未収録テイク 「せ」の話
文字数 1,166文字
配流先の讃岐で、崇徳院の詠まれた(といわれる)歌。
なけば聞く
聞けば都の恋しさに
この里過ぎよ 山ほととぎす
ほととぎすよ、鳴かずにこの里を飛び過ぎておくれ。
おまえが鳴けば聞いてしまう。
聞けば、都が恋しくなってしまうから。
この歌以来、その里では、ほととぎすがいっさい鳴かなくなってしまったのだそう。
義(そういえば、忠度さんに「和歌の話をしてさしあげなさい」って言われてたんだった)
義(どうしよう……(どきどき)あの話、していいのかな)
院「どうしたの?」
義「いえあの」
義(カアア……)←赤くなってる
院「?」
義「おれ、中学のとき……ですね。百人一首、の、かるた取るの、けっこう、強くて」
院(にっこり)
義「……やっぱいいです」(やだやだぜったいバカだと思われた!)
院「聞かせて」
義「その……おれバカだから内容とかほぼわかんないでやってたんですけど。
いつも、これだけはぜったい取る、って決めてた札があって」
院(にこにこ)
義「……」←テレてる
院「……」←待ってる
義(超小声)「……せ、の札」
院「ほんと?」
義「はい」
院「嬉しい」
義(やった!!)
読者はご存じだろうか。「むすめふさほせ」。
小倉百人一首に「む」「す」「め」「ふ」「さ」「ほ」「せ」の字から始まる歌は、それぞれ一首しかない。
これが「あ」だと「有明の~」なのか「逢い見ての~」なのか、先まで聞かないとわからないのだが、「むすめふさほせ」の七枚にかぎっては
「む」「ハイッ!(バシッ)」
という、一文字読んだ瞬間に取るというね、そういう超速プレーが可能な鉄板カードなのである。
で、問題の「せ」から始まる一首が、すでにお察しのとおり、崇徳院の
例の二人はなんか初めてのバレンタインデーみたいな感じでテレテレをやってるのだった。
院「『せ』以外で好きなのは?」
義「へ?」
院「『せ』以外で好きな歌を教えて」
義「こっこれ何かのテストですか?!」
院「そうじゃないけど」←テレてるだけ
義「ええっ、えーと」←パニック
風をいたみ 岩打つ波の おのれのみ
砕けて ものを思ふころかな (第四十八番・源重之)
風が激しいから、波が岩にぶち当たって砕けてますけど、
岩はなんともなくて砕けてるの波だけ。
冷たい貴女を思って勝手に砕けてるおれもそんな感じです。
今はただ 思い絶えなん と ばかりを
人づてならで言ふよしもがな (第六十三番・藤原道雅)
貴女のことはきっぱりあきらめます。
という一言だけでも、
伝言じゃなくて直接会って言えたらいいのに。
義(だめだ! 男がド失恋して未練たらたらの歌しか思い浮かばん!)
院(にこにこ)
義(死にてー!)←カアア