第19話 

文字数 1,062文字


 仕事から帰って来た三奈に全てを話した。
 スーパーで買ってきた食料品を袋から冷蔵庫へ移す時も、着替えている時も横に座って、台所で野菜イタメを作っている後ろに立って、巡業のこと、座長のこと、貴衣さんのこと、伊田さんのことを出来るだけ正確に説明する。
 ぼくのことは除いては……。

「伊田さんは行きたいんだよ。きっと」
「そうだと思う」
 酒が入ると伊田さんと座長は「恋がしたいな、恋がしたいなって」と楽しそうに騒いでいた。 
 酔いつぶれた座長を伊田さんは背負って、何度も家まで送り届けていた。
「伊田さん強い人だから、決めたことは曲げないんだ」
 きっと伊田さんはずいぶん前から、悩んでいたんだ。
 そして「どんど」を離れる決断をしたんだ。
 何も考えてない無責任なぼくみたいじゃなくて……。

「そうなのかな。伊田さんって、そんなに強くないって思うよ。逆に弱いから、巡業に行けないのよ」
 意外な言葉に驚いて、三奈の顔を見つめた。
「巡業に行っちゃうと、辞めると決めたことを守る自信がないからよ。だって、二年も三年も行くってことじゃないでしょう」
「長くて一ヵ月……二ヶ月ぐらいかな」
「場所だって地球の反対側なんかじゃなくて、長野なんでしょう。日帰りでも行けるところよ」
 ずいぶんな言い方だ。でも、腹は立たなかった。
「あなたはどうするの?」
 いきなりファイナルアンサーを求められた。
「迷っている」
 正直に答えた。

「あなたの思う通りにしていいのよ」
 伊田さんが言った通りのフレーズが、三奈の口から出て来きた。
 座長と私のどちらを選ぶのってパターンになるのか……。
 気まずくなりそうな空気を、電話の鳴る音が破ってくれた。

「貴衣さんよ」
 渡された受話器を、ぼくは直立不動で受け取った。
座長がお金を忘れたから、持って行って欲しいという依頼だった。
「郵便局に預けたから、印鑑と通帳を届けるわ」
 ぼくが行くものだと決め付けている。
 それにしても、座長は、お金も持たずに飛び出したのか。 
「いまからすぐに受け取りに行きます」
 受話器を置くと、胸につかえていたものが消えていた。
 これでぼくが行かなくてはならない理由が出来た。

 深呼吸をしてから振り返った。
「巡業に行く」
 はっきりと告げた。
「座長がぼくを必要としているんだ」
 違う、ぼくが座長を必要としている。
 このままじゃ駄目なんだ。このままズルズルと今の暮らしを続けていると、三奈まで失ってしまう。
「じゃあ、持っていくものを用意しなくちゃね」
 三奈は、ぼくが二泊三日のパック旅行に出かけるような気軽さで応えた。


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