マジック (3)
文字数 2,089文字
小さな事件が記録に残っている。
いわく、
鎌倉殿のご寝所に、きつねの子が入った——と。
……
……
すごいな、『吾妻鏡』。なんて正確なんだ。
それ四郎だよ。
いま笑わなかった人! 頼むからちゃんと笑ってね!
最近、うちの相方が、まじめな顔で言うのだ。
「源頼朝は実在したよね?」
「もちろん」と私。「何言ってるの?」
「義経も実在したよね?」
「もちろん。ただ、彼について私たちが知っていることのほぼ9割はレジェンドだけどね」
「弁慶は?」
「『弁慶』という法師はたしかにいたみたいよ。ただ、彼について私たちが知っていることのほぼ9割9分はレジェンド」
「静ちゃんは?」
「『吾妻鏡』にも名前が残ってるくらいだから、静御前に相当する女性がいたことはたしかなんじゃないのかな」
「三郎四郎は?」
「三郎四郎ねー、ふふっ、じつは彼らにはりっぱなお墓があるの。その子孫の佐藤家は、なんと! 昭和に総理大臣を出しているあの名家なんだってさ」
「そうなの?
でも三郎四郎は、きつねだよね?」
思わず顔を見る。
わが相方、すこぶる、まじめである。
「いや、だから」と私。「三郎四郎は」
「え、実在しなかったの?」
「いや実在した、したよ……、たぶん。でもきつねじゃ」
「ええっ? じゃ義経は?」
「義経も実在したってば。でも八艘飛びはたぶんしてなくて」
「じゃ頼朝は?」
「実在したよ!」
文治二年、二月四日。
營北の山の本に狐子を生む。その子
御所の北の山のふもとで、きつねが子を産んだ。その子ぎつねが鎌倉殿のご寝所に入ってしまった。
占いをさせたところ、よろしくないとの結果であった。
そもそも去年以来、しきりに怪異が起きている。さらに先日、鎌倉殿が夢をごらんになった。一人の高僧が枕もとに参じて、
「後白河院のこと、大いに重んじたてまつるべきでございます。
さもなくば、行事などはおひかえなさいませ」
と申したのだそうだ。
「は?
何、『つつしみあるべき』って。『重んじたてまつるべし』って。
めっちゃくちゃ重んじたてまつりまくってるんですけど? わたし。院のこと。
これ以上どうしろと?」
(うわ)
(本日はまた、ことのほか)
(ご機嫌ななめだ……!!)
窓辺に寄りかかってぶつぶつ言っているカミーユの横顔を遠まきに拝しつつ、生きた心地のしない御家人男子たち。
(北条どの!! 早く帰ってきてください!!(泣))
ゆいいつカミーユの導火線を不発におさえられるオーギュストはいま、全権をになってクロード対策のため出張中で、不在なんである。
「アリアは」
「は」
「アリアの熱は、まだ下がらないの」
カミーユの視線は窓の外に放たれたままだ。だから誰に向けての質問かはわからないのだが、御家人男子たちはすばやく目を見かわし、その視線が一瞬ロバートに集まる。
いま
(ロバートって誰だっけ?)
と思った人! ひさびさなんで無理はありません。登場人物リストをチェックしといてね。
(ぼくですか?)
ロバートが青ざめてふるふると首を振る。
たしかに、とうなずく一同。こいつは嘘のへたな男だった。
それなら、というので、視線たちはアントワーヌに集まる。
いま
(アントワーヌって誰だっけ?)
と思った人! もんのすごいひさびさなんで無理はありません。お手数で恐縮ですが登場人物リストをチェックしといてね。ほんとすみません(土下座)。
アントワーヌもうっすらと冷や汗を浮かべつつ、そこはさりげなく答える。
「天気痛、と、おっしゃってました」
「そう。かわいそうに」
「季節の変わり目ですからね」ほっとしたアントワーヌの舌がゆるむ。「アリアさまは繊細なかたですから、この気温や気圧の乱高下に、対応できな……」
「おかしいね。あの子は人魚だ。
温度や圧力の激変には、並すぐれた適応力があったはず」
カミーユが後ろをふりむかないのは、もみあい小突きあいパニクっている男子たちの姿を見ないであげるという優しさなのだろう。
(ほんとはどこに?)
ロバートが口パクで尋ねると、アントワーヌがこっそりスマホを見せてきた。GPSの画面だ。
(えええ)ロバートの顔がひきつる。(えのすいー???)
「アリアが会議に出てこられないなら」あいかわらず背中で話しつづけるカミーユだ。「せめて彼女からあれ借りてきて、誰か」
「あれ、とおっしゃいますと?」
「おもちゃ。あの子が最近、ポーチに入れて飼ってるやつ」
窓から空を見上げて、くすりと笑っている。
「
くだぎつね
」(どこまでご存知……?)
ロバートとアントワーヌ、蒼白だ。
というか、そもそもきみらがどこまで知ってるのか、まず私(作者)が知りたいぞ。クリストフがうっかりカミーユのベッドルームに侵入しちゃった件は『吾妻鏡』に教えてもらったから、その前後をちょっと聞かせてよ、お二人さん。