第3話

文字数 674文字


 冷蔵庫からラップにくるんだおにぎりと、みそ汁の入った小鍋を取り出す。
 三奈が出勤前にいつも用意してくれていたおにぎりを頬張り、鍋に直接口を当てみそ汁を冷たいまま腹に入れる。
 本箱から大学ノートを抜き出した。

 ――七月三十一日(木)午後二時三十分。
  ひばりヶ丘の座長の家に行ってきます。
  帰宅時間不明。
  今日・明日と休みだよ。ー―

  と書いて、自転車に乗ってバイバイしているイラストとハートマークを付け加えた。

 この連絡ノートは、一緒に暮らし始めた当初から続けている。
 マンガ家のアシスタントをしているぼくの生活パターンは、夕方に部屋を出て翌日の始発で帰ってくる。
 浅草橋の小さな出版取次会社に勤めている三奈とはすれ違いが多くて、コミュニケーション不足を補うために始めた。
 すでに、大学ノートは二冊を越えている。

 鍋を洗ってから部屋を出た。
 頭上の太陽とアスファルトの照り返しが、上下から襲いかかる。
 肩にかけているギターケースと背中との間に汗が溜まる。
 みそ汁分の水分は、すぐに全身の毛穴から吹き出てしまった。 

 西武池袋線の踏切で通過する電車の風を、背中のTシャツをたくし上げて受ける。
 隣にいたおばさんが、半裸のぼくを横目で見て踏切の端に移動した。

 座長の家に着くと、隣の空き地に停めたトラックにリヤカーが積み込まれていた。
 目を焦がす日差しの中で、黒く塗り重ねられたリヤカーのフレームがひときわ輝いている。
 ぼくはギターケースを自転車に立てかけたまま、しばらく立ちすくんでいた。

「出るんだ……巡業に」
 ため息に続いて言葉がこぼれた。

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