第35話

文字数 1,024文字


 神社に戻ると社務所の前で、座長と白装束の男が話していた。
 たぶん宮司さんだろう。ぼくが近寄って会釈をすると、
「些事に拘泥(こうでい)しなくてもいいでしょう」
 宮司さんが笑った。
 小さなことに、こだわるなってことかと頭の中で翻訳した。

 座長が警察からの問い合わせに、宮司さんが答えてくれたから解放されたのだと教えてくれた。
「些事にとらわれてしまい、全体が見えなくなることがある」
 宮司さんの説教めいた言い方にむっとしたけど、
「ありがとうございました」
 と一応、頭を下げた。
 でも、宮司さんとはいま初めて会う。
「見たこともないぼくの身元を、保証してくれたってことですか?」
「神主にも青春はありましたよ」
 目尻にしわを寄せて笑った。

「今夜は何人ぐらい観に来ますかな?」と座長に訊いた。
「反応が薄いので、三十から五十人ぐらいと思います」
 ぼくが答えた。
「まあ頑張りなさい」
「ありがとうございます」
 素直に言えた。
 宮司さんの後ろ姿に頭を下げた。

 社務所から少し離れた場所に舞台を設営した。
 近くの石の上にミッキーマウス人形の置時計を置いた。もう三時だ。
 設営といっても木と木にロープを張って、暗幕を掛けるだけの簡単なものだ。
 ロープを木に結ぶ時には「自在結び」を使う。結び目の位置を移動させて、ロープの長さを調節出来るし、ロープにテンションがかかった場合に緩まない。

 スポットライトのフォーカシング(シューティング、照射範囲の決定と調節)を座長と打ち合わせて、照明の当たりの位置を決めた。

 五時三十分になった。
 座長は「ツンイチ」つまり「ツン」いっちょうの姿で、ユーコにドーランを塗ってもらっている。
「ツン」は手作りのTバックのような衣装で局部がはみ出ないように抑えて包む。身体は頭の上から足の先まで、全身を白く塗る。
 舞踏は剃髪、裸体、白塗り、ツンイチが基本だ。
「お姫を使いますよ」
 ぼくは座長にいってから、お姫人形を抱えて石段に向かった。
 鳥居の脇にダンボール函を置いて、お姫人形を上に座らせる。
「お客さんを呼んでくれよ」
 手を合わせた。

 赤い鳥居をバックに憂いを秘めたお姫人形の表情は、実に絵になる。いろんな角度から写真を撮った。
 六時になった。鳥居の方から「人形が生きているみたいだ!」と子どもたちの驚嘆の声が聴こえてきた。
 ぼくが降りていくと、足音だけを残して子どもたちの姿は消えていた。
 左右を見たけど、客の姿どころか人通りさえも無かった。

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