第51話| 

文字数 994文字


 座長は、路肩に転がっていたジュースの空き缶を拾った。
「どうしてこんなことをするのかな」
 悪意を投げつけられて、泣き言を口にした。
「お前をへこます為に投げた。だから、へこまなければいいことだ」
 タバコの吸殻を座長は、空き缶に押し込んだ。
「それ、捨ててあげる」
 おばさんが親切に言ってくれた。
「こんなのが欲しかったんです」
 座長は、空き缶を荷台の隅に突っ込んだ。これで、悪意も積んだことになる。
「荷物になるかも知れんけど、食べて」
 おばさんは、持っていたレジ袋をユーコに渡した。

 中を覗き込んだユーコが、お弁当の他にタワシが入っていると座長に言った。
「また買うから、みんな持って行って」
 そして、「兄ちゃんたち、いい旅しなさいよ」とぼくたちを見送ってくれた。

 ぼくだけであの壁を乗り越えることが出来なかったのは残念だ。
 しかし、迂回だけはしなかった。

 少し離れると「あの赤い車は諏訪の者じゃないからねー!」と大きな声が届いた。
 立ち止まって振り向くと、おばさんが傘を振っている。
「ありがとう」ぼくは大声で叫んだ。

 下諏訪に近づいたころ、雨脚が雑木林を白く染めながら遠のいて行った。
 東京では見たことがない情景だ。
 雲の隙間から青空が覗いた。雨合羽を脱ぐと、こもっていた熱と汗が身体から蒸発していくのがわかった。
 雨上がりの舗装された道は鏡みたいになっている。
 
光を反射してきらきらと輝いていた。
 光の道を進むのだ。
 ぼくのテンションはMAXになる。

「虹が出てる」
 ユーコの声でぼくは顔を上げた。
 不思議な明るい光と一緒に虹が大きく架かっている。
「虹だ!」
 ぼくは大げさに叫んだ。
 この映像をローアングルから撮りたいと思った。
 もちろんリヤカーを曳いているのはぼくじゃない。
 荷台で寝転んでいる座長だ。ものすごくいい絵になるはずだ。

 ぼくはリヤカーを曳きながら、虹に向かって「やっほー!」と叫んだ。
「やっほーは、違うだろう」と自分でツッコミを入れる。
 でも、虹の向こうに山があると自分でフォローした。

 驚いたことに、「やっほー」と後ろのユーコから小さく返って来た。
 ぼくはもう一度、大きな声で「やっほー!」と叫ぶ。
 ユーコが「やっほー」と、こだまで応じる。
 数回繰り返してからぼくは、「あっほー!」と叫んだ。
 子どもの時によくやった締めだ。
 さすがにユーコからのこだまは返って来なかった。

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