オーバー・オーバー・ザ・レインボー (7)

文字数 1,717文字

 そうなのだ。
 読者はここで巻三第五章の楽屋トーク「続々・この差は何だ」をチラ見返してほしい。
 頼朝は言っている。
「わたし、あの頃、こっそり後白河院に根回しして、和平工作してたの。
 昔みたいに、源平並んでお仕えするのはどうでしょうって」

 リプレイ。
「昔みたいに、源平並んでお仕えするのはどうでしょうって」
 リプレイ。
「昔みたいに、

——」

 頼朝自身はわかっていたはずだ。
 じつは源平、



 意外だが、本当。
 頼朝のお父さん義朝と清盛が同世代で、この二人の段階で地位にも財力にも完全に差がついちゃってるのだが、さらにさかのぼること二代。
 もとはと言えば、頼朝のひいお祖父さんの源義親(よしちか)が、
 乱暴が過ぎて討伐された
のがいけないんである(痛い)。

 そのときの追討使が平正盛(まさもり)。清盛のお祖父さん、知盛のひいお祖父さん。この追討使をきっかけに、出世への足がかりをつかむ。
 くどいようだが討伐したのが平オンジで、されたのが源オンジだ(痛い)。
 以後、平氏は正盛、忠盛、そして清盛と、着実に栄光への階段を登っていく。
 かたや源氏はその後も乱暴と同士討ちをくりかえし(痛い痛すぎる)、決定打が義朝。彼が主君筋のクーデターに動員され(それが「平治の乱」)、賊軍の将として始末されるにおよんで、源氏はいったんほぼ完全に表舞台から姿を消す。

 昔みたいに源平並んでって、いつの話だ? って話だ。

 だから頼朝旗揚げの第一報を聞いたとき、九条兼実は日記にこう記す。
「いつか反乱起こして殺された義朝の子どもが、また反乱起こしたらしい。
 ポスト将門?」

 そう、当時、京の貴族たちは、頼朝の名前さえ憶えていなかった!
「むかし反乱起こした人の子ども」
「が、また反乱」
 かつての平将門の乱のように、ターゲットは自分たちだと、朝廷だと思っておびえたのだ。
 その頼朝が、
「わたしは朝廷に刃向かう気はいっさいございません」
 めちゃくちゃ下手に出て、けんめいに言ってきた。
「わたしは皆さまをお守りしたいだけです」
「もしもお許しいただけますなら」
「平家さんに代わりまして、セキュリティガードは弊社(源氏)にお任せを!」
「それが無理ならせめて」
「昔のように、源平並んでお仕えさせていただくのはどうかと──」

 都の貴族たちは考えた。
(源平って並んでたっけ?)
(いや……、並んでたかもしれない)
(そうだ並んでたんだよ)

(そう、だから頼朝くんはね、ポスト将門なんかじゃなくて)
(ポスト清盛さん)
(そゆこと)
(これ朝廷への反乱じゃないのね。たんに源平のシーソーゲームだったのね)
(そうそう、だからわたしたちは関係ない)
(悪いのは清盛さん)
(清盛さんのせい)
(ぜんぶ清盛さんのせい)

 頼朝は学んでいたのだ。骨身にしみて。
 十三歳の初陣で惨敗し、父や兄たちとはぐれ、一人雪のなかをさまよったときに。
 この魔法の国の、黄金ルールを。
《(なぜか)


(どんなことがあっても——)
 雪にこごえ、遠のいていく意識の奥深くに、頼朝は刃で切り刻むように刻みつけたのだ。
(どんなことがあっても、二度と賊軍にはならない)
(朝敵にはならない)

 この頼朝の「源氏は朝敵じゃありません」という必死のアピールに、
 朝廷は乗った。
 というか、飛びついた。
 かくして「平家こそ朝敵」キャンペーンのポスターが全国の掲示板に貼りまくられる事態となる。

 このアンチ平家キャンペーンは効を奏し、
 平家は滅びた。
 だが、

 アンチ平家キャンペーンそのものは、
「ぜんぶ清盛のせい」コールは、
「源平(紅白)のシーソーゲーム」というコンセプトともども、生き残る。
 燦然たる傑作『平家物語』と、
 頼朝亡き後に作られた、北条氏の、北条氏による、北条氏のための歴史書『吾妻鏡』に受け継がれ、
 信じられて、いまに至る。

 二十一世紀の現在、いまだに、
 平清盛は「横暴な悪人」、
 治承・寿永の内乱は「源氏vs.平家のゲーム(勝者(ウィナー)源氏)」として、
 描かれ、語り継がれている。

 八百年前の掲示板に貼られたポスターを、いまだに私たちは信じているのだ。


※参考:
『平家物語の読み方』兵藤裕己著、ちくま学芸文庫、2011年.
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登場人物紹介

静/アリア(しずか/ありあ)

この物語のヒロイン。しばらく出てきてないけどヒロインの位置は不動。
明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳、ばかりでなく、雨を降らせる特殊能力を持っているが、本人はその重大性に気づいていないらしい。惚れっぽく、美しい者には見境なくフォーリンラブしてしまう。ために現在いろいろとややこしいことになっている。海霊族(ネレイド)。

源九郎義経/クロード(みなもとのくろうよしつね/くろーど)

アリアの恋人。天性の人たらし。アリアを熱愛する一方で(このところ忘れてるように見えるがぜんぜんそんなことはない)、実姉のカミーユ(頼朝)とぬきさしならない愛憎関係にある。目下の課題はカミーユが配置した包囲網を突破してとにかく生きのびること。樹霊族(ドリュアード)。

崇徳院/マクシミリアン(すとくいん/まくしみりあん)

