◆ 忘備録(五)  八月二日(土) 2 

文字数 1,149文字


 六時四十五分、いま下で子ども達の「人形が生きているみたいだ!」と驚嘆の声が聞こえた。

 開演の七時を過ぎても一人も現れず、客が来る気配も無い。
 しばらく待つが、客が来なくても岡本さんはやると言って境内に立った。

 始めた頃に青年が一人、観に来たのでカンパ500円を受け取る。
 しかし、途中で帰ってしまった。

 終わった時に、強く拍手をしたけど境内の闇に沈んでいく。
 神社の宮司さんが気の毒がって、きゅうりの醤油もみ、ナスの漬物、トマト等を出してくれた。
 後片付けをしていると、さっきの客が戻って来た。

 加藤と名乗った青年は、諏訪での色々な催し物の手伝いをしていると言った。
 神楽で酒と晩飯のソバを一緒に食べる。
 出前持ちのバイトをしているとのこと。どうやら年下のようだ。

 加藤くんが、ぜひ案内したい店があるという。
 岡本さんは疲れ切っている様子なのに断らない。
 加藤くんに連れられて、スナック「フォーク村コンセール」へ行く。
 マスターに紹介されるが、歓迎されていない雰囲気。
「うちは他にお客さんがいるからね。石けん貸してあげるからそのドーラン落としてよ」
 なかなか憎いことをおっしゃる。

 岡本さんとユーコは水割り、アルコールが飲めないぼくはコーヒーをご馳走になる。
 ぼくが広報係になって、みんなの質問に答える。

 実際に舞台を観ていない人たちには、いつものように
「元々、NHKの人形劇をやっていた」
「テレビの『11PM(イレブン・ピーエム)』に出演した」
 この二点で押し切る。
 加藤くんと十二時前に別れる。
 明日の下諏訪での公演に、松沢ゆたか(美術思想家)、小谷(市役所勤務)に連絡して行ってもらうようにするとのこと。
 
*松沢宥(まつざわ-ゆたか)。1922-2006 昭和後期-平成時代の美術家。
 大正11年2月2日生まれ。美術文化協会展,読売アンデパンダン展に出品。神秘的な記号による絵画,立体作品を制作し,非感覚絵画を提唱する。昭和39年以降は文章とパフォーマンスを表現手段とする作品を発表,日本の観念芸術の先駆者として国際的な注目をうけた。平成18年10月15日死去。84歳。長野県出身。早大卒。
 
 神楽に戻って反省会をして寝ることにする。
 明日は七時起床だ。

 月明かりで、三奈にハガキを書く。
「新宿9:30発上諏訪行き臨時急行アルプス51号にて無事着きました。
 岡本さんとも合流し、今夜の上演の為、早速街に宣伝隊として繰り出しました。
 昨夜は大雨だったとのこと。
 今日は快晴、ぼくはやはり晴れ男なのだ!
 まずは報告まで。
 上諏訪、手長神社にて
 真夜中に記す。


●一回目の公演、上諏訪・手長神社。
 客は1人、カンパ・500円

 手長神社、回廊の床下で眠る。

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