マジック (1)
文字数 617文字
美少女の唇が、わなわなとふるえる。
「どうして──」
ショックのあまり、ぐらりと体が傾く。
小花を散らしたワンピースのすそが、それにあわせてふわりと広がる。
きゃしゃな鎖骨を包む白い大きな襟。
「ひどい。ひどすぎる。
カメロンパンが完売だなんて!」
「本当なの?」
「申し訳ありません、お客様」
「あのね、あのね、季節限定のもみじバージョンでなくていいの。
ショコラでもチョコチップでも。
いちごでも抹茶でもプレーンでもっ」
「ぜんぶないの?」
困惑しきった売り子嬢@推定年齢四十歳の顔には
(ぜんぶないから完売なんですけど?)
と書いてある。
「そんなああ」
アリアは半泣きだ。本気で楽しみにしていたらしい。
「じゃあ、じゃあ、カレイの形のカレーぱん」
「そちらも完売です」
「ええええ?!」
「グソクムシパンは?」
「ございます」
「やだ! 買わない」
だったら訊くなよ、と、売り子嬢@たぶん四十歳の顔には書いてある。
はらはらしながら見守っていたクリストフだったが、そのうち、ある不可思議な事実に気づいた。
(カメロンパン)
(クラゲパン)
(あざらしパン)
(カワウソパン)
(グソクムシパン)
(カレイの形のカレーぱん)
(どうしてカレーぱんだけ、「ぱん」がひらがななんだろう?)
新江ノ島水族館の〈オーシャンカフェ〉。
レジ前カウンターで押し問答をくりかえすアリアと、じっとメニュー表を見上げるクリストフの後ろに、
ちょっとした長蛇の列ができている。