第4話
文字数 1,066文字
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玄関から伊田さんが、ダンボール箱を担いで出て来た。
あの電話の後に、速攻で駆けつけたようだ。不機嫌さを、身体全身から発している。
「座長は?」
姿がないので訊いた。
「貴衣さんと上で話をしている」
振り向いて顎をしゃくった。
二階に眼をやるとこの暑さの中、窓は全て締め切ってあった。
「お前も早く積み込みを手伝え!」
伊田さんはぼくを睨みつけた。
きまりが悪い悪い時ほど、人を威圧する態度になるのだ。
家の中に入ると知らない青年が、大きな荷物を抱えてふらついている。
ぼくは急いで駆け寄って、荷物の片側を持った。
青年は調布の酒屋の息子で谷川と名乗った。
調布でヨーコを拾って、信州の上諏訪まで荷物を運ぶという。このあいだの宴会に来ていないから、座長と最近知り合ったに違いない。
彼も座長のスマイルマジック、略して「ザ・スママ」に、取り込まれた仲間だと思うとおかしくなった。
ぼくも座長に出会った翌日に、もう座員になっていたのだ。
三年前の夏に、始めて座長と会った。
漫画雑誌の編集をしている友人に誘われて、田無神社に『風の又三郎異聞』を観に行ったのが、どんどに足を踏み入れたきっかけだった。
友人は「等身大の人形と舞踏が融合している」とか、「文楽の黒衣のように自分を消すのではなく、一緒に舞台に上がる」などと説明をしたけど、最後は、面倒くさそうに「とにかく独特で、観れば判る」と話を打ち切った。
夏の午後六時はまだ明るかった。
鳥居を抜けて境内に入ると、夕暮れの淡い光も木立に遮られて薄い闇が辺りを占めていた。
石段を登ると本殿に続く石畳から外れたところに、人形が横たわっていた。
顔は幼女だが妖艶さを漂わせている。人形を取り囲むようにして四本の竹が、腰の高さまで突き刺してあった。その先端には太いロウソクが立ててある。観客は少なく、ぼくたちを入れても二十人に満たなかった。
黒衣を着た異様に大きい男が、口上を言いながらロウソクに灯をつけた。
顔も黒い頭巾を被っている。そのせいか、口上は聞き取りにくくて、低い声だけが境内に響いた。
四本目のロウソクに灯をつけ終わると、腰に下げていた拍子木を強く打った。
それが始まりの合図だと思って、人形を見る。しかし、変化がない。
ロウソクの灯が、風に揺れるまま時が流れる。
周りがざわざわし始めた時にゆるりと人形が動いた。
一瞬でしんとなった。絶妙な間合いだった。人形が灯りに吸い寄せられていく。そして、一本のロウソクの灯を消す。
不安になるほどスローな動きに、ぼくは眼を離せなくなった。
玄関から伊田さんが、ダンボール箱を担いで出て来た。
あの電話の後に、速攻で駆けつけたようだ。不機嫌さを、身体全身から発している。
「座長は?」
姿がないので訊いた。
「貴衣さんと上で話をしている」
振り向いて顎をしゃくった。
二階に眼をやるとこの暑さの中、窓は全て締め切ってあった。
「お前も早く積み込みを手伝え!」
伊田さんはぼくを睨みつけた。
きまりが悪い悪い時ほど、人を威圧する態度になるのだ。
家の中に入ると知らない青年が、大きな荷物を抱えてふらついている。
ぼくは急いで駆け寄って、荷物の片側を持った。
青年は調布の酒屋の息子で谷川と名乗った。
調布でヨーコを拾って、信州の上諏訪まで荷物を運ぶという。このあいだの宴会に来ていないから、座長と最近知り合ったに違いない。
彼も座長のスマイルマジック、略して「ザ・スママ」に、取り込まれた仲間だと思うとおかしくなった。
ぼくも座長に出会った翌日に、もう座員になっていたのだ。
三年前の夏に、始めて座長と会った。
漫画雑誌の編集をしている友人に誘われて、田無神社に『風の又三郎異聞』を観に行ったのが、どんどに足を踏み入れたきっかけだった。
友人は「等身大の人形と舞踏が融合している」とか、「文楽の黒衣のように自分を消すのではなく、一緒に舞台に上がる」などと説明をしたけど、最後は、面倒くさそうに「とにかく独特で、観れば判る」と話を打ち切った。
夏の午後六時はまだ明るかった。
鳥居を抜けて境内に入ると、夕暮れの淡い光も木立に遮られて薄い闇が辺りを占めていた。
石段を登ると本殿に続く石畳から外れたところに、人形が横たわっていた。
顔は幼女だが妖艶さを漂わせている。人形を取り囲むようにして四本の竹が、腰の高さまで突き刺してあった。その先端には太いロウソクが立ててある。観客は少なく、ぼくたちを入れても二十人に満たなかった。
黒衣を着た異様に大きい男が、口上を言いながらロウソクに灯をつけた。
顔も黒い頭巾を被っている。そのせいか、口上は聞き取りにくくて、低い声だけが境内に響いた。
四本目のロウソクに灯をつけ終わると、腰に下げていた拍子木を強く打った。
それが始まりの合図だと思って、人形を見る。しかし、変化がない。
ロウソクの灯が、風に揺れるまま時が流れる。
周りがざわざわし始めた時にゆるりと人形が動いた。
一瞬でしんとなった。絶妙な間合いだった。人形が灯りに吸い寄せられていく。そして、一本のロウソクの灯を消す。
不安になるほどスローな動きに、ぼくは眼を離せなくなった。