「せ」の話 つづき
文字数 1,224文字
瀬をはやみ
岩にせかるる滝川の
われても 末に逢はむとぞ思ふ
流れが速いと、ほとばしる川は、岩に当たって二つに裂かれてしまうけれど、
あとで合流する。
あんなふうにわたしたちも、いつか思いをとげて、一緒になろうね。
恋の歌だ。
繊細な歌の多い崇徳院にしてはめずらしく、激しいイメージを用いた力強い一首。
それでも、ここに政権奪還への執念(いつかは返り咲く!的な)なんかを読みこんじゃうのは、やめたほうがよくないかなと私は思う。
だって保元の乱の六年も前、1150年に編まれた歌集に入っている。
義「あの」
院「?」
義「これ」(うずうず)
院「うん?」
義「その……モデル、って、いるんですか?」(わあ訊いちゃった訊いちゃった!)
院「モデル?」
義「実在の……」(お相手の女性!)
崇徳院は女性関係も驚くほどクリーンだ。
でもその女性もちゃんと妃として認められていて、べつに「岩にせき止められ」たりはしてない。
とすると?
院「モデルは……ふふ」
義(何その意味深な笑い)
院「きみだよ」
義「は?!」
院「(吹きだす)冗談」
義「びっ……びっくりしたー(まじ心臓やばかった)」
院「でも、きみにぴったりでしょう」
義「……」
院「きみの気もちを詠んだような歌でしょう」←にこにこ
義「……」←図星
〈われても 末に逢はむとぞ思ふ〉
いまは遠くへだたっていても、いつか(サムデイ)。
どこかで(サムウェア)。
あの人と、わかりあえるんじゃないかと。
院「歌詠みというのはね。
よく誤解されるけれど。
かならずしも、じっさいに自分の身に起きたことを詠むわけではないよ」
院「その論で行くと、ミステリ作家はしょっちゅう人を殺さなくてはならないし、SF作家はつねに宇宙船に乗っていなくてはならなくなってしまう」
義「あー(納得)」
院「空想だよ。イマジネーション。決まっているじゃないか。
どうして恋愛ものだけは、実話だと、作者の実体験にもとづいているんだろうと決めつけて、詮索するんだろうね」
院「歌なんて、まだ見ぬ誰かのために詠むことさえある。
その人が
『これ、おれのこと?』
『この作者、誰? どうしておれのこと知ってるの?』
『どうしておれの気もちがわかる?』
そう思ってくれるとき――
詠んだわたしは、もうこの世にいなくてもいいんだ」
院「そういうものだよ」
院「わたしも、そうして過去の人々が詠んでくれた歌に、どれだけなぐさめられ、救われたか知れない。
だから、わたしも」
義「おれ! おれ、ほんとに!
この札だけはいつも取りたかったんです。ぜったい誰にも渡さないと思って。
これは、おれの札だと思って。
これだけは」
院「嬉しいよ」