第67話  終わり  

文字数 1,313文字


「お前は、いかにも自由に頑張っていますって、暑苦しくて目障りなんだ! 自分勝手にして、自由だと思っているだろう」
「ぼくだって、好き勝手に生きているわけじゃない」
「お前は親を捨てているだろ」
 小野寺の言葉に、ぼくは「違う」と言い返せなかった。
「親を捨てれば自由になれるのか? なあ自由って、そんなに簡単に手に入るものなのか?」
 違う。捨てられたのはぼくなんだ。
「嫌でも一緒に暮らしていくんだ。見捨てることなんか出来ないんだ。そうやって、この場所で生きていくしかないんだ」
 無性に腹が立った。
 お前は愛されているじゃないか。我慢出来なかった。
「お前なんか母親の子宮の中であっぷあっぷして、溺れているだけのマザコン野郎じゃないのか!」
 小野寺の顔がみるみる紅くなり、奇妙な声を上げて掴みかかってきた。
「やめて!」
 麻帆の叫び声が聴こえた。

 ビデオをスロー再生したように、小野寺の動きが見えた。
 何とか左にかわす。
 殴られるのはゴメンだ。でも、殴るのはもっと嫌だ。
 ぼくは逃げ出した。

 表通りに出てから静まりかえった脇道に入る。
 振り返って後ろの様子を見たけど、追いかけてくる気配はなかった。
 道には人影がなくて外灯も暗い。
 古い家屋が立ち並ぶほうへと歩いた。

 身体中が汗ばんでいる。
 ぽつりぽつりと窓が灯っている。
 光の消えた暗いほう、暗いほうへと進んでいった。
 深い夜の底を探した。

 あんなことを言って、傷つけることは無かった。
 いや……、傷つけたいと思ったのだ。
 背中に滲み出した汗で、Tシャツが張り付く。
 道の先に、薄暗い外灯に照らされた小さな橋が見えた。
 ぼくは足を止めた。
 川の流れる音を聴こうと耳を澄ます。
 近くで吠えたてている犬の声に邪魔をされて聴こえない。
 ぼくに向かって吠えているのか?
 闇に怯えて吠えているようにも聴こえた。

 橋を渡ると、戻れないような気がした。
 しばらく橋の欄干に寄りかかって、自分の身体を抱きしめるように腕を重ねた。
 どうしても、黒いコートを着た父親の後ろ姿が甦る。
 その上に母親や、友だちとのスナップショットが次々と投げ込まれる。
 伊田さんや座長、三奈との思い出が積み上げられていく。
 全てを消し去りたい。しかし、そんなことは出来ない。
 全てがぼくだから。

 見上げると空の片隅に月が浮かんでいた。
 星の数は雲におおわれていてとても少ない。青い月とぼくの間には、夜の闇があるだけだった。
 今夜の出来事が、何かを変えてしまうのだろうか?
 首が疲れたので、少し曲げるとボキッと大きな音が響いた。
 硬直していた身体をしばらく動かしていると、心もほぐれてきた。
 柔らかなその光を浴びていると、自分の中で固く閉ざしたモノが少し開いたような感じがした。
 戻ろう。
 座長に十円玉の物語を聞かせたい。麻帆のことも、きちんと説明をしないといけない。
 抱いたけど、抱いていない。
 座長になら、それで通じるだろう。
 抱いたけど、抱いていない。

 来た道を引き返えそうとした。
 でも、ここまでやみくもに歩いたので、どこへ向ったらいいのか判らない。
 灯りがあるほうへ歩けばいい。
 そう思った。
 光のあるほうへ。

 終わり
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