「 ’22 日本の人形劇」による紹介

文字数 1,582文字


「 '22 日本の人形劇 『日本人形劇年鑑・2022年版』日本ウニマ」より。





 あらゆる演劇のレパートリーになっている。)一夜の恋と結婚の約束の後に捨てられた娘は、復讐のために大蛇に姿を変え、愛する人を殺してしまう。
 岡本の一人芝居は当時としては絶妙な表現だった。
舞踊を思わせる動きの人形遣いによって作り出される登場人物、自分の顔と人形の顔を仮面で隠した配役が驚異的に入れ替わること(ある時には人形は僧、他の場面では女性、その間、人形遣いは操演者のこともあれば顔を白塗りした主人公のこともある)、これらすべてのことによって、人形遣いは人形から分かち難くなり、物語は言葉を使わずに語られた。

 緻密で親密でゆっくりした動き、そして名人級の操演が安珍と清姫を結合させ、相互に浸透する身体が催眠術的効果を生んだ。人形遣いと人形が身につける衣装や布は洗練されていて、思いがけず別のものに変化する。

 紐を引くと、平らな笠を被っている僧の埃まみれの衣が清姫の赤い着物に変わり、その人形の頭は豊かな黒髪で包まれている。芝居の中で岡本はこのような驚くべき変身を観客の目前で何度も行い、同時に、絡み合う恋人たちの身体の恍惚とした様子を見せた。

 この時、人形遣いの素足は女のものなのか僧のものなのか、あるいは愛の行為にひたっている両者のものなのか判断できないこともあった。

 リュブリャナ(スロベニア)で開催されたウニマ大会のフェスティバル(1992年)で岡本は初めてヨーロッパの観客の前で上演し(それ以前に韓国の一人劇祭と台湾での上演はあったが)、衝撃を巻き起こした。

 上演場所の四隅に設置されたろうそくが消えても、観客はずっとその場に残っていた。それは単に壮大な演劇体験に留まらず、特別な神秘であり、芸術家が創造した日本の感性の世界との精神的遭遇であった。
 完璧に表現された無機質な世界はにごり、多彩で現実的でありながら官能的で非常に現代的でもあった。世界に新たな人形劇の様式が提示された。

 人形遣いが等身大人形と複雑な関係に落ち入り、仮面をつけた演技と組み合わせた動作と舞踊という言語を駆使して人形に関わっていく。

 1987年の初演以降、リュブリャナ以前には岡本は「清姫曼陀羅」をほんの数回しか上演していない。日本の観客にとっては、特に上演機会の多かった地方では、岡本は衝撃的すぎた。

 子供向け上演ではなく、台詞や語りもなく、受け入れられなかった。幸いなことに偉大な糸あやつり人形師の竹田扇之助氏がその上演を観て、その推薦によって岡本芳一にスロベニアから世界への道が開かれたのだった。

 1990年代から21世紀最初の10年間まで、どんどろの成功が異例だったのは疑いようがない。岡本のワークショップも数多く企画されたが、20~30年前は、それが今日ほど大掛かりでもなければ定期的でも一般的でもなかった頃である。1998年、「清姫曼陀羅」はルブリン国際演劇祭に参加、その1年後には岡本はマスタークラスプログラムとしてウッチ国際一人人形劇祭に登場した。

「清姫曼陀羅という一人芝居は、日本文学と伝統的仮面や舞踊劇から派生したもので、人と人形と仮面による名人芸であり、愛に圧倒されて踊りで燃え上がるふたりの仮面によるパフォーマンスである。


日本で唯一の人形劇年鑑 『日本の人形劇』


 日本ウニマは、ウニマ【国際人形劇連盟 UNIMA=UNION INTERNATIONALE DE LA MARIONNETTE】の日本センターとして、1967 年に創立。人形劇芸術を発展させるための多くの活動をしてきました。その重要な仕事のひとつとして「日本の人形劇」の編集・発行があります。「日本の人形劇」は、人形劇年鑑として国内の人形劇関連のデータを毎年集め、1974 年から発刊を続けています。



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