第26話
文字数 1,345文字
*
ぼくは立ち上がると大きく身体を伸ばした。
そして、鼻からゆっくりと息を吸いながら胸を突き上げた。
そのまま胸を落とさないようにして、
「こらっ!」と大声で怒鳴った。
鳩が一斉に飛び立つ。
次に「ばかっ!」と続けた。
これは抑圧している怒りの感情を爆発させる練習なんだ。
座長もさすがに驚いた様子で、こっちを向いていた。
ユーコの大きな目が丸くなっている。
ぼくは、「あ・え・い・う・え・お・あ・お」と五十音の発声練習を続けた。
風が木漏れ日を揺らしている。
陽だまりを追いかけていた鳩が、強い風が吹いて陰に隠されてしまった。
木陰に座ったまま、ぼくは眼の前にある隔たりを観ていた。
ユーコがまた、ひとり遊びを始めている。
手と足を動かすパターンはまだつかめていない。
座長は腕を組んで、社務所の塀にもたれて宙を見つめている。
ボイジャー1号が去年、木星に最接近したニュースがあったけど、地球だと思っていた座長が木星になったみたいだ。
いま帰ると、二泊三日のパック旅行じゃなくて、日帰りになってしまう。
そう考えると笑えて来た。
明日の公演の準備がどこまで進んでいるか気になった。
恐らく実務的なことは出来ていないだろう。
「ボイジャー1号、木星に再び最接近せよ」と頭の中で指令を送った。
ぼくは見えない隔たりをジャンプして飛び越えた。
座長に公演時間と具体的な客の集め方を訊いた。
社務所の正面側のスペースを使って、夕方の七時から始めるようだ。
公演のチラシは千枚用意してあるとダンボール箱から取り出した。
B五サイズのわら半紙にガリ版刷りで、「信州行脚夏興行」と演目の「無明」が大きく書いてある。
キャッチコピーは「信濃路の夏に舞う 傀儡の群れ 闇の異形祭」で「時」「所」「木戸銭」と書いてある下は空白になっている。公演場所によって、手書きで加えるようだ。
明日の昼頃に「のぼり旗」を持ってチラシを配るつもりだと言った。
竹竿の「のぼり旗」が四本で、それぞれ、『無明』と黒地で白文字、『信州行脚夏興行』が白地で黒文字、『どんど』が赤地と白地に黒文字で書いてある。
思っていた通りだ。座長は決意の割には、あまり準備をしていなかった。
「このチラシを神社の周辺に貼ればいいんじゃないですか」
ここに着いた昨日の内に、とは言わなかった。
「それにポスターや立て看板、宣伝用POPも用意したほうがいいですよ」
座長に提案をした。
「そうだな」
頷いた座長は、ザ・スママでぼくを見つめた。
いつもなら、ここで「判りました。足りない物は全て用意します」と言うところだけど、今日は意地悪く続けた。
「リヤカーの横に劇団名とか巡業コースを紹介するポスターを貼れば、移動している時に大勢の人に見てもらえますよ」
「そうだな」
「大きな紙やカラーマジックペンが必要です。リヤカーに積んでいますか?」
「マジックは何本かあるはずだ」
「持ってきた機材のリストはありますか?」
作ってないことは判っていたけど訊いてみた。
座長はアゴに手をやってしばらく考える振りをした。
「たしか……」
と口の中で言ってからユーコを呼ぼうとしたのでぼくは手で止めた。
あと、二、三回突っ込もうかと思ったけど、座長の困った顔を見るのが嫌になった。
ぼくは立ち上がると大きく身体を伸ばした。
そして、鼻からゆっくりと息を吸いながら胸を突き上げた。
そのまま胸を落とさないようにして、
「こらっ!」と大声で怒鳴った。
鳩が一斉に飛び立つ。
次に「ばかっ!」と続けた。
これは抑圧している怒りの感情を爆発させる練習なんだ。
座長もさすがに驚いた様子で、こっちを向いていた。
ユーコの大きな目が丸くなっている。
ぼくは、「あ・え・い・う・え・お・あ・お」と五十音の発声練習を続けた。
風が木漏れ日を揺らしている。
陽だまりを追いかけていた鳩が、強い風が吹いて陰に隠されてしまった。
木陰に座ったまま、ぼくは眼の前にある隔たりを観ていた。
ユーコがまた、ひとり遊びを始めている。
手と足を動かすパターンはまだつかめていない。
座長は腕を組んで、社務所の塀にもたれて宙を見つめている。
ボイジャー1号が去年、木星に最接近したニュースがあったけど、地球だと思っていた座長が木星になったみたいだ。
いま帰ると、二泊三日のパック旅行じゃなくて、日帰りになってしまう。
そう考えると笑えて来た。
明日の公演の準備がどこまで進んでいるか気になった。
恐らく実務的なことは出来ていないだろう。
「ボイジャー1号、木星に再び最接近せよ」と頭の中で指令を送った。
ぼくは見えない隔たりをジャンプして飛び越えた。
座長に公演時間と具体的な客の集め方を訊いた。
社務所の正面側のスペースを使って、夕方の七時から始めるようだ。
公演のチラシは千枚用意してあるとダンボール箱から取り出した。
B五サイズのわら半紙にガリ版刷りで、「信州行脚夏興行」と演目の「無明」が大きく書いてある。
キャッチコピーは「信濃路の夏に舞う 傀儡の群れ 闇の異形祭」で「時」「所」「木戸銭」と書いてある下は空白になっている。公演場所によって、手書きで加えるようだ。
明日の昼頃に「のぼり旗」を持ってチラシを配るつもりだと言った。
竹竿の「のぼり旗」が四本で、それぞれ、『無明』と黒地で白文字、『信州行脚夏興行』が白地で黒文字、『どんど』が赤地と白地に黒文字で書いてある。
思っていた通りだ。座長は決意の割には、あまり準備をしていなかった。
「このチラシを神社の周辺に貼ればいいんじゃないですか」
ここに着いた昨日の内に、とは言わなかった。
「それにポスターや立て看板、宣伝用POPも用意したほうがいいですよ」
座長に提案をした。
「そうだな」
頷いた座長は、ザ・スママでぼくを見つめた。
いつもなら、ここで「判りました。足りない物は全て用意します」と言うところだけど、今日は意地悪く続けた。
「リヤカーの横に劇団名とか巡業コースを紹介するポスターを貼れば、移動している時に大勢の人に見てもらえますよ」
「そうだな」
「大きな紙やカラーマジックペンが必要です。リヤカーに積んでいますか?」
「マジックは何本かあるはずだ」
「持ってきた機材のリストはありますか?」
作ってないことは判っていたけど訊いてみた。
座長はアゴに手をやってしばらく考える振りをした。
「たしか……」
と口の中で言ってからユーコを呼ぼうとしたのでぼくは手で止めた。
あと、二、三回突っ込もうかと思ったけど、座長の困った顔を見るのが嫌になった。