マジック (5)

文字数 1,595文字

 ある日、鎌倉の街を歩いていた畠山重忠ロバートは、交差点の赤信号で立ち止まった瞬間、肩越しに声を聞いた。
(畠山さん)
 ふりむくと、誰もいない。

 おかしいなと思いつつ、正面に向き直って、さらに驚く。
 横断歩道は消え、かわりに真っ赤な鳥居が奥へとずらり並んでいる。
 参道だ。

 佐助稲荷に来ている。

 ぼうぜんと立っていると、鳥居の陰からそっとのぞく者があった。ひかえめな、長身。
「えっ……佐藤くん……?」
「四郎です」弟か兄さんか、どっちだ、と迷うのに先回りして答えてきた。「おひさしぶりです。すみません、お呼び立てして」
 はにかんだ笑顔。
 そうか、とロバートは気づく。呼び出されたのだ。

 確認しておくと、ロバートとクリストフは旧知の仲だ。高校は別だがバスケの交流試合でいっしょになったことがあるし、源平合戦もともにクロード義経の旗下(きか)で戦っている。
 そしてピュアな好青年どうし、気が合う。

 佐助稲荷の湧き水の前のベンチで、つもる話は山ほどあった。だいたいこの連載のまるっと三巻ぶんに相当する。
 だから
「そうだったんだ」
とロバートが感慨のため息をつくところまで飛ばしても、読者諸君に異存はないものと思う。
「とにかく」とロバート。「無事でよかった」
「ありがとうございます」とクリストフ。
「でも、ぼくに知られてよかったの?」ロバートは笑うとえくぼが出る。「ぼくがきみを捕らえてつき出すかもしれないとは思わなかった?」
 クリストフも微笑む。「思いませんでした」

「ただ──
 畠山さんお見かけして、なつかしくて」

 霊狐の清水が、静かにこぼれ落ちている。

「おれ、どうしたらいいですか」しばしの無言の後、クリストフがぽつんと言う。
「ぼくに訊く?」ロバートもうつむく。「ぼくは幕府寄りのことしか言えないよ」
「そうですけど」
「アリアさんにはここにいてほしい。いてもらわないと困る。
 彼女自身もわかってくれている。
 すすんで協力を──」

 顔を上げると、クリストフがこちらを見つめている。ほんの少し首をかしげて、くもりのない目で。
 ふいに胸を突かれるロバートだ。
(変わってない)
 この人(クリストフ)は多くを語らないし、考えない。だからこそ、つねにいちばん肝心のところを突いてくる。ぼくらチーム鎌倉が打とうとしている大博打(ばくち)についてなんて、まだほとんど何も知らないにちがいない。なのに、この目がもう言ってる。

(それって、どうしても必要ですか?)

「アリアさんを危ない目に遭わせはしないから」ロバートは思わず口走っていた。「誓うよ」
 クリストフがくすりと笑う。「それ、おれの役目ですよね?」
「ああ、そうか。そうだね。頼む」
「悪禅師どの(=アントワーヌ)に泣きそうに感謝されちゃって」笑っている。「自分も24時間体制で警護はできないからって」
「うん。そうなんだ」
「つまり、24時間体制の警護が必要だと」

 言葉につまるロバートから目をそらさないまま、クリストフは立ち上がり、
「わかりました」
 青空に向かって「うーん」とのびをした。
「もともとボディガードのつもりで来たんで。予定どおりです」
 さらりと言い終えるか終えないうちに、

「えっ?」
 もとの交差点にロバートは立っていた。ちょうど歩行者信号が赤から青に変わったところだった。
(な──)
 何が「どうしたらいいですか」だ、と、あっけにとられてつぶやくロバートだ。
(宣戦布告じゃないか!)

 やばい、やばいぞこれは、と足が速まる。とんでもない男を雇ってしまった、全成どのとぼくだけの独断で。ボディガードに最適任にして最強。そして、いつなんどきぼくらの隙をついてアリアさんをさらっていくかわからない。
(こうなったら舞のライブ、最速で進めないと。だけどカミーユさまにはこの件内密にだな……難しい。どうしよう? ああもう、かんべんしてくれ四郎忠信!)

 ロバートの口もとに、ひどく嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
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登場人物紹介

静/アリア(しずか/ありあ)

この物語のヒロイン。しばらく出てきてないけどヒロインの位置は不動。
明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳、ばかりでなく、雨を降らせる特殊能力を持っているが、本人はその重大性に気づいていないらしい。惚れっぽく、美しい者には見境なくフォーリンラブしてしまう。ために現在いろいろとややこしいことになっている。海霊族(ネレイド)。

源九郎義経/クロード(みなもとのくろうよしつね/くろーど)

アリアの恋人。天性の人たらし。アリアを熱愛する一方で(このところ忘れてるように見えるがぜんぜんそんなことはない)、実姉のカミーユ(頼朝)とぬきさしならない愛憎関係にある。目下の課題はカミーユが配置した包囲網を突破してとにかく生きのびること。樹霊族(ドリュアード)。

崇徳院/マクシミリアン(すとくいん/まくしみりあん)

かつての上皇でいまは神。崇徳は諡(おくりな=没後に贈られる称号)で、諱(いみな=本名)は顕仁(あきひと)。内乱で実弟の後白河帝に敗れ、大怨霊になったとして恐れられているが、素顔はいたって穏やかでシャイ。三人の美官女たちとまったりスローライフを満喫中。龍族(ドラゴン)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)

