◆ 忘備録(四十二) 八月十二日(火) 1 

文字数 319文字


 朝、ユーコと中島君が、ぼくには聴き取れない声で言葉を交わしている。顔を向けたぼくと目が合うと、決まり悪そうな微笑を浮かべた。

 中島君はリヤカーを押すでもなく、かといって写真を撮影することもなく、ぼくたちより数歩遅れてついて来る。

 ぼくが昨日、余計なことを言ってしまったのかもしれない。

 人形は黙して語らない故に、岡本さんに愛されている。
 お喋りなぼくは、訊かれると黙っていられない。

 まだ昼前なのに、黒い雲が太陽を隠している。
 いっそのこと、雨が降ればいい。

 いや、降り続けると、今夜の公演は中止になってしまう。

 一瞬だけ振ればいい。
 暑い風が吹いて、砂塵が目の前を過ぎていく。

 中島くんとほとんど口をきかないまま、時間が過ぎていく。


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