた適応力があったはず」

 カミーユが後ろをふりむかないのは、もみあい小突きあいパニクっている男子たちの姿を見ないであげるという優しさなのだろう。

(ほんとはどこに?)
 ロバートが口パクで尋ねると、アントワーヌがこっそりスマホを見せてきた。GPSの画面だ。
(えええ)ロバートの顔がひきつる。(えのすいー???)

「アリアが会議に出てこられないなら」あいかわらず背中で話しつづけるカミーユだ。「せめて彼女からあれ借りてきて、誰か」
「あれ、とおっしゃいますと?」
「おもちゃ。あの子が最近、ポーチに入れて飼ってるやつ」

 窓から空を見上げて、くすりと笑っている。



(どこまでご存知……?)
 ロバートとアントワーヌ、蒼白だ。
 というか、そもそもきみらがどこまで知ってるのか、まず私(作者)が知りたいぞ。クリストフがうっかりカミーユのベッドルームに侵入しちゃった件は『吾妻鏡』に教えてもらったから、その前後をちょっと聞かせてよ、お二人さん。
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登場人物紹介

静/アリア(しずか/ありあ)

この物語のヒロイン。しばらく出てきてないけどヒロインの位置は不動。
明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳、ばかりでなく、雨を降らせる特殊能力を持っているが、本人はその重大性に気づいていないらしい。惚れっぽく、美しい者には見境なくフォーリンラブしてしまう。ために現在いろいろとややこしいことになっている。海霊族(ネレイド)。

源九郎義経/クロード(みなもとのくろうよしつね/くろーど)

アリアの恋人。天性の人たらし。アリアを熱愛する一方で(このところ忘れてるように見えるがぜんぜんそんなことはない)、実姉のカミーユ(頼朝)とぬきさしならない愛憎関係にある。目下の課題はカミーユが配置した包囲網を突破してとにかく生きのびること。樹霊族(ドリュアード)。

崇徳院/マクシミリアン(すとくいん/まくしみりあん)

かつての上皇でいまは神。崇徳は諡(おくりな=没後に贈られる称号)で、諱(いみな=本名)は顕仁(あきひと)。内乱で実弟の後白河帝に敗れ、大怨霊になったとして恐れられているが、素顔はいたって穏やかでシャイ。三人の美官女たちとまったりスローライフを満喫中。龍族(ドラゴン)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)

義経四天王の一人。弟の四郎クリストフとともにクロードを主君と仰ぐ。誠実で俊敏だがたまにフライング(先走り)する傾向あり。左肩から右脇腹にかけて貫通創あり。アリアの姉ミランダと熱愛中。火狐(ファイアーフォックス)。

遥/ミランダ(はるか/みらんだ)

アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。アリアの行く末を心配し、クロードと引き離したいと願っている。ためにクロードとは犬猿の仲。海霊族(ネレイド)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)

ミランダの友人。一人当千の女武者(アスリート)で尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだったため、ミランダとアリアの救出に喜んで参戦する。素はおちゃめ。土霊族(ノーム)。

武蔵坊弁慶/ベンジャミン(むさしぼうべんけい/べんじゃみん)

クロードの右腕。アリア・ミランダの姉妹とも友人。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。こう見えて料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

平知盛/ヴァレンティン(たいらのとももり/ばれんてぃん)

平家ファミリーの若きリーダー。肩書は新中納言。クロードとは因縁の仲ながら、互いに親近感を抱いているらしい。現在はフリーのようだが、恋人募集もしていないらしい。パトリシアとはバディとして気が合うらしい。いまだにいろいろ謎な人(作者にとっても)。樹霊族(ドリュアード)。

平忠度/ウィリアム(たいらのただのり/うぃりあむ)


平家ファミリーの主要メンバー。清盛の異母弟(末弟)で、知盛には叔父にあたるが、歳はそれほど違わない。肩書は薩摩守(さつまのかみ)。文武両道で和歌にも武芸にも優れ、しかも性格温厚でひかえめ。樹霊族(ドリュアード)。

平教経/ハロルド(たいらののりつね/はろるど)


ヴァレンティンの従弟。肩書は能登守(のとのかみ)。平家ファミリー最強の戦士。ことに強弓は他の追随を許さない。素は気さくな好青年で、甥のアーサーを溺愛する叔父バカ。樹霊族(ドリュアード)。

安徳帝/アーサー(あんとくてい/あーさー)

先帝。六歳(数え年で八歳)。平家ファミリーの秘蔵っ子。安徳は諡(おくりな)で、諱(いみな)は言仁(ときひと)。本人は「天のうをやめれた」ことを喜んでいる。巻三でクロードにプロポーズした。樹霊族と龍族両方の血を引く「ダブル」。

建礼門院徳子/マーガレット(けんれいもんいんとくこ/まーがれっと)

平家ファミリー秘蔵の姫。清盛の娘、知盛の妹。安徳帝の母。
平家ファミリー主要キャラのうちほぼ唯一の生き残り。運命に翻弄された悲劇のヒロイン……にしては笑い上戸の陽キャ。いまは京都郊外の大原で一門の菩提を弔いつつ、趣味の園芸を絶賛エンジョイ中。樹霊族(ドリュアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の最高権力者の地位にありながら、つねに周囲の予想のななめ上を行くキッチュな異端児。今様(Jポップ)と絵巻物(マンガ)をこよなく愛し、膨大なコレクションを持つ。愛妻ジェニファー(滋子)の没後もいちずに彼女を想いつづける純愛の人でもある。龍族(ドラゴン)。

九条兼実/ウィンストン(くじょうかねざね/うぃんすとん)

名門・藤原摂関家のCEO(最高経営責任者)。苦節二十年(と言ってもその間ずっと右大臣)、晴れて摂政に就任する。頼朝の盟友である一方で義経にも深い共感を寄せ、後白河院には振り回されるという忙しい人。座右の銘は「まずいワインを飲んでいられるほど、人生は長くない」(ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)。山霊族(オレアード)。

慈円/エイドリアン(じえん/えいどりあん)

ウィンストンの弟。天台宗の高僧。のちに座主(寺院のトップ)を四度勤める。当代きっての歌人でもあり、六千首にもおよぶ和歌を残している。政治家の兄を宗教界からバックアップする影の実力者でありながら、頼朝と遊び歌でふざけあう無邪気な一面も持つ。山霊族(オレアード)。

源由良頼朝/カミーユ(みなもとのゆらよりとも/かみーゆ)


鎌倉殿。そろそろ征夷大将軍になるところ。最愛の弟クロードを断腸の思いで追討。そのわりにその後あんまり苦悩してなさそうなのは、たんに作者が書くのを忘れているからだ。最近エイドリアンという新しいメル友ができた。樹霊族(ドリュアード)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


義経四天王の一人。兄の三郎フロリアンとともにクロードを主君と仰ぐ。内気で目立つのが苦手。「天性極信」(てんせいごくしん)、つまり「めちゃくちゃいいやつ」と広辞苑第五版にも書かれている(「極信」で引いてみてください)。ヒロインのアリアと両片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)

鎌倉幕府の重要御家人の一人。清廉潔白な人柄でカミーユの信頼厚く、「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。クロードとカミーユの不和に心を痛め、ひそかにクロードの逃亡に尽力している。見た目しゅっとしているのに力持ち。音楽の才能もあるらしい(そのうち出てくる予定)。人馬族(ケンタウロス)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)

醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取るわりにはクロードの何分の一も暴れておらず、そんな自分の生き方(というかキャラ設定)に疑問を抱く毎日。樹霊族(ドリュアード)。
※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

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