義経四天王の一人。弟の四郎クリストフとともにクロードを主君と仰ぐ。誠実で俊敏だがたまにフライング(先走り)する傾向あり。左肩から右脇腹にかけて貫通創あり。アリアの姉ミランダと熱愛中。火狐(ファイアーフォックス)。

遥/ミランダ(はるか/みらんだ)

アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。アリアの行く末を心配し、クロードと引き離したいと願っている。ためにクロードとは犬猿の仲。海霊族(ネレイド)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)

ミランダの友人。一人当千の女武者(アスリート)で尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだったため、ミランダとアリアの救出に喜んで参戦する。素はおちゃめ。土霊族(ノーム)。

武蔵坊弁慶/ベンジャミン(むさしぼうべんけい/べんじゃみん)

クロードの右腕。アリア・ミランダの姉妹とも友人。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。こう見えて料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

平知盛/ヴァレンティン(たいらのとももり/ばれんてぃん)

平家ファミリーの若きリーダー。肩書は新中納言。クロードとは因縁の仲ながら、互いに親近感を抱いているらしい。現在はフリーのようだが、恋人募集もしていないらしい。パトリシアとはバディとして気が合うらしい。いまだにいろいろ謎な人(作者にとっても)。樹霊族(ドリュアード)。

平忠度/ウィリアム(たいらのただのり/うぃりあむ)


平家ファミリーの主要メンバー。清盛の異母弟(末弟)で、知盛には叔父にあたるが、歳はそれほど違わない。肩書は薩摩守(さつまのかみ)。文武両道で和歌にも武芸にも優れ、しかも性格温厚でひかえめ。樹霊族(ドリュアード)。

平教経/ハロルド(たいらののりつね/はろるど)


ヴァレンティンの従弟。肩書は能登守(のとのかみ)。平家ファミリー最強の戦士。ことに強弓は他の追随を許さない。素は気さくな好青年で、甥のアーサーを溺愛する叔父バカ。樹霊族(ドリュアード)。

安徳帝/アーサー(あんとくてい/あーさー)

先帝。六歳(数え年で八歳)。平家ファミリーの秘蔵っ子。安徳は諡(おくりな)で、諱(いみな)は言仁(ときひと)。本人は「天のうをやめれた」ことを喜んでいる。巻三でクロードにプロポーズした。樹霊族と龍族両方の血を引く「ダブル」。

建礼門院徳子/マーガレット(けんれいもんいんとくこ/まーがれっと)

平家ファミリー秘蔵の姫。清盛の娘、知盛の妹。安徳帝の母。
平家ファミリー主要キャラのうちほぼ唯一の生き残り。運命に翻弄された悲劇のヒロイン……にしては笑い上戸の陽キャ。いまは京都郊外の大原で一門の菩提を弔いつつ、趣味の園芸を絶賛エンジョイ中。樹霊族(ドリュアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の最高権力者の地位にありながら、つねに周囲の予想のななめ上を行くキッチュな異端児。今様(Jポップ)と絵巻物(マンガ)をこよなく愛し、膨大なコレクションを持つ。愛妻ジェニファー(滋子)の没後もいちずに彼女を想いつづける純愛の人でもある。龍族(ドラゴン)。

九条兼実/ウィンストン(くじょうかねざね/うぃんすとん)

名門・藤原摂関家のCEO(最高経営責任者)。苦節二十年(と言ってもその間ずっと右大臣)、晴れて摂政に就任する。頼朝の盟友である一方で義経にも深い共感を寄せ、後白河院には振り回されるという忙しい人。座右の銘は「まずいワインを飲んでいられるほど、人生は長くない」(ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)。山霊族(オレアード)。

慈円/エイドリアン(じえん/えいどりあん)

ウィンストンの弟。天台宗の高僧。のちに座主(寺院のトップ)を四度勤める。当代きっての歌人でもあり、六千首にもおよぶ和歌を残している。政治家の兄を宗教界からバックアップする影の実力者でありながら、頼朝と遊び歌でふざけあう無邪気な一面も持つ。山霊族(オレアード)。

源由良頼朝/カミーユ(みなもとのゆらよりとも/かみーゆ)


鎌倉殿。そろそろ征夷大将軍になるところ。最愛の弟クロードを断腸の思いで追討。そのわりにその後あんまり苦悩してなさそうなのは、たんに作者が書くのを忘れているからだ。最近エイドリアンという新しいメル友ができた。樹霊族(ドリュアード)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


義経四天王の一人。兄の三郎フロリアンとともにクロードを主君と仰ぐ。内気で目立つのが苦手。「天性極信」(てんせいごくしん)、つまり「めちゃくちゃいいやつ」と広辞苑第五版にも書かれている(「極信」で引いてみてください)。ヒロインのアリアと両片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)

鎌倉幕府の重要御家人の一人。清廉潔白な人柄でカミーユの信頼厚く、「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。クロードとカミーユの不和に心を痛め、ひそかにクロードの逃亡に尽力している。見た目しゅっとしているのに力持ち。音楽の才能もあるらしい(そのうち出てくる予定)。人馬族(ケンタウロス)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)

醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取るわりにはクロードの何分の一も暴れておらず、そんな自分の生き方(というかキャラ設定)に疑問を抱く毎日。樹霊族(ドリュアード)。
※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

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