かつての上皇でいまは神。崇徳は諡(おくりな=没後に贈られる称号)で、諱(いみな=本名)は顕仁(あきひと)。内乱で実弟の後白河帝に敗れ、大怨霊になったとして恐れられているが、素顔はいたって穏やかでシャイ。三人の美官女たちとまったりスローライフを満喫中。龍族(ドラゴン)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)

義経四天王の一人。弟の四郎クリストフとともにクロードを主君と仰ぐ。誠実で俊敏だがたまにフライング(先走り)する傾向あり。左肩から右脇腹にかけて貫通創あり。アリアの姉ミランダと熱愛中。火狐(ファイアーフォックス)。

遥/ミランダ(はるか/みらんだ)

アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。アリアの行く末を心配し、クロードと引き離したいと願っている。ためにクロードとは犬猿の仲。海霊族(ネレイド)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)

ミランダの友人。一人当千の女武者(アスリート)で尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだったため、ミランダとアリアの救出に喜んで参戦する。素はおちゃめ。土霊族(ノーム)。

武蔵坊弁慶/ベンジャミン(むさしぼうべんけい/べんじゃみん)

クロードの右腕。アリア・ミランダの姉妹とも友人。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。こう見えて料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

平知盛/ヴァレンティン(たいらのとももり/ばれんてぃん)

平家ファミリーの若きリーダー。肩書は新中納言。クロードとは因縁の仲ながら、互いに親近感を抱いているらしい。現在はフリーのようだが、恋人募集もしていないらしい。パトリシアとはバディとして気が合うらしい。いまだにいろいろ謎な人(作者にとっても)。樹霊族(ドリュアード)。

平忠度/ウィリアム(たいらのただのり/うぃりあむ)


平家ファミリーの主要メンバー。清盛の異母弟(末弟)で、知盛には叔父にあたるが、歳はそれほど違わない。肩書は薩摩守(さつまのかみ)。文武両道で和歌にも武芸にも優れ、しかも性格温厚でひかえめ。樹霊族(ドリュアード)。

平教経/ハロルド(たいらののりつね/はろるど)


ヴァレンティンの従弟。肩書は能登守(のとのかみ)。平家ファミリー最強の戦士。ことに強弓は他の追随を許さない。素は気さくな好青年で、甥のアーサーを溺愛する叔父バカ。樹霊族(ドリュアード)。

安徳帝/アーサー(あんとくてい/あーさー)

先帝。六歳(数え年で八歳)。平家ファミリーの秘蔵っ子。安徳は諡(おくりな)で、諱(いみな)は言仁(ときひと)。本人は「天のうをやめれた」ことを喜んでいる。巻三でクロードにプロポーズした。樹霊族と龍族両方の血を引く「ダブル」。

建礼門院徳子/マーガレット(けんれいもんいんとくこ/まーがれっと)

平家ファミリー秘蔵の姫。清盛の娘、知盛の妹。安徳帝の母。
平家ファミリー主要キャラのうちほぼ唯一の生き残り。運命に翻弄された悲劇のヒロイン……にしては笑い上戸の陽キャ。いまは京都郊外の大原で一門の菩提を弔いつつ、趣味の園芸を絶賛エンジョイ中。樹霊族(ドリュアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の最高権力者の地位にありながら、つねに周囲の予想のななめ上を行くキッチュな異端児。今様(Jポップ)と絵巻物(マンガ)をこよなく愛し、膨大なコレクションを持つ。愛妻ジェニファー(滋子)の没後もいちずに彼女を想いつづける純愛の人でもある。龍族(ドラゴン)。

九条兼実/ウィンストン(くじょうかねざね/うぃんすとん)

名門・藤原摂関家のCEO(最高経営責任者)。苦節二十年(と言ってもその間ずっと右大臣)、晴れて摂政に就任する。頼朝の盟友である一方で義経にも深い共感を寄せ、後白河院には振り回されるという忙しい人。座右の銘は「まずいワインを飲んでいられるほど、人生は長くない」(ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)。山霊族(オレアード)。

慈円/エイドリアン(じえん/えいどりあん)

ウィンストンの弟。天台宗の高僧。のちに座主(寺院のトップ)を四度勤める。当代きっての歌人でもあり、六千首にもおよぶ和歌を残している。政治家の兄を宗教界からバックアップする影の実力者でありながら、頼朝と遊び歌でふざけあう無邪気な一面も持つ。山霊族(オレアード)。

源由良頼朝/カミーユ(みなもとのゆらよりとも/かみーゆ)


鎌倉殿。そろそろ征夷大将軍になるところ。最愛の弟クロードを断腸の思いで追討。そのわりにその後あんまり苦悩してなさそうなのは、たんに作者が書くのを忘れているからだ。最近エイドリアンという新しいメル友ができた。樹霊族(ドリュアード)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


義経四天王の一人。兄の三郎フロリアンとともにクロードを主君と仰ぐ。内気で目立つのが苦手。「天性極信」(てんせいごくしん)、つまり「めちゃくちゃいいやつ」と広辞苑第五版にも書かれている(「極信」で引いてみてください)。ヒロインのアリアと両片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)

鎌倉幕府の重要御家人の一人。清廉潔白な人柄でカミーユの信頼厚く、「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。クロードとカミーユの不和に心を痛め、ひそかにクロードの逃亡に尽力している。見た目しゅっとしているのに力持ち。音楽の才能もあるらしい(そのうち出てくる予定)。人馬族(ケンタウロス)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)

醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取るわりにはクロードの何分の一も暴れておらず、そんな自分の生き方(というかキャラ設定)に疑問を抱く毎日。樹霊族(ドリュアード)。
※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

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